最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#42 第三話「早すぎる成長」


 魔法。  魔力を事象に変換する技術を、私たちはそう呼んでいる。

 一見するといとも容易く使っているように思われがちだが、現実はそう甘くない。  剣士がいきなり剣豪になれないように、魔法使いも長い長い下積みが必要となる。  なまじ未知の力を扱うぶん、普通の職業よりも多くの関門がある。

「制限時間内に全ての的に魔法を当てること。準備は宜しいですか? レイラ様」 「はい。いつでも」

 魔法の素養があると分かり、そこから自らの中にある魔力の知覚に至るまで。  これが第一の関門だ。  この訓練を終える前に、実に七割以上が脱落する。  理由は様々だが――平民の中には「家業の手伝いで訓練する時間がない」なんて世知辛い理由で諦める者もいるらしい――、多くは達成感の無さに飽きて止めてしまう。

 お姉様(一か月)や私(十五年)のような例外があるものの、知覚に至る期間は平均して一~三年ほど。  その間ずっと虚無の訓練を続け、乗り越えられた者だけが先に進める。

「では、始めてください」 「……」

 次の訓練は、魔力を適切に操作することだ。  体内の魔力を必要な時に必要な量だけ練り出す。  これを私たちは『制御力』と呼んでいる。  これが第二の関門。

 制御力が一定に達するまで、魔法の仕様は禁じられる。  暴発を防ぐための措置だ。

 もう一つの暴発防止策は、呪文だ。

「『精霊の友よ。行雲流水こううんりゅうすいの矢をつがいての者を蛇の如く射抜け』」

 呪文を用いることで暴発や不発をある程度防ぐことができる。  安全性が増す反面、呪文をド忘れすると魔法が使えなくなってしまうという欠点はあるが。

「……」 「スイレン先生? どうですか?」 「あ、え、えーと……合格です」

 どもりながらスイレンがそう答えると、お姉様は「やったっ」と小さく拳を握った。  お姉様たちの前には人形が五つ、まばらに並べられていた。  一番近いものは三メートルほどで、一番遠いものは七メートルほど。

 距離をあえてバラバラにすることで、魔法の調節力を鍛える訓練だ。  ……しかし。

「まさかなんて、驚きました」

 そう言ってスイレンは、ズレかけた眼鏡を元の位置に戻した。

 ――私は長い期間、魔法に傾倒していた。  人生をやり直した際、記憶以外のあらゆるものはリセットされる。  しかしあるとき、魔法だけは違うことに気が付いた。

 これまでの人生で鍛えた分を、次に繰り越せるのだ。  身体が成長しないと十全に使えないという欠点はあるものの、諦めない以外に取り柄のない私にとって魔法はとても心強い味方だった。

 何度も人生を繰り返し、道具を揃えることで通常では不可能な無詠唱や重力魔法も使えるまでになった。

 なので、魔法に関しては一家言いっかげんある。  ……その知識を以てしても、お姉様の成長速度は意味不明だ。

「同時に七つまでなら一度の詠唱で撃ち抜けます」 「私がレイラお嬢様の年齢だった頃はまともに魔法を知覚することもできなかったのに……」

 驚きつつも、穏やかな表情でスイレン先生は微笑む。

「嫉妬しちゃいますね」 「まだまだです。スイレン先生のような立派な魔法使いになれるよう、頑張ります!」 「ふふ。制御力はもう十分ですね。次は魔力を増やして威力を増大させてみましょう」

 天才。  そんな言葉が陳腐に思えるほど、お姉様は素晴らしい魔法の使い手だ。

「あの、スイレン先生。ちょっといいですか?」

 だからこそ――恐ろしい。  その才能がお姉様自身を壊してしまうことが。

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「訓練を休ませてほしい?」 「はい」

 魔法の知覚。  そして制御力。  それらの門を乗り越えたとしても、魔法使いにはまだ乗り越えなければならない壁がある。  それが肉体の崩壊だ。

 成熟していない身体で強い魔法を操作することはとても危険だ。  いつだったか、馬と馬車で例えたことがある。

 馬(魔法)がいくら馬力を出せたとしても、馬車(術者の身体)がそれに耐えられる造りになっていないと、引いた際に壊れてしまう。  スイレンが教えた通り――いや、それ以上の速度で魔法を習得するお姉様は、どこかでブレーキをかけなければならない。

 ――そんなことを、魔法のまの字も知らないはずの私がそのまま言うことはできない。  なので、別の言い訳を用意した。

「実はおねーさま、寝る間も惜しんで魔法の練習にうちこんでいるんです」 「それは本当ですか?」

 魔法の訓練はスイレンの言いつけ通り休んでいるが、かっこいい呪文を考えたり、ハキハキ唱えられるように発声練習は欠かしていない。  あれも広い意味で言えば『魔法の練習』に入るはずだ。

 嘘は言っていない。

「本当です! おねーさま、そのせいか最近ちょっと疲れているみたいで……」 「そうですか……なら、少しペースを落とさないといけませんね」

 私と目線が合うまで腰を屈め、スイレンはにこりと微笑んだ。

「教えてくれてありがとうございます。ソフィーナ様はお姉様思いですね」 「はい。わたしはおねーさまが大好きです!」

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「おかえりなさい、二人とも」

 庭に戻ると、お姉様は待ちわびたようにスイレンの元へ駆け寄った。

「先生、次の魔法を――」 「そのことですが、レイラ様。実技は少し休みにして、座学を増やしましょう」 「えっ」

 あからさまにショックを受ける表情になるお姉様に向かって、私は小さく頭を下げた。

 ――ごめんなさい、お姉様。

 本人のためとはいえ、シュンとするお姉様を見るのは心が痛い。  逃げるように、私はその場を離れた。

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「待たせたなソフィーナ! 望み通りふかふかのベッドで寝かせてやる準備が整ったぞ!」

 翌日、やって来たオズワルドは開口一番にそう告げた。

「ありがとうございます! さすがオズワルドさま」 「はぁーはっは! もっと僕を崇めろ!」

 普段よりも一割増しで高笑いするオズワルドの声。  眉間に皺が寄ってしまわないように注意しながら、笑顔を繕う。

 既に父の許可は取ってある。  お泊り道具一式は用意済だ。

「行ってらっしゃいソフィーナ。オズワルド様をしっかりお守りするのよ」

 珍しく母が送り出してくれたと思ったら、そんなことを告げた。  やや傾きつつあるイグマリート家にとって、王家の繋がりは命綱と同義だ。  そのせいか、これまでのどの人生よりも母が私に優しい。

 そのぶん、お姉様に厳しくなっている。  今も、お姉様が前に出ようとしたタイミングに合わせて私に声をかけてきやがった。  クソが。  要らない時ばかりしゃしゃり出てくる女だ。

 すぐにでも排除してやりたいが、クソ野郎であっても親は親。  今は我慢、我慢だ……。

「もちろんです。行ってまいります」

 事務的な受け答えをしてから、私は母の横をするりと抜けてお姉様に抱き着いた。

「お姉様っ。行ってきますっ」 「ええ。行ってらっしゃい」

 お姉様のぬくもりを堪能してから、私はオズワルドの待つ馬車へと乗り込んだ。  中から外を覗くと、母はさっさと屋敷の中に戻っていた。  お姉様だけが、最後まで手を振ってくれていた。

 ――この人生で、生きているお姉様を見たのはこれが最後だった。