王宮の中はいくつかに区分けされている。 ①、一時的に許可された者だけが通れる区画。 ②、執務関係者が通れる区画。 ③、側近などの重役が通れる区画。 ④、王族とその近親者だけが通れる区画。
下に行くほど警備は厳重になり、通れる人数は絞られていく。 また、上記とは別に下働き専用の区画というものもある。
私が普段オズワルドと勉強をしているのは②の区画だ(家庭教師は執務関係者に相当する) 今回のお泊りで行く先は、もちろん④だ。 私はオズワルドと共に広い王宮の中の、さらに奥まった一角に案内された。
「どーーーーだ! ここが我がクレフェルト一族が住まう王宮だッ!!」
到着するや否や、オズワルドは両手を広げて周囲を指し示した。
私たちの国・クレフェルト王国は四方すべてが他国と接している。 友好的ではない国とも隣接しており、万が一の侵略や暗殺に備えて王の居住区は特定されにくいようになっている。 ぱっと見ただけでは他の建物と変わらない構造になっていて、王族ならではの絢爛豪華さはほとんどない。
既に何度も来ている――お姉様が王妃になるルートで何度も招待されている――ことも相まって、心の中には何の感動もない。 とはいえ自分から「行きたい」と頼んだのだから、白けた反応をする訳にもいかない。
「――わぁすごい! 素敵なところで暮らしているんですね!」
虚無の心に鞭を打ち、瞳の輝きを三割ほど増しておいた。
「驚くのはまだ早いぞ! 次は寝室へ案内してやる!」
オズワルドは私の手をぐいぐい引っ張り、得意げに部屋の中や調度品などの説明を始める。 何度も来た、とは言ったものの、こんなにも早い段階でここに入ったことはない。 柱の位置や大きな家具などは変わっていないが、カーテンやカーペットなどはところどころ私の知っている部屋と違う。 オズワルドの父、エルヴィス陛下の趣味だろうか。
「やあソフィーナ、よく来たね」 「アレックス殿下。ごきげんよう」
二人でとことこ廊下を歩き回っていると、アレックスとばったり出会った。
「今日は父上が政務のため不在でね。何かあれば僕に言ってくれ」 「そんな……おそれおおいです」
たかがオズワルドの婚約者相手に、未来の賢王がおもてなしをする必要なんてない。
「まあそう言わずに。僕も少し息抜きがしたい」 「何か、お仕事をされていたんですか?」
現国王は今の時点で既にアレックスへ戴冠の準備を進めていたはず。 その一環として、王の仕事のいくつかは既にアレックスが手掛けている。 彼が手に持っていた紙束を見て、何か仕事を押し付けられたのかと当たりを付ける。
「仕事といえば……まあ、そうかもしれない」 「何のお仕事ですか?」 「僕の婚約者探しさ」 「――見せてください」 「あ、ちょっと!」
私はアレックスの手から紙束を奪い取る。 中を改めると、婚約者候補となる女性の名前が家柄・姿絵と共に列挙されていた。
王族は基本的に四大公爵家のどこかと婚姻を結ぶことになっている。 しかし、今代の公爵家は女子が少ない。 一人、有力な候補者がいたが、彼女との婚約話は立ち消えになっている。
以後、王位継承の激務やその他諸々のトラブルも相まってアレックスの婚約は遅れに遅れまくることになる。 エルヴィス陛下は婚約者探しも含めてアレックスに自由にやらせているとばかり思っていたが、相手を探せとせっつくことはしていたようだ。
「こら――まったく、油断も隙もない」 「えへへ、ごめんなさい」
書類を取り返されてしまったので、てへ、と舌を出す。 こんなふざけた謝罪で許されるのもあと数年だ。 今のうちにせいぜい使わせてもらおう。
「それで、意中のお相手はいらっしゃるんですか?」 「いや、正直全然ピンと来ない」 「嘘ですよね? 一人、いるんでしょう?」 「なに?」
ほとんど表情が揺れないアレックスの瞳が、大きく揺れた。
「ソフィーナ! さっきから兄上とばかり話して! 浮気だ浮気!」 「オズワルド様。ちょっと黙っててください」 「えっ」
引っ張ってくるオズワルドの手を払いのけ、私は再度アレックスに向き直った。
「アレックス殿下の気になる女性の名前は――レイラ・イグマリート。私のおねーさまですよね?」
にぱ、と笑いながら、紙束から抜き取っておいたお姉様の姿絵をアレックスの前に突き出す。
「……どうして君のお姉さんが気になっていると思ったんだい?」 「おねーさまの姿絵だけ、その他大勢と分けて一番下にあったので」 「名前の順にしていればレイラ嬢が下に来るのは自然だろう?」 「ローラという名前の女性がいました。なのにレイラおねーさまが下にあるのは自然ではないです」 「……」
ぐぬ、とアレックスが息を呑んだ。 ここぞとばかりに私は畳みかける。
「器量よし、頭脳よし、作法よし、とっても自慢の姉です! アレックス殿下のお相手として、これほど相応しい相手はいないと思います! 絶対におねーさまを選んで後悔するようなことはありません! ぜひ!」 「……無理だろう? イグマリート家とは既に君がオズと婚約している」
王族と婚姻を結べるのは一家につき一組だけ、という取り決めがある。 しかし、これは公爵家同士で醜い争いをしないようにと定めた防止策だ。 王族側はこれを一方的に反故にできる。
「『互いが互いを良き伴侶と確信した場合はその限りではない』ですよね?」 「……オズ」 「兄上!? 僕は言ってないですよ!?」
アレックスに視線で咎められ、オズワルドは私の肩をガタガタと揺らした。
「おまえ! 王族しか知らないはずのことをどうして知ってるんだ!?」 「ごめんなさいオズワルドさま。オズワルドさまが好きすぎて心の中を読んじゃいました」 「え!?」
適当に誤魔化しておく。 アレックスは私とオズワルドを交互に見やってから、こめかみを抑えた。
「どうやって知ったのか、とてつもなく気になるところだけど…………いずれ王族の一員になるのだし、不問にしておくよ。他言無用でお願いしたい」 「もちろんですっ。それよりも、おねーさまを」 「分かった分かった。そこまで言うなら、候補者として考えておくよ」
意外なほど素直にアレックスは頷いてくれた。 やはり「オズワルドの婚約者ではない」という部分がかなり大きく作用しているようだ。
初回の意識付けとしては十分だろう。 ひょっとしたら、このルートではわざわざ殴る必要すらないのかもしれない。
「ありがとうございます! それではオズワルドさま、参りましょう」
望外の収穫を得た私は、うきうきしながらオズワルドを引きずって行った。