最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#45 第六話「空回り」


 オズワルドのご機嫌を伺い、ヘコヘコしているうちにその日は終わりを告げた。

「オズワルド殿下、ソフィーナ様。朝食のお時間ですよ」 「……」

 翌日の寝覚めは最悪だった。  いつもなら太陽が出る頃には目が覚めるのだが、その日はメイドに声をかけられるまで寝入っていた。

 昨日は散々だった。  食事を全部「あーん」したり、膝が痺れるくらい長時間膝枕したり、本を十冊以上読み聞かせしたり。

 何度も人生を繰り返し、辛い日というものを幾度となく経験してきたが、その中でも五指に入るほど辛い一日だった。

「おはようソフィーナ! いい朝だな!」

 枯れた草木のような私とは対照的に、オズワルドはなんだかツヤツヤしていた。  昨日、あれだけ私を振り回したのだから当然と言えば当然か。

「まあ。オズワルド殿下がこんなにも目覚めがいいなんて。きっとソフィーナ様が隣で添い寝してくださったおかげですね」

 嬉しそうに微笑みながら、メイドが驚いている。  ……普段のオズワルドを起こす苦労がなんとなく透けて見えた。  いつも朝にお迎えしてもらっているが、今度から控えた方がいいだろうか。

「ふわぁ。まだ眠いです」 「ふふふ。よほどベッドの寝心地が良かったんでしょうね。けれどもう朝ですよ」 「分かりましたぁ」

 疲れ顔を眠たげな表情に変換して誤魔化しながら、身体を起こす。  ベッドの寝心地は言うまでもなく最高だった。  ……しかし寝相の悪いオズワルドに何度も蹴られ、睡眠時間はいつもの三分の一以下だ。

「はっはっは! ソフィーナはねぼすけだな!」 「……。すみません。朝はちょっと弱くて」

 オズワルドの評価はこれ以上落ちようがないところにまで来ていたはずが、昨日一日で下限をいとも容易く突破してしまった。

 性格矯正なんて本当にできるのだろうか……。

(できるかどうかじゃない。やらなくちゃいけないんだ)

 人格を入れ替えたオズワルドを何度試しても、最後の最後にうまくいかなかった。  あの最悪な未来を突破できるルートは、もうこれしかないのだ。

「ソフィーナ、いつまでベッドにいるんだ。早く起きろ!」 「はぁい。今行きます」

 お姉様に数々の不幸をもたらすクソ野郎が、絶対に外すことのできない最重要人物なんて。  この運命シナリオを作った製作者神々はとことん意地悪なヤツだ。

 ▼

「はぁ……」

 帰りの馬車の中で、私は盛大にため息を吐いた。

 オズワルドとの仲の良さは周囲に見せつけられたが、肝心のヒロインは影も形も現さなかった。  数人のメイドにそれとなく質問してみたが、みな一様に微笑ましい笑みを向けてくるだけ。  オズワルドに近づく女は、本当に誰もいないようだ。

「あの仮説、意外と合っているのかもな」

 昨日、ふと浮かんだ仮説。  『ヒロインは神が定めた運命に逆らえない』というもの。

 会うべき人物とは、その時が来るまで会うことができない。  幸せな未来が約束されているのだから、その程度の制限があってもおかしくはない。  もし、仮説が合っているとすれば……昨日の私はとんでもない空回りをしたことになる。

 居もしない相手に向かって、かかるはずのない罠を仕掛ける。  ……傍から見れば、これほど滑稽なことはない。

 まあ、私が考える作戦なんていつもこんなものだ。

 空回り。  凡ミス。  失敗。

 そんなものは私にとって日常茶飯事だ。  諦めないこと以外、私の能力は凡人以下なのだから。

 物語の中の主人公のように、スマートな問題解決ができるならとっくにお姉様は幸せな人生を送れている。

「はぁ」

 何度目か分からないため息が自然と出る。  オズワルドと長く接しすぎたせいか、精神の摩耗が著しい。  お姉様のためにと始めたオズワルドの矯正だが、早いこと真人間にしないと私もいずれ危なくなるかもしれない。

 主に、頭の血管が。

「帰ったらお姉様成分をたっぷり吸収しないと」

 この時間だと、まだ魔法の授業を受けているかもしれない。  すぐに飛びつきたいけれど、授業が終わるまでは我慢だ。

 実家の前まで到着し、馬車を降りた瞬間。

 ――異様な雰囲気に、私ははたと立ち止まった。  この張りつめたようでもの悲しい空気を、私は数えきれないほど経験してきた。

 けど。  まさか。  そんなはずは。

 頭の中でいくつもの反対意見が浮かぶが、この空気を払拭できるような確たるものは出てこなかった。

「……ッ!」

 私は御者に礼を言うことも忘れ、一目散に家の中に入った。  そして――嫌な予感は見事に的中した。

 お姉様は……私がいない間に、死んでいた。

 ▼

 昨日、お姉様はいつものように午後から魔法の授業を受けていた。  一風変わった授業をしようと、教師のスイレンはお姉様を連れて街の郊外にまで出ていた。

 お姉様の負荷を考え、自然の水がたっぷりある場所で訓練をしようとしていたらしい。

 ……そこで、いるはずのない魔物たちと遭遇した。

 真実かどうかは定かではないが、魔物は魔力の高い人間を襲う傾向にある、と言われている。  スイレンがまず最初に喰われた。

 やって来た魔物は複数体。  お姉様の実力であれば、撃退は無理でも逃げることはできただろう。

 しかし、魔法は精神状態に大きく左右され、場合によっては全く使用できなくなる。  目の前で先生が喰われる中、まだ幼いお姉様が冷静さを保てるはずがなく。

 やがてスイレンを喰い終わった魔物たちは、お姉様を取り囲み――。

 ……私が王宮でのほほんとしている間に。  またしても、死の運命がお姉様を奪っていった。

 しかも、今回の引き金を引いたのは……他ならぬ私だ。  私が「お姉様が休まず魔法の訓練をしている」なんて言わなければ、スイレンも負荷軽減のため水場に行こうとはしなかったはずだ。

 あの何気ない一言が、お姉様を死の運命に導いてしまった。

 ▼

「ならわしにより、火葬にさせていただきます」

 魔物は不浄なる存在。  炎で清め浄化する、という名目で、魔物に襲われた者は火葬することになっている。

「……」

 お姉様が灰になる様を、虚ろな目で見つめる。

 ……まただ。  また、私は失敗した。

 学園に入学するまで、死亡イベントはほとんど起きない。  これまではそうだった。

 けど今は違う。  これまで以上に神が定めた運命シナリオに干渉し、ルートを大きく変更したのだから、その途中のイベントは如何様いかようにも変化する。

 死亡イベントのない安全な期間など、存在しないのだ。  なのに私は『これまでと同じ』と油断し、タカをくくり、安全確認を怠った。

「お姉様……ごめんなさい、ごめんなさい」

 ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちる。

「ソフィーナ、そろそろ部屋に戻りなさい」 「……」 「ソフィーナ?」

 父が後ろで何か言っている。  それを無視して私は立ち上がり――お姉様を浄化する炎の中に飛び込んだ。

 BAD END

 スタート地点に戻ります

 ▼ ▼ ▼

「ソフィーナ、そろそろ……」 「まだです」

 五歳に戻り、私はかれこれ十分以上お姉様にくっ付いていた。  前回の失敗はかなりこたえた。

 そのせいか、いつもなら一瞬で回復するはずの精神がまだ全快しない。

「ふふ。甘えんぼさんなんだから」 「……っ」

 優しく頭を撫でるお姉様のぬくもりに、不意に涙が零れる。  お姉様の胸に顔を埋めることでそれを誤魔化し、私は顔を上げる。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」 「そう?」

 時間を気にしつつも、お姉様は名残惜しそうに私から離れた。

 ▼

 ヒロインの誘い出しは諦めよう。  学園入学前にオズワルドを餌にしても、おそらく徒労に終わる。

 そんなことよりも、あの日お姉様が郊外に出ることを阻止しなければならない。  私の余計な一言さえ無ければ、外に出ることもないだろう。

「彼にひとめぼれしました! 私とオズワルド様を婚約させてください!」

 オズワルドの婚約者になり、一緒に勉強を始め、誘拐事件を発生させる。

 奇病で相当数繰り返したことで、この辺りはかなりスムーズにイベントを進められるようになっていた。  ……あのスライムに礼を言う気にはなれないが。

 予定調和のように日々を過ごしていると――これまでになかった出来事が起こる。

「ソフィーナお嬢様。お手紙が届いていますよ」 「……てが、み?」 「ええ。国外の方でしょうか?」

 差出人の欄には――神の国の言葉で、こう記されていた。

 『ヒロイン』と。