最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#53 第十四話「順調」


 その後。

 「オズワルドが失礼を働いた」という理由から、アレックスはしっかりとお姉様の案内役をしてくれた。  やはり大義名分があれば彼はちゃんと動いてくれる。

 特に恋愛的な進展があった訳ではなさそうだが、それでも十分だ。

「さあソフィーナ! お前が望んでいたふかふかのベッドだぞ!」 「ありがとうございます、オズワルドさま」

 食事や入浴を済ませた後、お姉様と私、そしてオズワルドは同じベッドで眠ることになった。

「オズワルド、あんなことは他の人にはしちゃダメよ」

 朝の出来事を注意するお姉様。  無礼を働かれたというのに、諭すような優しい口調だ。

「フン!」

 オズワルドがそれを素直に聞くはずもなく、そっぽを向く。  縛り首にされても文句を言えないような大罪だが、我慢して私も優しい口調で話しかける。

「オズワルドさま。お姉様のお話をちゃんと聞いてください」 「ソフィーナは婚約者の僕よりもレイラの味方をするのか!?」 「はい」 「即答!?」

 しまった。  やんわりとなだめれば良かったのに、つい本音が出てしまった……。

「ぐ……」

 オズワルドはお姉様を睨みやり、ビシリと指を突きつけた。

「姉妹だからって調子に乗るなよ! ソフィーナは僕のものなんだからな!」 「ソフィーナは誰のものでもないわよ。婚約者を所有物みたいに言うのはやめなさい」 「ぐぬぬ……」

 口では勝てないと悟ったのか、オズワルドは枕を掴んだ。  癇癪と共に――あろうことか、それをお姉様へと投げつける。

「この、小言女めぇ!」

 ぷち。

 私は手を伸ばし、お姉様に当たる寸前だった枕を受け止めた。

「ソフィーナ、邪魔をするなっ!」 「……」 「ソフィー、ナ……?」

 無言で立ち上がる私に何かを感じ取ったのか、オズワルドは怒気を引っ込め、声を窄めている。

「……」

 顔面を蹴り飛ばしたい気持ちを、寸でのところで押し留める。

 お姉様が後ろにいる。  『本性』を出すわけにはいかない。

 それに……オズワルドは自分を害する者には心を閉ざす。  Aルートで何度か脅して従わせたが、それらはことごとく失敗している。  オズワルドに暴力は厳禁だ。  ここで痛い目に遭わせるのは簡単だが、今後の育成計画に支障が起きる。  それは翻ってお姉様の生存が困難になる、ということ。

 我慢だソフィーナ。  我慢……!

「――オズワルドさま」 「な、なんだ!?」

 私はいつものように、オズワルドが好みそうな従順で愛くるしい笑顔を浮かべた。  そして、自分の膝をぺちぺちと叩く。

「お姉様にそういうことをするなら……もうアレ膝枕をしてあげませんよ」

 膝枕をしない。  常人なら『そんなことくらい』なのだが、オズワルドにはこれが覿面てきめんに効く。

 案の定、焦り始めたオズワルドがお姉様を指差す。

「そ、そんな……! だって悪いのは」 「謝罪以外の言葉は受け付けません」 「ぐ……ぐぐぐぐ」 「謝らないなら、なしですね。今後は朝のお迎えも必要ありま――」 「待て!」

 オズワルドから視線を外すと、服の端を掴まれる。

「あ、う……ぐっ」 「なんでしょうか? 言いたいことがあらならハッキリ言ってください」 「が、ぐぎぐぅ……!」

 口をモゴモゴさせて唸ること数十秒。  オズワルドはようやく、謝罪を口にした。

「ぼ――僕が悪かった!」 「何が悪かったんですか?」 「レイラのことを悪く言った。だから謝る!」 「はい、よく言えました」

 ぽん、とオズワルドの頭に手を乗せる。

 悪いことをすれば叱り、反省できれば褒める。  相手がクズの名を欲しいままにしているオズワルドとはいえ、まだ八歳の子供。  危うく手と足と口と魔法が出るところだったが、大人の対応ができた。

 定期的に愚痴を聞いてもらい、溜飲を下げていなければもう少しキツめのおしおきをしてしまっていたかもしれない。  ……ノーラには感謝しておかないと。

 ▼

「ぐおー」

 はしゃいで疲れていたのか、オズワルドはさっさと寝入ってしまった。  寝顔は年相応の可愛らしさがあるが、寝相の悪さは脅威的だ。

「おねーさま。私たちはもう少し離れて寝ましょう」

 万が一にもお姉様に蹴りが飛ばないよう、オズワルドを残して広いベッドの端に二人で寄り添う。

「……」 「どうしました? おねーさま」 「いえ……オズワルド、変わったわね」 「そうですか?」

 私が理想とする像にはまだまだまだまだ遠いが、他者から見ればオズワルドは大きく変わっているらしい。  前のループでも、メイドから「彼は変わった」という話を聞かされたことを思い出す。

「ええ。昔からアレックスの言うことしか聞かなかったのに、ソフィーナの言うことはちゃんと聞いているわ」

 誘拐を経ることである程度の信頼は築けたという自負はある。  しかしそれはエサで釣ってようやく言うことを聞いてくれる――といったレベルでしかない。  ニンジンが無ければ働かない馬と同じだ。

 お姉様を救う駒にするには、自発的に動いてもらうレベルになってもらわなければ。

 お姉様の手が、私の髪をゆっくりと撫でた。

「私が婚約者になっていたら、きっとオズワルドは変われていなかったと思うの」 「おねーさま……」

 まるで別のループを見てきたかのような言葉に、どきりとする。  お姉様の方法が間違っていた訳ではない。  ただ、オズワルドが度を超えたクズだったというだけ。

「花嫁修業もすごく優秀だって聞いているわ。ソフィーナはすごいわね」 「そんなことはありません」

 それはループ能力のおかげだ。  ほとんどの問題を、私は『見たことがある』のだから。

「最初は心配だったけれど、杞憂だったわね。あなたは自慢の妹よ」 「……っ」

 ふふ、と笑うお姉様。  どれだけループを経ても変わらない、優しい笑みだ。

 思わず零れてしまいそうになる涙を、お姉様の胸に顔を埋めることで隠す。

「さあ、私たちももう寝ましょう」 「はい。おやすみなさい、おねーさま」

 お姉様のぬくもりを感じながら、私は目を閉じた。

 ▼ ▼ ▼

 二年の月日が流れた。  あの日をきっかけに、アレックスとお姉様は少しずつだが交流を深めている。  いつもなら他の貴族から妨害が入るところだが、そこは工夫してある。  お姉様はあくまで『私とオズワルドのお泊まりの付き添い』であり、アレックスは『たまたま公務がなく自宅にいる』だけ。

 ……つまり対外的には、付き合いが無いように映る。

 婚約破棄の流れから一気に告白を引き出していたAルートよりも遙かに健全で安全な交流ができている。

「よしよし、業績が上向いているぞ……!」

 父の事業を影から手伝い、イグマリート家の力はかつてより増大している。  一気に勢力を拡大できないのが痒いところだが……そこは仕方がない。

「ハァーッハッハ! 見たか父上! 兄上ども! 私の優秀さを見誤っていたから天罰が下ったのだぞ!」 「さすがね、あなた」

 今の状態ですら天下を取ったかのように高笑いするのだから、一気にやれば自分が神であるかのように増長してしまうのは目に見えている(というか、過去のループで見た)

 事業は順調。長女は優秀な魔法使い。次女は王族の婚約者。  小物の父には、これで増長しない方が無理というものだ。  ……まあ、しばらくは好きにさせておこう。

「それではお父様、お母様。魔法の稽古に行って参ります」 「ええ、頑張ってね」

 父の機嫌が良ければ母の機嫌も良い。  ここだけを切り取れば、普通の幸せな家庭に見えなくもない。

 たとえ表面上であろうと、お姉様の心が平穏であるのなら――それでいい。

 ▼

 危惧していたお姉様の魔法も、問題なく成長し続けている。  成長が早すぎれば壊れてしまうのは一般的な魔法使いであって、規格外の才能を秘めたお姉様には無関係な話だったのだろう。

 十歳の時点で大人顔負けの力を得るに至ったお姉様は、将来宮廷魔法師になることは確実だ。

 それに関して、やることがひとつ増えた。

 魔法使いの地位向上、だ。

 この国は魔法後進国に位置している。  『魔法なんか覚えている暇があったら剣を振って戦え』という前時代の遺物がこの国ではまだ幅を効かせているのだ。  既得権益にしがみつく複数の組織から疎まれ「魔法は扱いにくい技術」という先入観を植え込まれている。

 確かに習得するまでにかかる時間は魔法の方が長いし、金銭的な負担も大きい。  しかしそれを補って余りある恩恵がある。

 私はループの力で魔法が普及した未来と、しなかった未来の両方を知っている。  どちらが人々の生活水準を向上させたかは明白だ。

 ……ループ能力を得る前の話だが、お姉様は私の熱魔法を「人々の生活を支える礎になる」と言ったことがある。  あの時間軸では、魔法はそこまで普及していなかった。  ただ私を庇うために口から出任せを言ったのだと思っていた。  だが、違っていた。

 お姉様には、魔法がもたらす未来があの時点で見えていたんだろう。  つくづく思う。

 お姉様はすごい、と。

(お姉様が宮廷魔法師になるに当たって障害になるのは刀剣組合ギルドと拳闘組合ギルドか。あいつら私の熱魔法応用理論で鍛冶師の負担を軽減しようとしていた時も邪魔してきたからな……。あとはフィンランディ公爵家の娘も排除した方が良さそうだ)

「それではお父様、お母様。私も行きますね」 「ああ! オズワルド殿下をしっかりと支えるんだぞ!」 「はい」

 ルートの構築は順調だ。

 ――その、はずだった。