前回までのあらすじ。 事故に巻き込まれ、命を落としたらゲーム世界に転生しました!
「……ホントにあるんだなぁ、そんなこと」 「何か言ったか?」 「いえ、なんでも。このシチューおいしいです」
強面の男の人がくれたシチューを食べながら、私はぎこちない笑みを向けた。 春っぽい季節だけど、夜なので部屋の中は少し肌寒い。 そんな中で食べるシチューがおいしくないはずがない。 ない、けど……怖い顔に睨まれながらなのであまり味は感じなかった。
「熱はもう無ぇな。自分の名前、言えるか?」 「えっと、私は――ノーラです」
元の名前を言いかけて、思わず留まる。 前世の名前は世界観に適していないので、デフォルト状態のヒロイン名を使わせてもらうことにした。
『Ⅰ』のヒロインは乙女ゲームにあるまじき壮絶な過去を抱えていた。 マイナスから人生をスタートさせるからこそ、プレイヤーが心から「ハッピーエンドが見たい」と応援したくなるようにキャラ設定を考えている――と、開発者談義の記事には書いてあった。
その流れを踏襲しているなら、『Ⅱ』のヒロインである私もとんでもない過去があったんだろう。 鏡を見たとき、首に痣みたいなのがあったし……。
壮絶な過去を歩んだ主人公がゲーム内で不幸な目に遭うことはない。 ありとあらゆる場面でのハッピーエンドが約束されている。 けれど、それが今の私にちゃんと適応されているかは分からない。 現に今、ハッピーとは程遠いシチュエーションに出くわしているのだし。
もしかして私、これから酷いことされる? ……ありえる。 だらだらと脂汗をかきながら食事を喉の奥に押し込むと、強面の男の人はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ひっ」
前世の私でも見上げるほどの上背に太い腕。 加えて強面だ。傍で立ち上がっただけでとんでもない威圧感があった。
体型は全然違うけれど、私を突き飛ばした先輩のシルエットが重なり、私は思わず布団の中に逃げ込んだ。
「ごめんなさいごめんなさい、酷いことしないでください!」
恐怖に負け、思わずそう叫んでしまった。
「……」
強面さんは何も言わない。 ただ、ギリ……と、奥歯を噛みしめるような音がした。
(お……怒ってる!? 私、選択肢間違えちゃった!?)
ぶるぶる震えていると、布団の上から、ぽん、と何かが触れた。 感触的に、たぶん強面さんの手だと思う。
「安心しろ。ここにお前を傷付けるような奴ぁいねえ」 「……へ」
恐る恐る布団から顔を出すと、強面さんの背中が見えた。 背面だけでも何とも言えない迫力があるけれど、怒ってはいなさそうだった。
「メシ食ったならもう寝ろ」 「は、はい」
強面さんは食べ終わった食器を持って部屋の外に出て行ってしまった。 しばらく強面さんが出て行った扉をじぃっと見やる。
十分ほど経ち、戻ってくる気配がないことを確認してから、ようやく安堵の息を吐いた。
「思っていた異世界転生とは全然違うよぉ」
情けない声を上げながら、私は倒れ込むようにして横になった。
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一人になり、ようやく冷静さを取り戻した私は、改めてあのゲームの内容を思い出す。 これから私はゲーム主人公の経験をリアルに追体験することになるはず。 つまり、あのゲームの内容はとても貴重で重要だ。
「ええと……確か、主人公は下町の平民だったよね」
優秀さを買われて貴族学園へと入学を果たし、その中で様々な男性と結ばれる。 主人公に関して、ビジュアル以外の細かな設定は公表されていない。 感情移入しやすいように――という制作者の配慮だろう。
ゲームは幼少編と学園編の二部構成になっており、幼少編の時に立てたフラグによって学園編の内容が大きく変化するようになっている。
「――以上」
私が知っている情報はそれだけしかない。 あと知っていることと言えば、主要人物の名前と役割くらい。
攻略対象その①――平民の義兄。 攻略対象その②――子犬系の男爵。 攻略対象その③――俺様系の王子。 攻略対象その④――知的な眼鏡男子。 攻略対象その⑤――忠義に熱い騎士。
あとは主人公の行く手を阻む敵。 これはほとんど公開されておらず、私が分かるのは攻略対象その③ルートで敵となる悪役令嬢だけ。 公式からの情報供給が少なすぎてつらい。
「『Ⅰ』なら全部分かるのになぁ」
やり込んだ前作であれば、難易度極悪のトゥルーエンドまでの全選択肢も頭の中に入っている。 『Ⅱ』も、転生が一年後だったらそうなっていたはずだったのに……。
「まあ転生しちゃったものはしょうがないよね」
本当ならビルの上で終わるはずだった命がまだ続いていると考えると、神様に感謝しないといけないくらいだ。
前世に心残りはたくさんある。 撮り溜めた今期のアニメ、公開間近だった映画、連載途中の漫画や小説、予定を組んでいた聖地巡礼、楽しみに待っていたコラボカフェ、人気You○uberの動画、ゲーム実況者の配信、次に挑戦しようとしていた料理、覚えようとしていた歌、欲しかった洋服、化粧品、その他諸々。 両親はもういないけれど、親戚の人たちは私の死を悲しんでくれるかな。 友達は……きっと、何人かは悲しんでくれる……はずだ。
前世はバッドエンドになってしまったけれど、今世はハッピーエンドを目指したい。
「とりあえず、そんなところを目標にしようかな……ふわぁ」
ようやく眠気を感じ、私はベッドに横になった。
「……ん?」
顔を埋めてすんすんと鼻を動かすと、嗅いだことのない匂いがした。 これがノーラの匂いなのだろうか。
「まあいいや。おやすみなさい……」
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「ん……」
窓から差し込む光で、私は目を覚ました。 反射的にスマホを置いている定位置に手を伸ばし――その手が短く小さいこと、そしてスマホなんてものはもうないことを思い出す。
「そうだ。私、転生したんだった」
転生して一日未満。自分の声も身体もまだまだ違和感がある。 しばらくすれば慣れるかな。 いや、慣れないと。
ベッドから身体を起こすと同時に、狭い部屋の扉が開いた。 強面さんかと身を固くするが、入ってきたのは別の人物だった。
今の私より少し上くらいの少年で、顔は――。
「良かった。目、覚めたんだね」 「ほぎゃあ!」
私は布団で自分の身体を包んだ。 少年が強面さんだから――じゃない。 彼の視界に、私なんかが入ることが恐れ多かったからだ。
攻略対象その① 主人公の義兄、エド。 プロモーションPVを見て一目惚れした推しが、目の前にいる。
「オイ、怖がらせるんじゃねぇ」 「僕じゃないよ。きっと父さんが怖かったんだ。ね?」 「あう、あぅが」
違います。 あなたがいるからです――なんて言えるはずがない。 というか、語彙が消失してうまく話せない。
「ここには君を傷付ける人なんていないから。顔を見せてほしいな」 「!」
布団を引っ張られる力を感じ、私は亀の子のように縮こまった。
昨日は暗がりで分からなかったけれど、今の私はけっこう汚れている。 起きたとき、おでこに濡れタオルが置かれていたし、強面さんは熱がどうとか言っていた。 風邪か何かでしばらく寝込んでいたんだろう。 数日はお風呂にも入っていないはずだ。
髪はボサボサ、身体は汗ばみ、顔はすっぴん。 そんな状態で推しの前に出られるはずがない!
「昨日目が覚めたばかりなんだ。無理させんな」 「そうだね。ごめん」
理想の姿をした理想の人は、声まで理想を体現していた。 私のような存在に話しかけてくれている。それだけで頭がどうにかなりそうだった。
「僕はエド。君の名前は?」 「……ノーラ、です」
ようやく復活した語彙力で、なんとか名前だけ喉からひねり出す。
「ノーラ。これからよろしくね」 「こ……これから?」 「うん。これからは僕がお兄さん……てことになるからね」
攻略対象その① 主人公の義兄、エド。 義兄。 お兄ちゃん。
……つまりは、同じ屋根の下で暮らす家族ということ。 公式資料にはそこまで細かなことは書いていなかったけれど、状況的に見るとそういうことらしい。
「そんな! 若い男女が一つ屋根の下で暮らすなんて」
私の心臓が持ちません。
「父さん、この子面白いね」 「怖がらせんなっつってんだろーが。さっさと仕事に行け」 「はーい」
エドが出て行ってから、私は布団から顔だけを出した。
「あいつが怖いのか?」 「いえ、尊すぎて直視できないだけです」 「?」
怪訝な顔をする強面さん。 エドは彼のことを父さんと呼んでいた。
義兄の父。つまり、彼は私の義父になるのか。
顔が怖い義父と、すべてが尊い義兄。 ……私はこの家で生き残れるのだろうか。
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「――なんて思ってたけど、慣れるものだね」 「なに言ってんだノーラ」 「ううん、独り言だよ。お父さん」
気付けばあれよあれよという間に十年が経過した。 けっこう色々なことが起きたけれど、今も私はこうして幸せに暮らせている。
「明日の配達は何かある?」 「学生は勉強のことだけ考えてろ」 「休みの日は好きなことさせてよ」
子供の頃は顔が怖くていつもビクビクしていた義父だけれど、今ではすっかり慣れた。 本当はとても優しい人だと分かってからは、むしろそのギャップに萌えを見出すほど大好きなお父さんになった。
「勉強しないなら見合い相手でも考えてろ」
十七歳の私は現在、貴族学校へ通っている。 ヒロインだからと義務感で受験したけれど、そこに推しはいない。 学園の校舎は男女別になっており、教室は女の園だ。 前世で言われていたような陰口も、ちらほら言われている。 受けるんじゃなかったなぁ、と今では少しだけ後悔している。
「エドはまだ工房?」 「ああ」 「様子見てくる」
お父さんは治具屋を営んでいる。 治具とは、加工物の固定や位置決めを簡単にする工業用品のことだ。 お父さんの場合はそれが転じて何でも作る便利屋さんみたいになっている。
エドはここの跡を継ぐべく、日夜技術を磨いていて最近はずっと工房に籠もりっぱなしだ。 手先の器用さはお父さん譲り――顔は全然似てないけど――で、跡継ぎとしてはもう十分な実力を持っているけれど、本人的にはまだまだらしい。
「エド、お疲れ」 「お帰り、ノーラ」
工房に入ると、むわっとした熱気に息が詰まった。 それもほんの一瞬のことで、しばらくするとそれを苦に感じなくなる。
加工用の炉を前に、エドは汗だくで鉄を加工していた。
私は近くにあった椅子を持ってきて、その様子を観察する。
「いつも思うけど、こんなの見てて楽しい?」 「うん、楽しい」 「小さい頃はあんなに僕を嫌っていたのにね」
はじめこそ目を合わせられなかったり、上手く話せなかったりで挙動不審になっていたけれど、今ではもうすっかり慣れた。
義妹という特等席で推しの行動を眺める。
それだけで私は十分すぎる幸せを噛みしめていた。 欲を言えば攻略したいけれど……それは高望みが過ぎると思う。
「今日は静かな夜だね」 「うん」
窓から見える月を二人で見上げていると――不意に轟音が鳴り響いた。 どこから、ではなく、大地そのものから。
「地震!?」
前世と同じく、この国は地震が多い。 大抵は小さな揺れで済むけれど、今回は違う。
人間はもとより、頑丈に作られた石造りの工房もあっさりと白旗を上げた。 そういえば、揺れは衝撃を吸収するような機構がないと強度なんて関係なくカンタンに壊れるんだったっけ。
前世で見た雑学動画で得た知識が、なんとなく思い出された。
「ノーラ!」
私の耳が最期に捉えたのは、悲痛な叫びを上げるエドの声だった。
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ゴツゴツした感触に、私は目を開いた。
「目、覚めたか」 「……お父さん?」 「っ」
お父さんは私の声を聞くなり、僅かに身じろぎをした。
「どうしたの? 固まっちゃって。ていうか地震は? エドは!?」
飛び起きると、額から湿った布がぺちゃんと落ちる。 この布……というか、シチュエーションには見覚えがあった。
「あれ?」
固まったままのお父さんを尻目に、私は狭い部屋を歩き回り……そして、くすんだ鏡の前に立った。
子供の姿に戻っている。
「……もしかして、私、ループ能力持ち?」