ループ能力。 人生をある地点からやり直せる力。
それまでの経験や記憶を引き継げるので、一種のチート能力と言っていいと思う。 ないないと思っていた特殊能力だったけど、発動条件を満たしていなかっただけみたい。
「ていうか、発動条件が死ぬことって……もう出番ないよ」
十七歳まで一通り生きて分かったけれど、私はかなり恵まれている。 ヒロインという特別な枠は、たぶん私にも適応されていると思う。
多少のトラブルには見舞われるけれど、あれはたぶんヒロインイベントの一部だと思う(何かあるたび、攻略対象たちが割って入ってきていた)
人生を再びやり直す上での不安は特にない。 ない、けど……。
「また一からかぁ……」
私の中で得た経験が無くなる訳じゃないけれど、外のものは全部やり直しだ。 慣れ親しんだご近所さんとのやりとりや、新製品を作る過程で育んだ家族の絆。 それらがすべてリセットされているのは少し、ほんの少しだけ虚無感を覚える。
「まあ、これだけ恵まれてて文句言ったらバチが当たるよね」
ループ能力も恩恵のひとつだ。 本当なら地震で人生が終わるはずだったのに、またやり直させてもらえるんだから。
窓の向こうから太陽が出始めたので、ベッドからのそりと身体を起こす。 それと同時に、狭い部屋の扉が開いた。 入ってきたのは――。
「良かった。目、覚めたんだね」 「エド!」
推しの姿を見るなり、私は両手を広げて彼の胸に飛び込んだ。
「ん~」
そのまま頬をすりすりして、気力を充電する。 前回は推しに触れるなんて恐れ多い、と、長らく触れ合うことを拒否していた。 視界に入ってしまうことすら申し訳なく思い、逃げ回ったこともある。 けれどいろいろあった末に「触れてもいい存在」だと認識を改め、今ではこうして自分からハグを求めるようになった。
彼に触れるだけで、人生を十年繰り返すくらい平気なくらいやる気が湧いてくる。
「父さん、この子人懐っこいね」 「……そうだな」
よしよし、と私の頭を撫でるエド。 気力の上限値が限界を超えて充足していくのが分かる。
(また子供時代のエドを堪能できると考えたら、ループも悪くないかも)
十年後に起こる地震さえ回避すれば、もうループ能力の出番はない。 だったらこの際、たっぷり堪能させてもらおう。
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何事もなく一週間が過ぎた。
「エド、一緒に寝よ」 「はは。ノーラは甘えん坊だな」
私は回収し損ねたスチルを取り戻すかのように、エドにべったりくっ付いていた。
「それじゃあお父さん、おやすみなさい。あんまり無理しちゃダメだよ」 「おう」
設計図とにらめっこしているお父さんにおやすみの挨拶をしてから、手を繋いで部屋に行く。
(はぁ。幸せ)
ざざざざざ。
「へ?」
不意に、脈絡なく。 私の視界をノイズが走った。
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ゴツゴツした感触に、私は目を開いた。
「目、覚めたか」 「……え?」 「じっとしてろ。メシ持ってくる」
身体を起こすと、額から見覚えのある布がぺちゃりと落ちた。 この布を見るのは三度目だ。 十年と一週間前に一度。そして二度目は一週間前。
狭い部屋を出て行くお父さんの足音を聞きながら、私は呆然と虚空を見上げていた。
「なんでループしたの!?」
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「わかんないなぁ……」 「何言ってんだ?」 「ううん、こっちの話。シチューおかわりしてもいい? お父さん」 「……」
お父さんは眉間に皺を寄せ、空になった皿を受け取った。 怒っているんじゃない。この皺の寄り方は恥ずかしがっている。 ループ直後のお父さんは私に慣れていないので「お父さん」と呼ぶだけで照れてくれる。 かわいい。
「うーん。死ぬこと以外に発動条件がある……ってことなのかな?」
発動した瞬間の状況を思い浮かべるけれど、死ぬような要素はどこにもない。
初回はたまたま発動条件を満たさず十七歳まで過ごせた。 けれど二回目は一週間で知らずに条件を満たしてしまった……? じゃあ、その発動条件ってなに?
「エドにハグしたこと? 一緒に寝たこと? うーん、どれだろ」
初回と二回目の私は明確に行動を変化させている。 エドと接触しすぎるとダメ……ってことかな。
「詳しい解説とかないのかな……鑑定! ステータスオープン! 設定! メニュー! オプション! ヘルプ!」
既に試したことのある言葉を唱えてみるけど、やっぱり何もない。
「とにかく、今回はあんまり触れ合わないようにしよう」
そう決意し、エドとは適度な距離を保って過ごした。 一週間目が何事もなく過ぎたので安心していた三ヶ月目のこと。
ざざざざざ。 と音が鳴り、また視界をノイズが埋め尽くした。
▼ ▼ ▼
ゴツゴツした感触に、私は目を開いた。
「目、覚めたか」 「……」 「じっとしてろ。メシ持ってくる」
狭い部屋を出て行くお父さんの足音を聞きながら、私は呆然と虚空を見上げていた。 額にはいつもの布が置かれている。
「なんでぇ!?」
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その後も私は、私の意図しないところで何度もループした。 色々な理由を考えた。
やらなくちゃいけないイベントを起こしていないから――とか。 ここはVRの世界で、私はバグ取りのために転生した体で過ごさせられているのか――とか。 もしかしたらループ能力はチートじゃなくて、無限に人生を繰り返させる罰なんじゃないか――とか。 『Ⅱ』のシナリオが実は無限ループから抜け出すものなんじゃないか――とか。
訳が分からないまま、私は同じ人生を何度も――本当に、何度もループし続けた。 ある時は配達の途中に。 ある時は新しい料理に挑戦している最中に。 何事もなく寝て、起きたらループしていた、なんてこともあった。
「もう、わけ分かんないよ……」 「ノーラ、大丈夫?」
落ち込んでいると、エドが隣に座ってよしよししてくれる。 彼はセンサーでも付いているみたいに、私がシュンとしているといつでも気付いて駆けつけてくれる。 まさに本物のヒーローだ。しゅき。
「んー」
推しに頭を撫でてもらうだけで、地の底にあったはずの気力は一瞬で最大になった。 チョロインとはまさに私のことだなぁ、なんて思ったり。
「何か悩み事? 僕でよければ聞くけど」 「ううん。もう元気いっぱいになった。ありがとね、エド」
エドがいなかったら、私はループの途中で気が触れていたと思う。 逆に言えば、エドさえいれば何度ループしたってへっちゃらだ。
私はどうにもならないループを嘆くことなく前向きに捉えることにした。
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ざざざざざ。
「あー、またループしちゃったかぁ」 「? メシ持ってくるからじっとしてろ」 「うん。いつもありがとね、お父さん」 「……っ」
お父さんが身じろぎする。 かわいい。
「さてと。前回は丘にピクニックに行ったから、今回は……」
私はループするたび、エドと色々なことをした。 スタート地点に戻って異なるイベントを発生させる。 いわばこれは、スチル集めと一緒だ。 そしてゲームと違い、この世界で見せてくれるスチルには制限がない。集め放題だ。 そんな風にして、私はループ生活を楽しんでいた。
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ループを挟みながら、物語は少しずつ、少しずつ先へと進んでいく。
現在の私は十八歳。 学園に行っていれば卒業する年齢になった。
「ノーラ。なんで学校に行かなかったの?」 「んー。貴族の人とは気が合いそうにないから、かな」
エドを傍で眺めていたいから、なんて言えるはずもなく、私は適当に話を濁した。 子供の状態ならいざ知らず、今の年齢でストレートに言うのはちょっと恥ずかしい。
ゲームでは学園編が終わればハッピーエンドで幕を閉じるけれど、ここはそれでは終わらない。 ゲームにあるはずの『エンディング』は存在せず、当たり前のように人生は続いていく。
ループがあること以外、この世界は普通となんら変わりない。 ゲーム世界じゃなくて、よく似た別の世界ですよ――なんて言われたらそのまま信じてしまえそう。
(推しからの告白、とかあったらエンディングを迎えちゃうのかな?)
ちらり、とエドの横顔を眺める。 ――エンディングを迎えて何もかも終わっちゃうくらいなら、私はこの距離をずっと保っていたい、かな。
(まあ、告白そのものに憧れはあるんだけどね)
エドの行動のほとんどに耐性は付いているけれど、告白されたらさすがに鼻血を出してしまうかもしれない。
「……ところで、ノーラ」 「うん?」
――工房の仕事の、休憩時間。 少しだけ間を空けてから、エドが切り出す。
「見合い、受けないの? ノーラなら引く手数多だろうに」 「エドもそうじゃない」
この世界の結婚適齢期は前世よりも早い。 平民でも二十歳までにはみんな結婚しちゃうし、貴族は十歳以下で婚約者がいることも珍しくない。 そんな訳で、私もエドも、いくつかの商会や工房から見合いをしないか的な話はもらっていた。
「僕はまだだよ」 「じゃあ私もまだいい。エドが結婚したら私もする」 「だったら……提案なんだけど」 「うん?」
エドは私の手をぎゅっと握り、真剣な表情で真っ直ぐにこちらを見つめる。 お父さんと同じ、少し皮膚の厚くなった手は仕事以外の理由で汗ばんでいた。 赤い表情。強張った肩。震える足。それらははっきりと「エドが緊張している」ことを示していた。
私を見つめる推しの視線に、こちらの頬まで赤くなる。
え。 この雰囲気。 ももも、もしかして――。
「僕と一緒に、父さんの跡を継がないか? その……兄妹としてじゃなく、恋――」
ざざざざざ。 ノイズが視界を埋め尽くす、
いつものループが発動する中、いつもは見えないウインドウが目の前をかすめた。
『実績が足りません』【解除᥆/䂖】
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ゴツゴツした感触に以下省略。
「目、覚め――うぉ!?」 「……」
むくりと起き上がると、いつものように濡れた布が額から落ちた。 今回はそれとは別に、鼻から何かが出てきた。
ぽたりぽたりと滴るその雫の色は――赤。
「は、鼻血!? どこか悪いのか!? 医者、医者を呼んでくる!」 「ううん、大丈夫。大丈夫なのお父さん」
飛び出そうとするお父さんの裾を掴み、その場に留まってもらう。
「……いいところだったのに」
推しに告白される幸福感と、いいところでイベントがぶった切られた虚脱感を同時に味わいながら、私はそのままベッドに倒れ込んだ。