最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#59 転生ヒロイン・ノーラ はじまりの物語(4)


「どうしたのノーラ。僕の顔に何かついてる?」 「う、ううん。なんでもない」

 前回のループから一週間が経った。  いいところで途切れてしまったものの、告白イベントは脳裏にしっかりばっちり刻まれている。  これまでたくさんエドのスチルを集めて脳内保管してきた中でもダントツで好きなシーンだ。

「また見てる。すごくニヤニヤしてるけど、何かおかしなところある?」 「ううん、本当に何でもないの」

 私はエドの顔を見るたび告白シーンを思い返してはニマニマとだらしない笑みを浮かべていた。

 緊張で頬を赤らめ、汗をかき、ぷるぷると震えるエド。  大抵のことは「なんとかなる」と楽天的な彼が、だ。  そのギャップだけでご飯がいくらでも食べれちゃう。

 残念なことに告白の途中でループしちゃったけれど、今回も同じように接していけば……また、あのシーンが見られる。

 推しと自分の恋愛はけっこう地雷案件だ。  真に推しのことを考えるなら、自分はただ壁になって幸せになるさまを眺めるべし――そういう考えの人が前世には多かったし、私もどちらかと言うとそっちタイプだった。

 けれど、いざ告白されたら、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。  画面越しに見る告白と、生身で体感する告白は全く別物だ。  体温、緊張、震え、場の空気なんかはゲームでは絶対に味わえない。

 邪魔さえ入らなければ、あの先も……。  そう考えただけで笑いが止まらなかった。

「でへ、でへへへ」 「父さん父さん、ノーラの顔がすごいことになってるよ」 「……エド。こういうときは気付かないフリをしてやるのが男ってもんだ」

 ただひとつ、気になることがあるとすれば。

 ――『実績が足りません』【解除᥆/䂖】

 ループの直前に見た、あのメッセージ。  あれは一体、何だったんだろう?

 ▼

 実績。  ゲーム的な考えを当てはめると、ゲーム内に設けられたハードルををクリアした証……という意味のはず。  裏ボスを倒したとか、縛りプレイをしたとか、そういうやり込み要素を賞賛するものだ。  トロフィーとか勲章とか呼んだりもする。

「私の『やり込み』が足りないから告白イベントが途中で終わっちゃったってことなのかな」

 特定のイベントをクリアしていないとか、スチルの数が足りないとか、おそらくその辺りだと思う。  好感度が足りていない……は、ないか。告白されたんだから。

 他の攻略対象のスチルもある程度収集しておかないといけない可能性も考えたけれど……それはないと思う。

 『Ⅰ』ではお気に入りの攻略対象に集中して欲しいという理由から、攻略対象同士はイベントにほとんど無関係だった。  きっと今回も同じ流れになっているはずなので、エドのイベントを進めたければエドだけに集中すればいい。はず。

「となると、エドのスチルを集めながら必須イベントが何かを探すのが一番いいかなぁ」

 私はこれまでに書き連ねた脳内リストを記憶から引っ張り出す。  この世界は前世のような白紙は高級品に分類されている。  平民が使えるのは、ざらざらした手触りのくすんだ紙だけだ。  お父さんに頼めば白い紙は貰えるけれど、せいぜい手紙くらいのサイズが精一杯。たくさん紙の詰まったノートなんてもっての他だ(まだこの世界の勝手が分かっていない頃、前世の感覚で無駄遣いして怒られた)

 そういう事情があって、紙にメモなどは取らず頭の中で考え、留めておくようになった。  はじめは不便だったけど、おかげで記憶力はかなり鍛えられた。  前世は便利なモノに囲まれすぎてたんだなぁ、なんて思ったり。

「必須イベント……うーん、どれだろ」

 前回のループで告白まで行けたんだから、その時にこなしたもののうちのどれかが必須イベントだ。

「個人的にはピクニックとお祭り、誕生日のお祝いは外せないかな……けど全部を今回と同じようにやると飽きるよね」

 ループの正確な回数は忘れたけれど、これだけ同じ人生をやり直しても飽きないのはひとえにエドのスチル集めが豊富にあるからだ。  出かけるにしても買い物をするにしても、季節やイベントを起こす年齢、それまでの接し方によっても細かな部分が変化する。

「……ちょっとずつ変えながら探すことにしよ」

 私は楽しみを損なわないようにしつつ、告白してもらえる道を探るという強欲な方針を定めた。

 そして三ヶ月ほどしたある日。

 ざざざざざ。

 ▼ ▼ ▼

「気が付いたか。メシ持ってくる」

 ループが発動し、私はいつものベッドの上に戻っていた。

「あーあ。今回は『ハズレ』だったかぁ」

 お父さんの背中を見送りつつ、はぁ、とため息を漏らす。  ループまでの期間は基本的に長くなっていて、一度伸びると戻ることはあんまりない。  五年目でループしたとすれば、次にループするのは五年目以降――というのが通常の流れだ。

 けれど、こうして早い時期に戻ることもたまにある。  私はそれを『ハズレ』と呼んでいた。

「三ヶ月目は珍しいなぁ」

 学園に行ける年齢よりも前にループすることはあまりない。  あるとすれば三ヶ月目だ。どういう理由でそうなっているのかは分からないけど。  バグか何かなのかな。

「さて。気を取り直してスチル集め頑張ろっと」

 ▼

 そうして何度かループを繰り返しているうち、告白されるために必要なことが何なのか分かってきた。  王道だけれど、仲良くしつつ一緒に過ごすこと。それだけだ。  実際にゲームをプレイしていないので断言はできないけれど、『学園に行かない』選択をした時点で自動的にエド専用ルートに入っているような気がする。

 まあつまり、十八になればほぼ確実に告白してもらえる――ということだ。

「こんなに幸せでいいのかな」

 エドからの告白されるまでの過程を含めて、私は毎日を充実して過ごしていた。

 そして迎えた十八歳。

「ただいまー」 「おかえり、エド」

 その日、エドは別の工房の手伝いに出ていた。  戻ってくるなり机に突っ伏す彼に冷たい飲み物を出す。

「ありがとな、ノーラ」

 それを飲みながら、ふと、たった今思い出したようにこんなことを言い出した。

「そうそう。今日知ったんだけど、アランのやつ結婚してたよ」

 エドが今日手伝いに行った工房は昔なじみで、彼と同じ年の一人息子がいる。  お父さんの仕事の手伝いで顔は私とも顔なじみだ。

「そうなんだ? 知らなかった」 「あいつ、昔はノーラを嫁にするとか言ってたのに」 「えっ。初耳なんだけど」 「鍛冶組合の飲み会に行ったら誰がノーラを嫁にするかでいつも喧嘩になるよ。何人か真剣にお見合いをしようって人もいるし。気付いてないみたいだけど、ノーラはすごくモテモテだよ」

 ははは、と自慢げに笑ってから――不意に、エドは下を向いた。

「……そう、モテモテなんだよね」 「エド?」

 エドは手を伸ばし、私の手を握った。  ――場の空気が変わったことを、私の本能が敏感に察知する。

「正直、兄としてはすごく鼻が高いよ。けど、僕はノーラが誰かの元に行くなんて耐えられない。ずっとここに……僕の傍に居て欲しい。兄という立場だけでなく、別の関係になってもノーラを独り占めしたいんだ」 「それって……どういう意味?」

 ほうほう。  今回は『そういう』シチュエーションなのね。

 私は顔がニヤけないようにしながら、続く言葉を待った。

「僕は……僕は、兄妹なのに、君のことを――」

 ざざざざざ。

 『実績が足りません』【解除᥆/䂖】

 ▼ ▼ ▼

「おう。目が覚めええええええ鼻血!? だ、大丈夫か!?」 「えへへ……兄という立場ゆえに自分の気持ちを押し殺していたのに、周囲の動きに焦りを覚えて独占欲丸出しで告白……てぇてぇ……ごふっ」 「しっかりしろー! いま医者を連れてくる!」

 シチュエーションの美味しさに、私はループするなり鼻血と過呼吸で死にかけた。

 ――そんな風に、私はいくつもの場所で、様々なバリエーションの告白をされた。  あるときは橋の上で。  あるときはお祭りの帰り道で。  あるときは誕生日の飾り付けの最中で。

 新しいイベントも、たくさん、たくさん見つけた。  けれど、告白イベントが解除される『実績』を見つけることはできなかった。  それは私が聞きたくてたまらない肝心の言葉を聞けていないということでもある。

 色々な告白シチュエーションを楽しめるのはいいけれど……やっぱりその先が見たい。

 大好きなゲーム世界に来た転生者としてではなく、この世界に住まう一人の女の子として。

「遊んでるだけじゃダメだよね。ちゃんとしないと」

 私は告白の寸止めをきっかけに、本格的な『攻略』に乗り出した。

 ▼

 調べていると、いくつかの発見があった。  まず、告白のタイミングをずらせるということ。  物語は十八で何らかの結果を出さないといけないけれど、ここにそんな縛りはない。  好感度の調整さえ上手くいけば、告白してもらえるタイミングはいくらでも後ろにできた。  そして、告白されなければループしないということも分かった。

「あとは……ループの法則について」

 ループした日付をよくよく調べてみると、ある種の法則があった。  一度どこかでループが発生した場合、高確率で次も同じ日にループする。  それを五回から十回――長いときは五十回以上するときもある――ほど繰り返し、次に進む。

 気に留めていなかったけれど……それは、前世のゲーマーがする行動に似ていた。  例えるなら、難易度の高いイベントに失敗して、何度もリセットして挑戦するかのよう。

 そこまで考えれば、自然とこういう可能性に行き当たる。

「もしかして……私以外に転生者がいる?」

 もう一人の転生者X(仮)がループ能力を持っていて、私はそれに巻き込まれている。  そう考えると、ループの謎や法則性に説明がつく。

「ヒロインが転生者なら、悪役令嬢も転生者なのがテンプレだよね」

 私は真っ先に悪役令嬢レイラを疑った。  テンプレがこの世界に適応されるかは知らないけど、他に当てが無かったので仕方がない。

 直接会って確かめたいけど……。

(怖いのよね、レイラ)

 前世で見たPV動画の情報しか知らない私は、レイラ=笑いながら人をなじるヤバイ人というイメージが固定化されていた。  遠目で見る限りは普通のお嬢様だけど……私を見た瞬間に襲いかかったりしてこないかな。

(けど話をしないと進まないし……よし、行こう!)

 私は勇気を振り絞った。  公爵令嬢のレイラと平民の私が話せる場所は学園の中しかない。  学生でない私は、いくつか知っている抜け道を通ってこっそりと学園の敷地に侵入した。

「あ、あの――」

 声をかけようとしたタイミングで、ちょうどレイラの前から数人の女学生が現れた。  彼女たちは私が在学しているときに嫌がらせをしてきた生徒たちだ。  なかなかに執拗だったので、嫌な意味でよく覚えている。

「レイラ様!? ごごご、ごきげんよう」

 そんな彼女が、レイラを前に汗をだらだら流して萎縮していた。

「ええ、ごきげんよう」

 レイラは流し目で小さく微笑み、その場を通り過ぎた。  その貫禄はまるでラスボス。悪役令嬢に相応しい優雅な立ち振る舞いだった。

(怖っ!? やっぱりレイラは怖い人なんだ……)

 すっかり意気消沈した私は、レイラに声をかけることなくすごすごと逃げ帰った。

 ▼ ▼ ▼

 物語は進み、国歴三百三年。  私とエドはアレックス陛下の凱旋を見るべく人でごった返す大通りに来ていた。

「そろそろだね」

 普段は道幅いっぱいに人の往来があるけれど、今日は両端に寄せられている。  ぽっかりと空いた中央の道幅いっぱいの大きくて豪華な馬車が、ゆっくりとした速度で王宮の方角へ向かっていく。

「お、見えてきたな。アレックス陛下だ」

 隣にいるエドが手でひさしを作りながら馬車の上に立つ陛下を眺めている。  国王陛下が交代してからたった数年で、私たちが住まうクレフェルト王国はすごい勢いで発展を遂げた。

 前王・エルヴィス陛下も相当なやり手だったらしいけれど……今のアレックス陛下には遠く及ばない。

「すごい人気だね」 「ああ」

 馬車の上から手を振るアレックス陛下。  群衆の中には黄色い声を上げる集団がいた。陛下のファンギルド(もちろん非公式)らしい。

 女の子を魅了する甘いマスクに優秀な政治手腕。さらには剣術の達人でもあるとか。  陛下が実は隠し攻略対象でした――なんて言われても何ら不思議のないくらい属性モリモリだ。

 そんな完璧超人なアレックスのハートを射止めたのは、なんとあの悪役令嬢レイラだ。

「……」 「どうした? 神妙な顔をして」 「ううん。レイラ様、幸せそうだなって」

 優しい笑みを浮かべて民衆に手を振るレイラ。  嫌味な女生徒を震え上がらせ、PV動画で禍々しい表情をしていた悪役令嬢と同一人物とはとても思えなかった。

 レイラの婚約者はもともとオズワルドだった。  私がオズワルドを攻略しなかったら、レイラはアレックスと結ばれるようになるらしい。  はじめは違ったような気がするけれど……王族と公爵令嬢なんて私からすれば雲の上の人だ。  そんな人たちの動向なんて気にも留めていなかったので、元がどうだったのかは覚えていない。

「レムシャット王国と十五年ぶりの国交回復……本当にアレックス陛下はすごいな」 「それはオズワルド殿下の功績じゃない?」

 十八歳以降はゲームクリア後の世界だ。  だから攻略対象たちがどういう動きをするのかは全く分からない。

 けれど、それにしてもレイラは変わりすぎな気がする。  ……これから起こると、何か関係があるのかな。

 この世界は前世に比べて治安が悪い。  今は起きていないけれど、隣国と代わる代わる、何度も戦争になった。

 今はほとんどが友好国になっているけれど……まだ、火種は収まっていない。

 あと何日かすると、この国は宣戦布告を受ける。  相手の国がどこか――とか、詳しい話は知らない。  戦争の話になると、エドははやるように告白してきてループが発動してしまうためだ。

 臆病な私は彼に甘えるような形で、戦争から逃げていた。  ヒロインらしく果敢に立ち向かったりしないといけないのかもしれないけど……人が死んだりする場面を見るのは本当に、本当に無理。  暴力ダメ絶対。

(ていうか戦争って……。乙女ゲームでやることじゃないよぉ)

「……なぁノーラ。僕たちもいい年だしさ、そろそろ――」

 ざざざざざ。

 そして今回も、私は戦いから『逃げる』を選択する。

(ごめんなさいごめんなさい、臆病でごめんなさい……)

 ▼ ▼ ▼

 そして次のループで私は気になる話を耳にする。

「えっ。オズワルド殿下が?」 「そうなのよぉ。レイラ様が婚約者になることが決まってたはずなんだけどねぇ」

 私はお父さんの仕事を手伝いがてら、噂好きな近所のおばさんから『オズワルドの婚約者が代わった』という話を聞いた。

「その、代わった相手って誰ですか?」 「レイラ様の妹君よ。名前は……やだわ、ド忘れしちゃった」 「……」

 おかしい。  物語の登場人物の動きは固定されている。  些細な変化はあるけど、本筋はいつも同じでなければならない。  もし、私の気が変わってオズワルドを攻略しようとしたら、物語が破綻してしまう。

 それを許容するような動きがあるはずがないのに。

「気になるなぁ……」

 私は悪役令嬢レイラの妹について調べてみることにした。