最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#60 転生ヒロイン・ノーラ はじまりの物語(5)


 悪役令嬢レイラの妹。  登場人物紹介にすら出てこない、いわゆるモブキャラ。  前世にあったマンガやライトノベルにはそういうキャラに転生する話もいくつかあったけれど……本当にそんなことがあるのかな。

「いや、それ言ったら私がもうあり得ない存在だもんね」

 ゲーム内のヒロインに転生するなんてあり得ないことが起きたんだから、先入観でなんでも否定するのはよくない。  とにかく、レイラの妹についての情報を集めよう。

「――とは言ったものの、貴族のことなんてどうやって調べたらいいんだろ」

 同じ平民ならともかく、貴族のことを私たちが知るすべはない。  大きなニュースがあれば号外が出たりするけれど、平民の情報源は基本的に伝聞だけだ。  一度だけ学園に通ったけど、名前を覚えているのは同学年に限られている。

「何か功績を上げたりしてないのかな」

 レイラは何かと目立つ人物だった。  その妹なんだから何か秀でた才能を持っているはずだけど……これまでの人生の中で、それらしき人が表に出てきた試しはない。

「会ってみたいなぁ」

 家の中で唸っているだけじゃ何も進まない。  私はレイラの妹に会って確かめる方法を考えることにした。  ……でも、どうやって?

 噴水前にある仕立屋さんは貴族の人もたまに来ることがある。  レイラの妹が使う時まで待ち伏せをするのはどうかな。

(ダメダメ。怪しすぎるよ)

 いくら私が人畜無害な女の子とはいえ、護衛の人が通してくれるとは思えない。  それに、待ち伏せしている間はずっと家を空けていることになる。  家のお手伝いをすっぽかす訳にはいかない。

 お父さんからは「いらん気を回すな」と言われるけど、血の繋がらない私のために毎日一生懸命働いてくれている。  恩を返すためにも、できることはしてあげたい。

 現状、思いつく中で一番確実なのは学園に行くことだ。  レイラと仲良くなって家に招待されたら話は早いけど、レイラは怖いので、妹が学園に入学するまで待つ作戦を思いついた。

「入学は十二の途中からだから……長いけど仕方ないよね」

 それまではエドのスチルを堪能しようと思ったところで、視界にざらついたノイズが走った。

 ざざざざざ。

 ▼ ▼ ▼

 ループが発動し、私はまたスタート地点に戻った。  このところ頻度が上がっている。  一週目のループはこれで四回目だ。  会うまでにどれくらい時間がかかるんだろう。

 そんなことを考えながら露店にお使いに出かけると、子供の声がした。

「見ろあの果物、干からびているぞ!?」

 声変わり前の、少し高い男の子の声だった。  あまり聞き慣れない声だったので、興味を惹かれてなんとなくそちらに目を向けると――。

(……え、オズワルド?!)

 攻略対象その③、オズワルド。  王子であるはずの彼が、何故か下町の露店街にいた。

(嘘。何かのイベント? でも今までこんなことなかったのに……)

 姿を隠して様子を伺うと、オズワルドの疑問に誰かが答えた。

「――干しぶどうです。ああすると日持ちするんですよ」

 舌っ足らずさの抜けていない話し方で説明をしたのは、オズワルドの隣にいるピンク色の髪をした女の子だった。

(何あの子。かわいい!)

 子供特有の丸みを帯びた頬や小さな手足。  淡い色をした洋服は派手さこそ無いけれど、女の子の可愛さを余すところなく引き出している。おそらく高級品であろうそれを違和感なく着こなしていて、様になっていた(オズワルドの服はどうにも『着せられている』感がある)  洋服もさることながら、ワンポイントとして付けている花柄の髪留めが女の子の雰囲気にとてもよく似合っている。  選んだ人の相当に高いセンスを感じられた。

 頭のてっぺんからつま先までとにかく可愛いで埋め尽くされた女の子に、私は目を奪われた。

(あのほっぺた、ぷにぷにさせてもらえないかなぁ)

 オズワルドがどうしてここにいるのか――なんて疑問は一瞬で忘れ、私は女の子を眺めることに夢中になった。

「ソフィーナ、次の店だ! 早く歩け!」 「はーい」

 強引に手を引っ張られているのに、女の子は明るい声と表情で答えた。  性格まで優しいんだ――と思ったその直後。

(え!?)

 オズワルドが視線を外した一瞬。  ほんの一瞬だけ、女の子の形相が変わった。  前世で言う般若、今世で言えばオーガが乗り移ったようなものすごい顔だ。

(見間違いだよね)

 私は強めに目をこすった。  次に目を開くと、女の子はにこにこした表情に戻っている。

(気のせい……だよね)

 さっきのは何かを見間違えたみたいだ。  そうだよね。あんな小さくて可愛い女の子が、そんな表情をするわけが……。

(してるー!? すごい顔になってるー!)

 オズワルドの視線が別に向くと、女の子はまた鬼の顔に変化した。  手をぐいぐい引っ張るオズワルドを、まるで親の仇のように睨んでいる。  けれど視線が自分のほうに向くと、一瞬でにこにこした表情に戻る。

 ボタン一つで仮面を付け替えているかのような早業だ。

(何者なの、あの子……?)

 女の子の表情で我に返った私は、当初の疑問に戻る。

 いるはずのないオズワルドが露店街にいて、  隣には見知らぬ女の子がいる。  そしてオズワルドは、婚約者をレイラから妹へと交代した。

 察しの悪い私でも、さすがに分かった。

「あの子が……レイラの妹だ」

 ▼

 あの可愛い女の子が転生者X。  そう考えると、表情の切り替えにも説明が付く。

 外見は子供だけれど、中身は別の精神が宿っている。  私と同じだ。

「ループを繰り返す目的は……オズワルドと理想のハッピーエンドを迎えるため?」

 けど、前まではここまで強引にシナリオに介入していなかった。  どうして急に婚約者を交代したんだろう。

「もしかして、攻略対象を全員落として回ってるのかな」

 これまでのループで他の攻略対象たちのスチルを堪能して、先日からオズワルドの攻略に乗り出したのかもしれない。  それにしては長すぎた気もするけど……。

 それに……あの表情。  あれは恋する乙女というより、憎くて憎くてたまらない相手を睨むときのような顔だ。

「見たいエンディングのため、仕方なくオズワルドを攻略してるのかな」

 用意されたエンディングには満足できず、シナリオに干渉して自分に都合のいい物語を作ろうとしているのかもしれない。

 それに巻き込まれているとなると……少しだけ、少しだけ嫌な気持ちになった。  あの子のために、エドとの先が見られないなんて。

 あの子はここのところ、三ヶ月目のあたりを何十回とループしている。  何か大がかりなイベントを消化しているみたい。  かなり無茶なことをして物語を歪めているように感じられた。

 無茶なこと。  例えば……ゲーム上では存在しなかった逆ハーレムエンド――オズワルドは攻略上、仕方なく――を狙っているとか。

 攻略対象全員を落とそうとしているのなら、いつかエドの元にもあの子が来るかもしれない。

「……嫌、それは嫌!」

 前世で画面越しに見ていた以上に、今の私はエドが好きになっている。  もし別の子に攻略されたら、ショック死する自信があるくらいだ。

「なんとかループを止めてもらおう」

 私は、私の物語を守るためにレイラの妹との接触を試みた。

 ▼

 女の子に会うのは簡単だ。  オズワルドと露店街に出るときにお使いに行けばいい。  けれど、できれば二人きりでゆっくりと話がしたい。

 私からのお願いはループをやめてもらい、エドの攻略を諦めてもらうこと。  それ以外のことだったら何でも協力する気でいた。

 たぶん、女の子は私の存在を知らないはずだ。  存在を知ってもらうために、まず手紙を出すことにした。

 とりあえずやんわり、それとなくループしないように、そしてエドの攻略をやめてもらうようにお願いをする。  貴族の手紙は検閲があるはずなので、誰に見られても大丈夫なように本文は日本語で書いた。

 いろいろと言いたいことがあったけれど、とりあえず短く、簡潔にまとめることを優先する。

 〜〜〜〜〜

 やっと見つけた。  これ以上、私の物語を邪魔しないで。

 『ヒロイン』より

 〜〜〜〜〜

 『ヒロイン』と書けば相手も「ノーラが転生者」だとすぐに分かってくれるはず。  向こうから会いに来てくれれば、ちゃんと話す機会を設けられる。  シンプルだけどいいアイデアだ。

「……あ。けど手紙だけだとちょっと寂しいかな」

 私は昨日焼いたクッキーをラッピングして添え、イグマリート家へと送った。

「これでよし」

 ▼

「返事、来ないなぁ」

 相手からのリアクションは無かったけれど、ここ一年はループしていない。  関わりたくはないけれど、言いたいことは分かった――ってことなのかな。

「ちょっと残念」

 ゲームのこととか、前世ネタで話しができると思ったのに。

「まあ、ループしなくなってくれただけありがた――」

 ざざざざざ。

 ▼ ▼ ▼

 私の要望はあっさりと無視された。

「……もう、会うしかないよね」

 埒が開かないと思った私は、直接会うことにした。

「まずはお菓子で敵意がないことを示さないと」

 私は気合いを入れてチーズケーキを焼き、それを包んでお土産として持って行くことにした。  気に入ってくれるといいなぁ。