「おっきいなぁ……」
イグマリート家の門構えを見上げながら、私は感嘆の声を上げた。 公爵というだけあって「多少お金持ち」なんてレベルじゃない。 馬車もちゃんと通れるような大きい門がででんと構えていて、柵の隙間から庭を覗いてみると、綺麗な庭と休憩スペースがいくつか見えた。 前世であれば売れっ子の芸能人とか、すごく大きな会社の社長さんでしか住めない規模のお屋敷だ。 さすがに学園ほどの敷地面積はないけれど、それでも私の家が何十個も入るくらいに広い。 お金持ちのレベルが想像していたより何段も上で、私は思わず尻込みした。 さすが悪役令嬢の実家。恐るべし。
(き、緊張する……!)
厳つい顔をした守衛さんにどう声をかけていいか分からず、私は門から離れた格子の前でぐるぐると回った。
ハモンズ王立学園の生徒であれば、平民でも一応話は聞いてもらえるはず。 けれど今の私はただの七歳児だ。「将来レイラの同級生になります」なんて言っても信じてもらえるはずがない。
(こうなったらお菓子で買収して……)
ありがちな設定だけれど、この世界の人々は食に飢えている。 前世知識を活用したお菓子を渡せば「おいしい」と言わせる自信はある。 ……けれど「喜んでくれる」と「話を聞いてくれる」はまた話が違う。 さすがにそんなもので釣られる守衛さんはいないだろう。
(どうしようかなぁ……ん!?)
しばらく柵を通してイグマリート家の中を眺めていると、レイラの妹がひょっこりと、唐突に現れた。 塀伝いに庭を散歩していたみたいだ。何か考え事をしているみたいで、神妙な顔つきでぶつぶつと呟いている。
(チャンス!)
ここぞとばかりに、私はレイラの妹に話しかけた。
「ねえ、ちょっと」
レイラの妹と目が合う。 しばらく目をぱちぱちさせながら固まって――私の顔に何かついてるのかな?――いたけれど、小さな手で門の方向を指差した。
「すみませんが、ごよーがあるなら一度しゅえいさんをとーしてもらえますか?」
五歳児らしい舌っ足らずな話し方。かわいい。
「他の人に言っても理解してもらえないもん」 「?」 「単刀直入に言うとね――私がヒロインよ」 「――っ」
レイラの妹の顔つきが、はっきりと変わった。
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その後、落ち着いて話ができる場所に案内する。 公爵家の家の中に案内してもらえるかも――と思ったけれど、レイラの妹は外に出ることを選んだ。残念。
「……」
ちらり、と後ろ目でちゃんとついて来ているかを確認する。
「おい、どこまで行く気だ」 「もうすぐだから」
表情の取り繕いをやめたレイラの妹は、どこか凛々しさを秘めていた。 言葉遣いもちょっと荒っぽさが加わってかっこいい(舌っ足らずさは演技だったみたい) 愛らしい外見と内面が全くちぐはぐになっていて、それが余計に私の琴線を刺激した。
(ギャップ萌え~! 頬をすりすりしたいなぁ)
中の人が男の人――いわゆるTS転生でありませんようにと願いながら、私は下町にいくつか持っている秘密基地へと彼女を案内した。
▼
結論から言うと、私たちは互いを誤解していた。
私の勘違いは、レイラの妹もといソフィーナを転生者と思っていたこと。 この子は現地人(この表現が正しいのか分からないけど)だ。 現地人だけど、何故かループ能力と、選択肢を選んでシナリオを動かす力を持っている。
そしてソフィーナの勘違いは、私を敵だと思っていたこと。 チーズケーキを魔物寄せの香だと警戒したり、私がレイラを殺そうとしているんじゃないかと疑っていたり。 確かに悪役令嬢モノではヒロインが敵っていうお話は多いけど……それはあくまで空想の中の物語でしかない。
この世界は前世ほど治安が良くない。 オワコンだ何だと言われていたけれど、やっぱり日本は安全だったんだなぁと再認識するような場面はけっこうあったし、少しは看過されている面もある。
けど。 だとしても。 私が私利私欲のために誰かを傷付ける――ましてや殺すことなんて、絶対にない。
そう説明すると、ソフィーナは安心したように眉を下げた。 チーズケーキも気に入ってもらえて良かった。
毒を食べた時みたいなリアクションはちょっと草だったけど。
前回のクッキーは残念ながら処分されたみたい。 けっこう上手にできたのになぁ。残念。
▼
「巻き込んで申し訳ないとは思っている。けど、お姉様を救い出すまでループを止めるつもりはない」
ソフィーナはこれまでの経緯を話し終わってから、そう力強く言い切った。 それは私の願い――これ以上ループしないことを真っ向から否定するものだ。
「終わる目途はあるの?」 「ない」 「そっか」
ソフィーナが何度もループしていた理由。 それは、悪役令嬢レイラを救うため。
ソフィーナは何もかもが真っ白な神の世界に行った、と言っていた。 たぶん、ゲームの開発室だと思う。 私はゲームをプレイしていないのでシナリオはよく分からないけれど、発売が何度も延期になっていたことは知っている。 ソフィーナが神の世界で聞いた話と、おおよそ一致する。
(つまり、発売を急いだためにシナリオの調整が間に合わなくなって、そのしわ寄せがレイラに向かった――と)
人の運命は誰にも分からない。 だから突然の死も受け入れる他ない。
けれど、運命が誰かの都合でねじ曲げられていることを知ってしまったら? そして、それに抗う術を手に入れたとしたら?
……たぶん、いや絶対。 私もソフィーナと同じ行動を取る。 エドが開発の都合で死ぬようなシナリオなんて、否定するに決まっている。
(大変な思いをしてきたんだね)
私がエドのスチルを集めてヘラヘラと人生を謳歌している間、ソフィーナはずっと推しの死を目の当たりにしてきた。 試行回数を共有する私には、ソフィーナの気持ちも、苦労も、手に取るように理解できた。 ……なんて強い子なんだろう。
「私には何をしてもいい。けど、お姉様には手を出さないでくれ。お願いだ」
ソフィーナは縋るようにお願いしてきた。 もちろん、私の答えは決まっている。
「お金も、地位も、私ができる範囲のものは用意させてもらう。だから――!?」 「てぇてぇ」 「は?」
――いけない。 つい本音が出ちゃった。 理性ではそう思っていても、あまりの尊さに歯止めが効かない。
「推しであるお姉ちゃんのためにループを繰り返す妹……こんな美しい姉妹愛がある!? いいや、ないよ! 前世でもここまでの人は見たことがない! ソフィーナちゃん尊すぎてしんどい無理、死ぬ!」 「具合が悪いのか?」
ちょっと可哀想な人を見るような目で背中をさすってくれる。 優しいけどその目やめて。
こんなにも良い子を差し置いて、私だけ推しと幸せになるなんて不公平だよね。
「ねぇソフィーナちゃん。提案なんだけど――」
レイラ救出を手伝わせて欲しい。 そう言おうとした矢先、私とソフィーナの間に半透明のウインドウが開く。
『ノーラを仲間にしますか?』 はい いいえ
「あ、選択肢だ」
前作と同じ枠デザインとフォントに、なんだか懐かしさを覚える。 私が選択することはできないけど、内容を見てアドバイスはできそう。
「神の使徒なのに、神に反逆することになるんだぞ」 「確かに前世は日本人で、あなたの言葉を借りるならここは下位世界。けど、今の私はもうこの世界の住人だよ。神の使徒でもなんでもない、ただの平民」
この世界がゲームであっても関係ない。 私はもうこの世界に生きると決めているんだから。
「私たちはいわば同志よ」 「同志?」 「そう。同じ熱量で推しを愛することができる同志!」
悪役令嬢であっても幸せになる権利はある。 私はもう十分に恵まれてきた。 だから、しばらく自分のことは後回しにしてこの子を助けようと思う。 いや、助けたい。
「これからよろしく。ノーラ」 「こちらこそ、ソフィーナちゃん」
私とソフィーナは手を伸ばし、選択肢の『はい』の部分に手を重ねた。
よーし、頑張るぞー!