最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#62 SS No1「おいしいケーキ」


<イグマリート家専属料理人・マルティ視点>

「コックさん。今日はチーズケーキがたべたいです」

 俺ことマルティが厨房で下ごしらえをしていると、いつの間にかひょっこり入ってきたソフィーナお嬢様にリクエストをされた。

「珍しいですね。ソフィーナお嬢様が食べたいものを仰るなんて」

 イグマリート家の令嬢たちはみな賢い。  まだ八歳と六歳という幼さなのに、もう大人と変わらない分別を持っている。  貴族という特権階級にいる人間は俺たちのような平民を奴隷か何かと思っているヤツもいる。  大きな声では言えないが、奥様がそのタイプだ。  母親の背中を見て育った二人も、そんな風になる危険性があったが――

「だめでしょうか?」 「いえいえ。もちろん大丈夫ですよ」

 とても優しい子に育っている。  いち使用人である俺に対し、むしろ気遣いを見せてくれるほどだ。

 好き嫌いもワガママも言わない。  言わなさすぎて逆に心配になるくらいだ。  そんなソフィーナお嬢様が、初めて自分からリクエストしてくれた。  お菓子作りは得意分野じゃないが、チーズケーキのレシピは頭に入っている。  たとえ知らないお菓子を所望されても、ソフィーナお嬢様のためならレシピを調べてでも用意してあげたい。

「ありがとうございます。それじゃ、お茶の時間をたのしみにしています」 「ええ。お任せください」

 にぱ、と微笑むソフィーナお嬢様。  癒される。  成長してもこのままでありますように――と祈りながら、俺は仕事を再開した。

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 午後になり、お茶の時間がやってきた。

「ソフィーナお嬢様。お待たせしました」 「わーい」

 俺は焼きたてのチーズケーキを八等分にして、お茶と共にソフィーナお嬢様の前に出した。  本当ならこれはメイドの仕事だが、今日は俺が担当させてもらった。  食べた直後の感想を聞きたいからだ。

「いただきます」

 フォークで一口サイズにしてから、それをぱくりと口に運ぶ。

 ――おいしいですっ!

 俺の頭の中には、チーズケーキに舌鼓を打ちつつ花が開くような笑みを浮かべるソフィーナお嬢様の姿が映った。

「…………おいしいですっ!」 「そう言っていただけて何よりです」

 想像と違わぬ笑顔を浮かべるソフィーナお嬢様。  口に入れた瞬間、微妙な間があったように感じたが、きっと気のせいだろう。

「ところで、チーズケーキの材料ってなんですか?」

 フォークの上に乗ったチーズケーキをしげしげと眺めながら、ソフィーナお嬢様が材料について尋ねてくる。

「卵、グラニュー糖、クリームチーズ、薄力粉、ミルク、レモン汁です」 「……それは一般的なチーズケーキの材料なんですか?」 「料理人によってはバターやコーンスターチを入れるようですが、いま申し上げたものが基本の型になってきます」 「……――そうなんですね。作ってくださってありがとうございます」

 にぱ、といつもの微笑みを浮かべるソフィーナお嬢様。  その笑顔が見られただけで仕事の疲れが吹き飛んでいく。

「お口に合って何よりです。それでは私はこれで失礼します。またリクエストがあればいつでもご用意しますので」 「はーい」

 ソフィーナお嬢様に手を振られながら、俺は厨房に戻った。

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<ソフィーナ視点>

「やっぱり違う」

 料理人に作ってもらったチーズケーキをフォークで突き刺しながら、私は首を傾げた。  これも十分に美味しい。  彼は公爵家の専属料理人なのだ。不味いものを出すはずがない。

 しかしノーラのチーズケーキを一度味わった身としては、物足りなさを感じてしまう。

 材料に違いは無かった。  個々の品質で言えば我が家のものの方が上。

 高い魔力を秘めた素材で作った道具は高い魔力を帯びることと同じで、高い材料を使えばそのぶん美味しくなると思っていたが……違うのだろうか。

「これがノーラの言っていた『チート能力』というやつか?」

 ノーラのような転生者には、私たち下位世界の人間の常識を外れた能力を授かることがある、と言っていた。  『ループ能力』と『運命を選択する能力』は本来ノーラのものだった。  それが私に移ってしまったから、第三の能力として『チーズケーキを美味しく作れる能力』を授かったのだろうか。  そんな限定的な能力が存在するのだろうか。

「……分からない」

 まさかチーズケーキでこんなにも考え込むことになるなんて。  私は思考疲労を起こしている脳に栄養を与えるべく、せっせとチーズケーキを平らげた。

 今度、食べ比べさせてもらおう――なんて考えながら。