最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#67 第二話「甘味の力」


<ノーラ視点>

「私を殴ってくれ」

 唐突なソフィーナの言葉に、私は思いっきり動揺した。

「殴ってって……え、なになに、どういうこと!?」 「とりあえず落ち着け」

 おろおろする私をなだめながら、ソフィーナはそう考えるに至った経緯を話してくれた。

「あの時、医者を呼ぶために離れただろ?」 「うん。レイラの様子がおかしかったから、具合が悪くなったのかと思って……」

 結局は体調の問題じゃなくて魔法的な何かだったらしいから、私がお医者さんを呼んだことは意味がなかったけど……。

「それとさっきの言葉と、何か関係があるの?」 「ああ」

 ソフィーナはまるで罪を告白する罪人のような面持ちで続けた。

「そのとき、私はノーラが犯人なんじゃないかと疑ったんだ。スイレンを言葉巧みに誘導して、お姉様に危害を加えるように仕向けたんだ……と」 「そんなことしないよ!?」

 暴力ダメ絶対!  ゲーム世界に転生しても、これは絶対に譲れない私の心情だ。  ……というか、スイレンさんを言葉巧みに――という時点でできるわけがない。  接点ほとんどないし。

「冷静に考えればありえるはずがないと分かってる。けど、私は……疑ってしまったんだ」 「ソフィーナ……」

 ソフィーナは手のひらを上に向けた。  紅葉みたいに小さくて可愛いその手は、小刻みに震えていた。

「お姉様の味方になってくれた人間はこれまでも何人かいた。けど、すべては選択肢次第。間違えれば簡単に敵になる」 「……」

 選択肢次第で簡単にコロコロ変わる――ソフィーナの目からはそう見えてしまう――人のことを、心から信じるなんてできるはずがない。  期待すれば人はそのぶん、裏切られた時の痛みが強くなる。  低い階段から落ちるより高い壁から落ちたほうが痛いのと同じ理屈だ。

 余計な痛みを感じないよう、ソフィーナは人を信じなくなった。  その心情は……察するに余りある。

 脳天気にスチルを集めていた私ですら、何人か信じられなくなった人がいるくらいだし。  事態の渦中にいるソフィーナは私なんかの比じゃないはず。  人間不信になって当然だ。

 信じてもらえるように気を付けてはいたけど、あの瞬間、疑いの心が芽生えちゃったみたい。

「大丈夫だよ。ちゃんと謝ってくれたなら――」 「いいや。それじゃ私の気が済まない」

 ソフィーナは頑なに頬を差し出す姿勢を解かない。  暦の上では短い付き合いだけれど、私たちは体感で言うとかなり長い間一緒にいる。  だから、こうなったソフィーナが動かないこともよく知っている。

 ……なら、仕方ない。  私は立ち上がった。

「目、閉じて」 「……」

 言われた通り目を瞑るソフィーナ。  私は持ってきたクッキーを取り出し、それを彼女の口に突っ込んだ。

「むぐ!? な、何を」 「いいから食べて」

 素直にクッキーを咀嚼するソフィーナ。  さくさく、と小気味良い音が耳を心地よく打った。

「どういうつもりだ? 私は殴ってくれと――」 「それ新作なんだけど、味はどう?」 「……おいしい」 「よかった」

 クッキーのおかげで張り詰めていたソフィーナの緊張が少し緩んだ。  やっぱり甘い物は人を幸せにする力がある。  今なら話を聞いてくれそう。

「ソフィーナ。私は怒ってないから」 「けどっ」 「何度も言ってるけど、私は暴力が嫌いなの」

 傷付けるのも傷付けられるのも嫌だし、それを見るのも嫌。

「私が望んでいないことを、あなたの罪悪感を和らげるために強要するの?」 「う……」

 私が嫌がっていると、ことさら強調すると、ソフィーナはようやく引き下がる様子を見せた。

「じゃあ、罪滅ぼしに何かさせてくれ」 「なら、公爵家のフルコースをご馳走してよ。ソフィーナでも年に一度しか食べられないくらい、とっても豪華なやつ」

 ソフィーナは不満そうに眉をひそめた。  「そんなものくらいで罪滅ぼしなんてできるか!」と思っているみたい。

「お願い。私はそれがいいの」 「……そこまで言うなら」 「ありがと。じゃ、この話はここまでね」 「むぐ」

 追加でクッキーを口に押し込んで食べさせる。

 ▼

 ソフィーナがこれまで恐ろしい方法でシナリオを進めてきたことは知っている。  人を騙したり、陥れたり……殺したり。  心を捨てて、利用できるモノは何でも利用してきたと言っていた。

 普通なら心が壊れて当然。  けれどソフィーナはまだ優しい心を保っていた。  ほんのちょっと私を疑っただけなのに罪悪感を抱いたことがいい証拠だ。

 ……初めて人を殺したとき、どれだけ悩み、苦しんだのだろう。  それを想像しただけで胸が締め付けられる。

「ソフィーナ」 「なんだよ」

 場の空気を和ますように、私はソフィーナを抱きしめた。  子供特有の高い体温が腕の中にすっぽりと収まる。

 ソフィーナは優しい。  ――けど、だからこそ危ういとも思った。

 大好きな人の為ならどんな外道にでも落ちられるその優しさは、ソフィーナ自身を傷付けている。

 乙女ゲームはハッピーエンドが絶対条件だ。  その中にはレイラだけじゃなく、ソフィーナも含まれていなくちゃいけない。

「私は何があってもソフィーナの味方だから。それを忘れないでね」