最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#69 第四話「交代要員」


「ほう、水の魔法に適性が……ならば家庭教師を探そう。しばらく時間がかかるが、いいな?」 「はい! ありがとうございます」

 方針を固めてスタート地点に戻った私は、つつがなく日々を過ごしていた。  現在の時間軸はお姉様が八歳、私が六歳。  お姉様が魔法の適性を調べた日だ。

 父にそう言われ、喜びに頬を綻ばせるお姉様。  ノーラの言葉を借りるなら「てぇてぇ」だ。

 そんなお姉様に冷水を浴びせようとする母。

「魔法もいいけれど、女磨きを怠っては――」 「おねーさま! おめでとうございます!」

 私は母の言葉を遮るように大きな声を出しながらお姉様に飛びつく。

「……ソフィーナ! レイラはいま私と話をしていたのよ!」 「ごめんなさい」 「まったく……そんなことでオズワルド殿下の婚約者がやれると思っているの!」 「ソニア。ソフィーナなら大丈夫だ」 「――まあ、あなたがそう言うのなら」

 母の言葉を父が遮ると、母はあっさり引き下がった。  母はどこにでもいるような伯爵家の出自だ。  父の言葉には決して逆らわない。  下手に機嫌を損ねて離縁でもされたら、困るのは母だからな(浮気が発覚したときはさすがに激怒していたが)

 愛以外のもので繋がった歪な夫婦関係。  ――素敵じゃないか。

 私もオズワルドとは割り切った関係を築きたいものだ。

「ソフィーナ。お前の優秀さは陛下を通して聞き及んでいる」 「ありがとうございます」 「これからもオズワルド殿下をよろしく頼むぞ」 「はい! おとーさまとおかーさまのような理想的な夫婦を目指します!」

 皮肉をたっぷり込めた言葉に気付かず、父と母はにこりと頷いていた。

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 その後、スイレンが家庭教師に応募してくるタイミングを見計らって父の書斎に忍び込む。  当主しか知らない秘密の通路を網羅する私にとって、扉の鍵は無いも同然だ。  万が一賊に入られた時のため机の引き出しにも鍵が取り付けられているが、それも無意味だ。

 何故なら、隠し場所を知っているから。

(お。今回は七列目に隠してあるのか。今は背が低いから助かる)

 父の書斎には色々な本が納められている。  その中にひとつだけ本に偽装された小物入れがあり、鍵はその中にある。  小物入れの場所は毎回変わるが、背表紙のデザインを覚えているのでどの列に隠してあってもすぐに見つけられる。

 難なく鍵を開き、中の書類を漁る。

「スイレンの経歴書……お、あったあった。ん?」

 目的のものを見つけると同時に、他の家庭教師候補の経歴書を発見する。

「なんだ、いるじゃないか」

 どうやらスイレンと同じ時期に複数人の応募があったようだ。  人生を繰り返すと、こうして以前は知らなかったことが発覚することもよくあることだ。

「これで探す手間が省ける」

 スイレン以外の候補者は五人。  五人も候補がいれば、スイレンの代わりになれる家庭教師がいるはずだ。

(お姉様の家庭教師問題はすぐに解決しそうだな)

 私はスイレンの次に家柄と実績のある男を採用するように仕向け、そっと書類を机の中に戻した。

 ▼ ▼ ▼

「それではレイラお嬢様。私の後に続いてみてください」 「はい!」

 ミレイユ・パリシア。  スイレンの次の次の次の次の次に優秀な家柄と実力を持っている。  ……あの日見つけた家庭教師の候補者の中で一番低い家柄の人物だ。  それ以外は既に試し、全滅していた。

 一人目はお姉様の実力を見抜けず、権威だけを振りかざすクソ野郎。  二人目は実力こそ申し分なかったが、お姉様を不純な目で見つめるロリコン野郎。  三人目は給金だけを目当てに応募し、真面目に教えようとしない給料泥棒。  四人目は単純に実力不足。お姉様はすぐに物足りなくなっていた。

(頼むぞ、もう後がないんだ)

 私はわらにもすがる思いでミレイユとお姉様の訓練風景を見守った。

「うん! 素晴らしいです。この分だとすぐに私を超えちゃいますねー」 「そんなことはありません」 「ふふ。これからの成長が楽しみです」

 ふわりとした印象のミレイユ。  しっかり教えられるのかという不安があったが……私の心配を余所に、お姉様はめきめきと頭角を現した。  実力こそ今ひとつだが、教え方が抜群に上手い。  男爵家……ということで一番下に位置付けされていたが、こういうさまを見ると貴族の格はつくづく当てにならないと思い知らされる。

(よかった……)

 ミレイユなら大丈夫そうだ。

 ただ、スイレンという前例がある。  あれが例外なのか、それともお姉様を弟子にした女魔法使いはみな嫉妬に狂うのか判断がつかない。

 しばらくは様子を見る必要がある。

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 それから数ヶ月は何事もなく日々が過ぎた。

「お姉様の様子はどうだ」 「うん、順調そうだよ」

 できるだけ見守っていたいが、オズワルドの教育も手を抜くことができない。  これまでならお姉様を見守るためだけに人生を捨てて使っていたが、仲間がいる今はそれをする必要はない。

 私がオズワルドにかかりきりになっている間はノーラにお姉様の様子を見てもらっている。  そのままだと敷地内には入れないので、秘密の抜け道からこっそりと、だ。

「いつも誰かに見つからないかヒヤヒヤだよ」 「ちゃんとその時用の言い訳も用意してあるだろ」

 ノーラは一度客人として招き、私の友人であることは使用人に触れて回っている。  仮に見つかっても『ソフィーナと会う約束をしていました』と言うだけで、使用人は私に確認を取るまでノーラに手出しできなくなる。

「その言い訳が嘘ってバレたらどうしよう――って思ったら怖くて」 「小心者だなノーラは」

 絶対に露見しようのない嘘だというのに、ノーラはびくびくしている。  本当にこの世界を創造した奴らと同じ種族なのかと疑ってしまうほどだ。

「ミレイユが安全な人物だと分かるまでの辛抱だ」 「うぅ……分かってるよ。レイラの為だもんね」

 ノーラの我慢は、思いのほか早く終了することになる。

 ミレイユが来てから半年後。  彼女は、唐突に家庭教師を辞めると告げた。