「え……ミレイユ先生。今、なんと」 「ですから、私が教えられるのは今月までです」
寝耳に水、とはまさにこのことだ。 あまりの急展開に私もオズワルドとの勉強を急遽キャンセルし、お姉様の元へと馳せ参じた。
胸の中に嫌な予感が渦巻く。
やはり女性魔法使いは、誰しもがお姉様の才能に嫉妬しておかしくなってしまうのだろうか。 そうなったら男の中から探すしかなくなる。 しかし候補者はどいつもこいつも論外ばかり。
(くそっ! うまくいきそうな時だけろくでもないことが起こりやがって!)
いつもそうだ。 「今回は上手くいきそうだ」と思った時に限って水を差されてしまう。 逆に「今回は難航しそうだ」と思った時は予想通りの苦労を強いられる。
本当に、理不尽極まりない。
「そんな、どうしてですか!? 私が至らないからですか!?」 「逆です。至らないのは私の方です」
ミレイユはいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「レイラお嬢様。あなたは本物の天才です」 「……っ」
ミレイユの言葉がスイレンと被り、私は反射的に身じろぎした。 けれど危惧したような出来事は起こらなかった。 あくまで温和に話は進んでいく。
「なんとか騙し騙しやってきましたが、この辺りが限界です。もっと優秀な方に師事を仰ぐことが最良だと判断しました」 「そんな……そんなことを仰らないでください。私はミレイユ先生が」 「レイラお嬢様」
ミレイユはしゃがみ込み、お姉様と視線を合わせる。
「才能はそれ単体で花開くことは決してありません。本人の不断の努力と、それを導ける師が必要なんです。私では残念ながら……あなたの芽を出すことはできても、花を開かせるまではできません。力不足で申し訳ありません。このまま私の元にいれば、あなたという才能は腐ってしまいます」 「そんなことはありません!」 「あるんですよ。もう少し経験を積めばあなたも分かります」 「分からないです。分かりたくないです」
お姉様はミレイユの服の裾を掴み、しゃくり上げ始めた。
「もっとここにいて、教えて下さい……」
聞き分けの良いお姉様にしては珍しく、随分と食い下がっている。 それほどミレイユを慕っていたんだろう。 師であると同時に、年の離れた姉のように思っているのかもしれない。
「才能なんて関係ありません。私はミレイユ先生がいいんです……!」 「……嬉しいことを言ってくれますね。こんなにも師思いの弟子が持てて私は幸せです」
ほろりと流れたお姉様の涙を、ミレイユが拭う。
「私は才能に恵まれず、人に誇れるような成果も出せずにここまで来ました。けれどレイラお嬢様に出会い、あなたという才能の芽を出すお手伝いができたことは私の一生の誇りです」 「先生……」
私はとんでもない勘違いをしていた。 ミレイユは真にお姉様のためを思い、教師を辞退しようとしているのだ。
これほどお姉様に慕われているのであれば、たとえ能力が足りなくとも、適当に教えながらでも、のらりくらりと過ごして給金を得られたというのに。 それを捨ててでも、お姉様の才能を伸ばそうとしてくれている。
才能の多寡なんて関係ない。 ミレイユはまぎれもなく、お姉様にとって一番の師だ。
ミレイユは服の裾を掴むレイラの手をやんわりと振りほどこうとする。 お姉様は力を強め、それに抗う。
「レイラお嬢様」 「うぅ……うううううう!」
お姉様はひとしきり涙を流してから、強く目を擦って涙を無理やり止めた。
「わかり……ました。見ていてください。必ず、この国で一番の水魔法使いになります!」 「ええ、その日が来ることを楽しみにしています」
指切りを交わし。 そして翌月、ミレイユはお姉様の元を去って行った。
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「『精霊の友よ。行雲流水の矢を番いて彼の者を蛇の如く射抜け』」
あれから三ヶ月。 代わりの家庭教師は見つかっていない。 お姉様はミレイユとの約束を果たすため、今日もひとり庭で訓練に励んでいる。
ミレイユが去ったことは嘆くべき出来事だったが、あの別れのイベントはお姉様にプラスに働いている。 これまでなんとなく『好きだからやる』に加え『絶対一番になる』という強烈な動機を与えた。 ミレイユが辞めたことで少し元気はなくなったものの、魔法の習得はさらに前向きになっている。
「うーん……」
お姉様は首を捻りながら、水で撃ち抜いた木材を片付ける。 既に独学では頭打ちの状態だ。
ここからさらなる実力を付けるためには、師の存在が必要不可欠だ。 そしてもう一つ。 家庭教師がいなくなったことで、これまで息を潜めていた別の脅威が鎌首をもたげた。 脅威というほどではないか。 言うなれば、邪魔者だ。
「レイラ! 魔法の訓練ばかりしていては駄目じゃない」 「お、お母様……」 「あなたは公爵令嬢なのよ? 家庭教師がいない今、学ぶべき事は他にあるんじゃないの?」 「……すみません」
ミレイユがいなくなってから、母はあからさまにお姉様の邪魔をし始めた。 父の前ではいい顔をしていたが、やはり魔法を学ぶことに反対のようだ。
母からの干渉を逃れるように、お姉様は屋敷で魔法を訓練しなくなった。
――その代わり、たまにこっそりと屋敷を抜け出し、近くの川で訓練をしている。
「はぁ」
場所が変わったところで成果が上がるはずもなく、お姉様は不満そうだ。
(私が教えるか……? いや、属性が違いすぎる)
理論は口頭で説明できるが、実践を交えて教えることができない。 今のお姉様に必要なのは理論ではなく実践だ。 私ではそれを満たすことはできない。
(くそ……私も水魔法に適性があれば……!)
お姉様を見守りながら、己の力不足を嘆いていると。
「――こんにちは、お嬢さん」
川べりで腰を下ろしているお姉様に、声がかかった。 その人物を見た途端――全身が強ばる。
(なんで……なんでこんなところにいるんだ!?)
声をかけてきたのは――スイレンだった。 眼鏡を押し上げ、柔和で人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。
「あなた、水魔法がとっても上手なのね……嫉妬しちゃうわ」