最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#7 第七話「ソフィーナの秘密」(オズワルド視点)


 それは……大量のノートだ。  年号がずらりと書かれており、最初は歴史の教科書の写しだと思った。  でも、すぐに違うと気が付いた。

 だってそれは、今より何年も先の出来事まで書かれていたんだ。

『◆◆年。オズワルドとの婚約破棄をきっかけに存在価値を失い闇落ち』 『□□年。戦争に巻き込まれ死亡』

 書かれている内容はレイラに関するものだった。  どれも例外なく、凄惨な最期を遂げている。  未来だけでなく、過去も。

『✕✕年。女学園でのイジメに屈しないお姉様にエスカレートした相手側がゴロツキを雇い襲わせる。人格が崩壊』 『○○年。父の浮気が原因で一家離散。男性不信に陥り正常な生活を送れなくなる』 『▲▲年。オズワルド国外逃亡後、彼と繋がりがあるとしてスパイに疑われる。苦悩の末、自死を選ぶ』

 物騒な内容の中には『イベント』『ルート』『フラグ』などの聞き覚えのない単語が何度も登場していた。  それら全ての疑問を、ソフィーナはたった一言で片付けた。

「ここは作戦室だ」 「さくせん……?」 「もっと正確に言うなら、『悪役令嬢レイラを破滅ルートから救うための作戦室』ってところだな」 「あくやく、れい……じょう?」

 細かい説明はするつもりはないとばかりにソフィーナは僕の胸ぐらを掴んだ。

「何度もうちに、ようやく分かったんだ。お姉様の死亡ルートを回避するためには、お前が必要だってことにな」 「ぼ、僕が必要……?」

 婚約者に必要と言われて悪い気はしない。  するはずがない。  なのに……僕の心は、不安が溢れ出ていた。  やり直し。  死亡ルート。  意味不明で不穏な言葉に彩られたソフィーナの言葉は、僕の期待を打ち消すには余りがありすぎた。

「そう。お前を追放する形で婚約破棄イベントを終えると、必ず隣国との戦争になる。国内で処刑してもダメだった。お前の死は、この国が破滅するフラグなんだ」 「何を……何を言ってるんだソフィーナ」

 まるで異国の言葉で話しかけられているかのように、ソフィーナが言うことは何ひとつ理解できない。  彼女こそ僕の運命の人。  そのはずなのに……!

「わけの分からないことで煙に巻かないでくれ。今夜は二人で楽しむんだろう? そのためにここへ招き入れたんだろう?」 「……とことんおめでたい頭をしてるな、お前は」 「き……君は、僕のことが」 「好きだとでも思ったのか?」

 ことさら冷たく、ソフィーナは言い放った。

「そんなだからお前は何回も何回もよその女の尻を追っかけ回して滅亡を呼び込むんだよ。お前のせいでどれだけお姉様の幸せな未来を潰されたことか……!」

 ギリ……と、歯を食い縛る音が部屋に響いた。  しばらく僕を睨んでいたソフィーナは、不意に目元を緩めた。

「――ま、今回は婚約者なんだし、そういうこともしないとな」 「っ! だろう!?」 「ああ。ただし――私がするのは、お前であってお前じゃない」 「……え?」

 ソフィーナは部屋の隅にあった雑多な工具箱のようなところから、奇妙な輪っかを取り出した。  魔石がいくつも嵌められた、骨組みだけの王冠のような形をしているそれを僕の頭に取り付ける。  抵抗をしようとしたが、彼女が手をかざしただけで手足が鉛のように重くなり、身動きが取れなくなった。

「魔法の経験値を引き継げて良かったよ。おかげで無詠唱も重力魔法も思いのままだ」

 ソフィーナの唇が、三日月のように弧を描いた。  寝間着姿の令嬢が浮かべるはずのない、邪悪な笑みだ。

「ま……待て! 何をするつもりだ!?」 「三つ子の魂百まで……ってね。上辺だけの教育でお前の腐った性根が直らないことはもう分かってる。だから――人格をする」

 アンインストール。  また訳の分からない言葉だったが、それが良くないものであることは直感した。

 怖い。  怖い……!

「恨むならこんなシナリオを考えた制作者かみさまを恨めよ」

 肩をすくめながら、ソフィーナは自分で書いたであろうノートをぱらぱらとめくった。

「お姉様からすればこの世界は死の草原だ。私がこれだけゴミ掃除してもまだハッピーエンドが見えないんだからな。難易度極悪のクソゲーすぎんだろ」

 ソフィーナが魔石に魔力を流し始めると、頭の中に霧がかかったように何も考えられなくなる。  痛みも、恐怖も、疑問も。

 何も感じない。  何も分からない。

「あ……ぁ……」 「安心しろ。誰からも尊敬されるような、立派な人格をインストールしといてやる」

 最初から最後まで、訳が分からないまま。  疑問符だけが増えていく中、僕はたった一つだけ気になったことを聞いた。

「君は一体……何者なんだ?」

 彼女は……ソフィーナじゃない。  ソフィーナの身体で、ソフィーナの声で、ソフィーナを演じる、だ。  ソフィーナの仮面を被った誰かは、あの魅力的な笑みを浮かべながら、こう答えた。

「お姉様のことが好きで好きでたまらない、ただのモブよ」 「……」

 意識が。

  途切     れ      る。

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