最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#8 最終話「幸せを追い求めて」


 オズワルドとの婚約破棄騒動から、五年の月日が経過した。

 アレックスと婚約した私はその翌年に結婚し、今は王妃として彼を公私ともに支えている。  国内の政治は彼の手腕によりおおむね安定し、国力は順調に大きくなっている。

 諸外国との関係に懸念があったけれど、それも今は解消されている。  その立役者となったのは……なんと、あのオズワルドだ。

 ソフィーナと婚約したオズワルドは突然猛勉強をはじめ、たった二年で外交官へと出世した。  それから三年で次々と同盟の手を広げ、今では大陸のほとんどが友好国となっている。  それらすべてが、オズワルドの手腕によるものだ。

 あの勉強嫌いの怠け者だったオズワルドが国を支える重役の一人になるなんて、誰が予想できただろうか。  彼を小さい頃から知っているからこそ、余計に信じられなかった。  まるで姿ようだ。

 ソフィーナが何かしたのだろうか。  そんな気がして、彼女に聞いてみたことがあった。

 ――お姉様がオズワルド様のためを思って言い続けていたことを、ようやく理解されたみたいですよ。

 ソフィーナはいつもの素敵な笑みを浮かべながらそう言っていた。  ……私の小言も、そんなに捨てたものじゃないのかもしれない。

 きっかけはどうあれ、本当に賞賛すべきはオズワルド自身の努力。  そして、それを影から支えていたソフィーナの献身だ。

 ――私は何もしてませんよ。ただ、強いて言えば……

 謙遜するでもなく、ソフィーナはにこりと微笑んだ。

 ――お姉様の笑顔が見たい。それだけです。

 ▼

「それでは、明日は八時にお迎えに上がります」 「ああ。よろしく頼むよ」

 御者に予定を伝えたオズワルドは彼に手を振ってから、屋敷の扉をくぐった。

「お帰りなさいませ、旦那様」 「ただいま。ソフィーナは?」

 掃除をしていたメイドに妻の居場所を問う。  オズワルドはどれだけ激務でヘトヘトになって帰って来ても、必ずソフィーナに会おうとする。

「二階の自室にいらっしゃいますよ」 「ありがとう」

 本当に愛し合っているんだなぁ……と、メイドは二人の関係を羨んだ。

「ソフィーナ。僕だよ。今帰った」 「おかえりなさい。どうぞ」

 階段を登ったオズワルドは、愛しい妻の待つ部屋へと入室する。

 その途端、にこにこと浮かべていた笑みが消失した。

「……――」

 両手をだらりと垂らし、無言で部屋の一角にぽつんと置かれた椅子へと着席する。  そこが彼の待機場所だ。

 愛する夫が帰ってきたというのに、そちらを一瞥もすることなくソフィーナは尋ねる。

「報告は」 「西海に面した国で不穏な影があります。おそらく別大陸の勢力が入り込んできたかと」 「……ち。これだけ繰り返しても忍び込んでくるということは、やっぱり向こうの大陸が乗り込んでくるフラグはお前とは無関係だったのか」

 爪を噛みながら、ソフィーナは古ぼけたノートをめくる。  かつてオズワルドが見た、『あるはずのない歴史』を辿った手製の年表だ。

 あの時よりもノートは書き進められている。

『●●年。別大陸の暗殺者にアレックスと共に殺される』 『■■年。アレックスのみが殺された場合は後追いで自死するか、徹底抗戦に打って出る(子供の有無で条件分岐)』 

「それにしても……制作者かみさまはどんだけお姉様のことが嫌いなのよ」

 吐き捨てるように、ソフィーナ。  オズワルドはその言葉に何の反応も示さず、ただ虚空を見上げた状態で固まっている。  まるで油の切れた人形だ。

 外の人間が思い描くような理想的な夫婦の触れ合いなど、この場には欠片も存在していない。

「……まあいいわ。世界だろうが運命だろうが、お姉様を邪魔する奴は私が全部打ち破って、必ず幸せになってもらうんだから」

 ソフィーナは壁に掛けられた、姉レイラの肖像画をうっとりと見つめた。

「お姉様……大好きです」