「……」
スタート地点に戻った私は、起き上がることもせずに天井を見上げていた。 スイレンの表情が、叫びが、脳裏にこびりついている。
――才能のある者はみな壊れてしまえばいい。それこそが私の幸せよ!
あれは……どういう意味だったんだろうか。 私の中のスイレンは常識人の皮を被った狂人だった。 だから説得ではなく殺害という方法を採った。 けれど最後のあの叫び。 あれは理性ある人間の声だった。
お姉様が魔法の才能に目覚めることで、スイレンにとって良くないことが起きる。 だから壊そうとしていた?
「……いや、関係ない」
私は考察を止め、首を振った。 お姉様を傷付ける敵の中にもそれなりに重い理由を背負っている奴がいる。 お姉様に成績で負ければ廃嫡になる令嬢。 お姉様からオズワルドを奪えなければ家族を殺される間者。 みんなそれぞれに理由がある。
そんなものをいちいち聞いていたらキリがない。 だから私は単純明快な理由で戦うことにしている。
お姉様を傷付ける奴は問答無用で排除する。
相手の事情など知ったことではない。 排除の方法は様々。 教唆や脅迫といったものから、暴力――果ては殺人まで。 本当に方法を問わず、だ。 殺人は後処理が面倒なので最終手段としているが、実行することに躊躇いはない。
「関係ない……が、方法は再考する余地があるな」
スイレンは狂気の仮面の下に普通の顔を持っていた。 もし、あの状態のスイレンを説得することができれば殺さずにイベントをやり過ごせるかもしれない。
「スイレンを調べてみるか」
お姉様の家庭教師をするに当たって経歴は一度調べているが、不審な点は見当たらなかった。 今回の人生では、もう少し詳しく調べてみようと思う。
「それから。もう一人、私の邪魔をした奴がいたな」
――ノーラ。 彼女とも、話をしなければならない。
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しばらく時間を進めた私は、いつもの橋の下でノーラと待ち合わせをした。
「どういうつもりだ」
開口一番、前回の行動の意図を尋ねる。 そういうつもりはなかったが、声にややトゲが出てしまった。
あのままノーラに邪魔されていなければ、スイレン殺害は高い確率で成功していた。 落とし穴に落ちた時、奴は利き腕も一緒に嵌まり動かせない状態だった。 ああいうちょっとした『ラッキー』は何度か人生を繰り返さないと巡ってこない。 それが一回目に来たというのに、そのチャンスを不意にさせられた。 私の苛立ちは推して知るべし、だ。
ノーラは剣呑な私の態度にやや及び腰になりながらも、はっきりと答えた。
「あのねソフィーナ。もうああいうことはしないで欲しいの」 「誰も殺さないでハッピーエンドを目指せと?」 「うん」 「無茶言うな。難易度極悪のクソゲーなのに、その上さらに縛りを設けろっていうのか?」
殺害による排除は切り札の一つだ。 何度も言うが、後処理さえきちんとできれば最高の排除方法なのだ。 それを封じられたら、いくつかのイベントは突破の見通しが立たなくなる。 ただでさえ私の手札は少ないというのに、やめろという意味が分からない。
「ここは乙女ゲームの世界だよ? あんなやり方、絶対間違ってる」
断定的な口調でそう言われ、私はこめかみが疼いた。
「お前こそ間違ってるだろ。ここは平和なニホンじゃないんだぞ」
クレフェルト王国はまだ平和な方だが、それでもニホンには敵わない。 人を殺すことだって、普通の方法として受け入れてもらわなければ。
殺人を肯定する私に、ノーラは顔をくしゃりと歪めた。
「それじゃハッピーエンドになれないよ……」 「敵がいたままの方がハッピーエンドどころじゃないだろ。お姉様が幸せになるためには必須だ」 「ソフィーナはどうなの?」 「……なに?」
潤んだ瞳で、ノーラは私の目を真っ直ぐに見た。
「全部が終わったあと、ソフィーナはそれで幸せになれるの?」 「……」
すぐに言葉が出なかった。 そんなもの、考えたこともなかったから。
「……私の幸せなんて」 「どうでもよくない!」
言おうとしていたことを先回りされ、しかも激しく否定される。
「私、言ったよね? みんなでハッピーエンドになろうって」
私はノーラの言う『みんな』を、悪役令嬢とヒロインの二人だと思っていた。 けれど違っていた。 彼女の言う『みんな』の中には……どうやらモブも含まれているようだ。
「だったらいいじゃないか。お姉様が幸せになることが私の幸せだ。ほら、みんなハッピーだろ?」 「レイラはソフィーナにそんなことをさせてまで幸せになりたいなんて思ってないよ!」
断言するノーラに、私は確かな怒りを覚えた。 ほとんど話をしたこともない癖に、お姉様の何を知っていると言うんだ。
「お前にお姉様の何が分かる」 「分かるよ! 妹が自分のためにあんな……あんな恐ろしいことをしていたと知ったら絶対に悲しむし、喜ばないよ!」
泣いたような、怒ったような表情のノーラ。 それが、いつかのループで見たお姉様の表情と被る。
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当時の私は、殺人という手段を今よりも多く使っていた。 私が未熟だったこと、そして殺人のデメリットを正しく理解していなかったためだ。 未来永劫に渡って相手の出番を消し去るこの方法を好んですらいたし、神の運命に対抗できる大きな武器を手に入れたと、気が大きくなっていた。
初めの頃は失敗続きだったが、慣れてしまえばどうということはない。 お姉様の邪魔をしている者、これから邪魔をする者、ルート次第で邪魔になる者。 殺して、殺して、殺して回った。
そして数年後。 熱心な一人の憲兵による執念の捜査により、私の殺人はすべて露見してしまうことになる。 奇しくもその時はお姉様の誕生パーティの真っ最中。
幸せそうに笑っていたお姉様の表情が一変し、泣いたような、怒ったような顔で手縄を付けられた私を見ていた。 そしてその表情のまま、お姉様はテラスから身を投げた。
そこから私は反省し、軽々しく人を殺すことをやめた。
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ノーラの表情は、あの時のお姉様そのものだった。 なんで……。 なんでノーラが、お姉様と同じ顔をするんだよ……ッ!
勝手に震え出した私の手を、ノーラが優しく包む。 安堵を覚えるぬくもり。優しい声。
「お願いソフィーナ。もうやめて?」 「……」 「確かに攻略は今よりも難しくなると思う」 「……」 「けど安心して。私がいるから。これからは二人で――」 「うるさいッ!」
私はその手を、振り払った。 ノーラの声が聞こえないよう、叫んだ。 何故かは自分でも分からない。 これ以上、彼女に触れていると、彼女の声を聞いていると……私の中の何かがおかしくなるような気がした。
「ソフィー、ナ……?」 「私は殺しをやめない」
ノーラが味方になることはありがたい。 だが、それと引き換えに殺人を封じられることは割に合わない。 ……なら、採るべき『選択肢』はこれしかない。 私はノーラに背を向けた。
「私のやり方に賛同できないなら、協力関係はここまでだ」 「……え」 「これからは他人同士で頑張ろう」 「ま……待って! ソフィーナ!」 「っ。離せよ」
私を後ろから羽交い締めにするような格好でしがみつくノーラ。
「離さない! 一人になっちゃダメだよ! お願い、考え直して!」 「――ッ、だれかたすけてくださいー!」
私は大声を出して助けを求めた。 声に反応した通りすがりの憲兵がやってきて、私の身なりを見て姿勢を正す。
「どうかされましたか、ご令嬢」 「このひとにゆうかいされそうなんです!」 「ち、違……!」
ノーラは慌てて弁明しようとする。 しかし貴族と平民とでは、そもそも信用が違う。 案の定、憲兵はノーラの言葉を無視して警戒した声を出す。
「今なら未遂で見逃してやる。ご令嬢から手を離せ」 「…………ッ!」
ノーラは手を離し、一目散に逃げていった。
(これでいいんだ)
その背中を見ながら、私はこの選択の正しさを自分で肯定した。
ちくりとした胸の痛みを感じたが、無視した。