スイレンについて調べる――とは言っても、スタートしてすぐの状態でできることはない。 私はしばらく時間を進めることに集中した。
「おねーさまだけずるい! こんなすてきな方と婚約できるなんて」
いつものように顔合わせの場にて、お姉様から婚約者の立場を奪う。 便宜上Bルートと呼んでいるこのシナリオも、もう何度繰り返しただろうか。
シナリオ上、オズワルドはお姉様を一番死に追いやる人物だ。 両腕でぎゅっと抱きしめる腕を取り、関節技を極めたくなる衝動を抑えることにも慣れた。
「かっこよくてたくましくて、なによりその意思の強い目のとりこになりました!」
嫌悪感が強すぎて吐きそうになっていたオズワルドへの褒め言葉もすらすらと言える。
人間はあらゆる環境に適応できる生き物だと言われている。 今の繁栄も、適応なくしては成立しない。 私もそうだ。 どんなイベントにも適応し、対応策を考えて乗り越えてきたという自負がある。 だから今回も乗り越えられる。
強敵の出現も、仲間との離別も。
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「顔合わせはクリア。次は共同で勉強会をするように誘導して、逃げたオズワルドを庭で見つける。途中でアレックスと会うことを忘れない……と」
一度攻略ルートが確立されたイベントはもはや日常と何ら変わりはない。 今後の予定を確認しながら、私は朝ご飯を食べるために食堂へと向かった。
「おはよーございます、おとーさま、おかーさま、おねーさま!」 「おはようソフィーナ」
扉を開き、既に着席していた家族たちに挨拶を交わす。 優しい笑みを投げかけるお姉様の眉が、私を見た途端、少しだけひそめられる。
「ソフィーナ。どうかしたの?」 「え?」
人々の日々の行動は毎回変化する。 朝のちょっとした会話などはその典型例だ。 今日の天気、メイドとの雑談、昨日した勉強などなど、話題はいくつもある。 だから大抵は「どこか聞いたことのある話題」なのだが……稀に予想外の会話が始まることもある。
「どうもしてないですよ」 「そう? なんだか元気がないように見えたんだけど……」 「ぜーんぜん! 元気いっぱいです!」
(今回はレアな会話パターンだな)
そんなことを思いつつ、にぱ、と笑みを返した。
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当たり前だが、順調に日々は過ぎていた。 しかし、変化がひとつ。
「ソフィーナお嬢様。平民の子供がお会いしたいと申し出ておりますが」 「ことわってください」 「……差し出がましいようですが、悪い子には見えません。私が付き添いますので、少し会ってみては」 「会う気はないです」
ノーラはあれから毎日のようにイグマリート家を訪ねてきている。 中に入るための秘密の抜け道を知っているが、そこは前もって塞いでおいた。 すぐに諦めるかと思っていたが……。
(何でまだ来るんだよ)
ノーラは父親の手伝いや家事をしていると言っていた。 私にずっと構っていられるほど暇ではないはずなのに。
「今度から、その子を見かけたらすぐ追い払ってもらえませんか。時間の無駄なので」 「……承知しました」
良心の痛んだ顔で、門番は頷いた。
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もはや何の危機感も覚えなくなった誘拐イベントまで時間を進める。 誘拐犯に殴られた頭をさすりながら、私はむくりと身体を起こす。
ノーラの助力を得ることで、このイベントはノーストレスで終わることができていた。 しかしもう、それはない。 またオズワルドに臭い臭いと言われないといけないのか……と、少し憂鬱になりながら周囲を確かめると。
「……え」
天窓に、いつものように縄がぶら下がっていた。 ――ノーラだ。
私はオズワルドを置いたまま、そろりと縄を上り外を見渡した。
「……いない」
てっきり無理にでも話をするために待ち伏せしていると思っていたが、縄だけ置いて立ち去ったようだ。 誘拐イベントで最高に腹が立った場面として、盛大に愚痴を吐いていたことを思い出す。
(あれだけ邪険にしてるのに、なんでまだ構ってくるんだよ……!)
私は唇を噛みしめた。
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「ソフィーナ、大丈夫?」
眠る前、お姉様と廊下ですれ違う。 ここのところ、お姉様はいつも私を心配そうに見つめてくる。 これほど心配してくれるお姉様は、初めて人を殺した時まで遡る。 誰かを殺した後で平然を装えるまで、かなりの時間を要した。
けれど今はそうじゃない。 スイレンという悩みの種はあるものの、それが芽を出すのはまだ先の話。 現時点では以前と同じルートを辿り、何ら変わりない日常を送っているはずなのに。
変わったことがあるといえば、ただひとつ。 ノーラがいなくなった。 ただそれだけだ。
あいつがいないだけで、私がお姉様に心配をかけてしまうほどになっている? そんなはずはない!
「だいじょーぶですっ」 「本当? 花嫁修業、辛くない?」 「はいっ。オズワルド殿下はとってもすてきな方で、毎日が楽しいです!」
頭の中に浮かんだ仮説を振り払うように、ことさらにこにこ笑顔で返事をする。 お姉様はじとっとした目で私を見つめている。 ……疑いは晴れていないようだ。
「……たまに、門の前にソフィーナに会いたいっていう子供が来るらしいけれど、その子と関係あるの?」
問答無用で追い払われるようになったノーラ。 そんな状態になったにも関わらず、彼女はまだ来ていた。 さすがに毎日ではなくなったらしいが。
「ないですよ。おねーさまはなにも心配しないでください! それじゃ、おやすみなさいっ」
それだけを告げ、私は逃げるように部屋に戻った。
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(ノーラのことより、今はスイレンだ。やっとここまで時間を進められた)
部屋に入り、鍵付きの引き出しを開いて一枚の紙を取り出す。 父の書斎で見てきたスイレンの経歴をニホンゴに書き直したものだ。 それをじっくりと眺める。
(スイレン・リーゼル。三十八歳。伯爵家長女。略歴は……前に聞いた通りか)
これらの項目を中心に調べを進めれば、彼女を説得できるものが出てくるだろうか。 ……いや、何も分からなければやり直して殺せばいい。 今度こそ、失敗はしない。
――全部が終わったあと、ソフィーナはそれで幸せになれるの?
「……っ」
不意に、ノーラの言葉が脳裏をよぎった。 お姉様が幸せになることが私の幸せだ。
私がどんな状態になっても、お姉様さえ幸せならそれでいい。 それでいいんだ。
「ソフィーナ? 入るわよ」 「っ、ど、どうぞー」
おやすみなさいの挨拶をしたお姉様が、唐突に入ってきた。
「どうしたんですか?」 「……」
お姉様は何も言わずにつかつかと私の元までやってきて、
「えい」
という声と共に、私を抱きしめた。 唐突に始まった謎のイベントに、私は困惑した声を出す。
「おねーさま、急になにを……」 「なんでもないわ」 「……」
私はしばらくお姉様にされるがまま、抱きしめられ続けた。
「ねえソフィーナ。何か悩んでいるんでしょ」 「いえいえ、だいじょ」 「大丈夫じゃないわ。だって、とても辛そうだもの」
辛そう? 誰が? 私が?
確かにノーラがいないことで多少の不便は出ている。 けれど、これまでもっと苦しいイベントもあった。 それに比べればどうということはない。
「……」 「……」 「……話す気は、ないのね」 「……」
私が無言のままでいると、お姉様はゆっくりと離れた。 少し寂しそうに笑う。
「無理には聞かないわ。けれど話したくなったらいつでも相談してね」
ぽん、と私の頭をひと撫でしてから、くるりと背を向ける。
「私は何があってもソフィーナの味方だから。それを忘れないでね」 「――っ」
その言葉は、ノーラが言った言葉と全く同じものだった。
最後の話し合いでノーラがお姉様と同じことを言い。 今回はお姉様がノーラと同じことを言った。
面識なんてほぼないのに、何故二人とも、こうも言うことが似通うのか。
「……おねーさま」 「なに?」 「おねーさまにとっての幸せって、なんですか」
お姉様は肩越しに振り返り、人差し指を頬に付けながら即答した。
「あなたが幸せになることよ」