最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#82 第十七話「取り返しがつかない」


 お姉様の幸せのため、私は多くの人間を手にかけてきた。

 お姉様を妬む令嬢たちを矯正し、  お姉様を阻む貴族たちを排除し、  お姉様を狙う間者たちを粛正してきた。

 これでお姉様は幸せになれると信じて、何人もの敵を葬ってきた。  ……けれど。  やればやるほど、お姉様の本当の幸せからは遠ざかっているのかもしれない。

 ――あんなやり方、絶対間違ってる

 ノーラの言葉が頭の中で繰り返される。  平和ボケした脳天気娘の言っていた戯言のはずが。  これだけループを繰り返し、お姉様の幸せを願い、行動していたはずの私よりも本質を突いていた?

 じゃあ、じゃあ……私がこれまでしてきたことは、全部全部、間違っていた?

「……な、ソフィーナ」 「……」 「ソフィーナ! おい、聞いているのか!」

「うるさいッ!」

 ぐらぐらと揺すってくる手を振り払い、怒鳴り声を上げる。

「……あ」

 そこで私は、今がどういう状況かを思い出す。  オズワルドと一緒に勉強の真っ最中だった。  思考に集中しすぎて、表のほうに裏の顔が出てしまった。

「……ひぐ」 「あの、オズワルドさま。今のはなんというか……」 「うう、うわあああああああああああああああん!」

 私に怒られるとは微塵も思っていなかったのだろう。  オズワルドは大きな声を上げて泣き、部屋を飛び出した。

 ――その出来事をきっかけに、私との婚約は破談になってしまった。  誘拐イベントで得た信頼を、私は自分で断ち切ってしまったのだ。  あいつが気難しい性格なことは分かっていたのに、こんなところで躓いてしまった。

「くそっ! やり直しだやり直し! 戻れ!」

 ▼ ▼ ▼

 ここ数回、凡ミスが続いている。  オズワルドはもとより、奇病のときも何度か失敗してしまった。  たるんでしまっていると、私は何度も自分を責めた。

 愚図。  鈍間。  役立たず。  出来損ない。

 お姉様の幸せのためにこの身を捧げると誓ったはずなのに、自分自身が揺らいでいる。  お姉様の、そして――ノーラの言葉によって。

 ▼ ▼ ▼

「なんだソフィーナ。そんなところも分からないのか? 仕方がない、この僕が教えてやろう!」 「ありがとうございます! やっぱりオズワルドさまは頼りになります♪」

 初歩的なミスを犯さないよう注意を払いながら、オズワルドを褒め称える。  例の頭を悩ませていた件だが、とりあえず考えないことにした。

 私はどうしようもない愚図で、鈍間で、役立たずの出来損ないだ。  そんな私が器用に二つのことをこなせるはずがない。

 だから、当初の目的であるスイレンの排除に改めて照準を定める。

 ここ数回のループでスイレンについての調べは済んでいた。  伯爵家出身。十八で家を出て他国を渡り歩き、いまは家庭教師の仕事をしている。  さすがに他国の足取りまでは調べられなかったが、奴の実家や、分かる範囲で教え子たちと会ったりもしてみた。  誰もが口を揃えて「いい先生だ」と言っていた。

 本人が言っていたように誰彼構わず敵意を向けるのではなく、自分よりも才能を持つ相手にだけ本性を出す。  その理由は――嫉妬。

 説得するようなとっかかりなど何もない。  ここまで調べて理由が出てこなかったのだ。殺すしかない。

 そう結論づけて、私はその日が来るまで準備を続けた。

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 そして決行の日。  スイレンの後を追おうとする私の前に、一人の子供が立ちはだかった。  誰かと言うまでもない。ノーラだ。  最近は付きまとってくることもなくなったと思っていたが、この日はやはり止めに来ると予想はしていた。

「そこ、通して」 「だめ。通さない」

 ノーラは通せんぼするように両手を広げている。

「まだ私の邪魔をするつもりか」 「友達が間違った道に進もうとしているなら、止めるに決まってるよ」 「……」 「ソフィーナ聞いて。スイレンさんについて私なりに調べたの」 「聞く必要はない」

 下町の状況ならいざ知らず、スイレンは貴族だ。  貴族に関する情報は私のほうが手が届きやすい。  聞いたところで知っているものしか出てこないだろう。

「今回は邪魔される訳にはいかない」 「だめだよソフィーナ……それじゃ」

 ノーラの潤んだ瞳が私に向くたび、言い様のない苛立ちが募った。  私のこれまでを否定したこと、ではなく。  ……私以上に、お姉様を理解していることに。

 だからと言って、今のやり方を変える訳にはいかない。  私の手はもう、汚れきってるんだ。

「たすけてくださーい!」 「っ」

 私が大声を上げると、門の影に隠れていた門番がノーラを捕まえた。  彼女が邪魔してくることは予測できていた。  だから予め、門番に待機してもらうよう頼んでおいたのだ。

「ありがとうございます。私が戻るまでしっかり捕まえておいてください」 「はっ」

 宙吊りにされたノーラの横を悠々と通り過ぎる。

「だめっ、ソフィーナ、ソフィーナああああ!」

 私を引き留める声はしばらく続いたが、スイレンを追いかけることに集中している内に聞こえなくなった。

 ▼

「先生! こっちの方がいいかもしれないです~!」

 スイレンにお姉様のことを相談するふりをしながら、川に移動する。  ここまでは前回をなぞっている。

 奴から川に来るよう仕向け、  予め掘っておいた落とし穴を避けて通り、  スイレンが穴に嵌まるよう誘導する。

「ソフィーナお嬢様。あまりはしゃがれると――」

 ――ここだ!  前回のようなラッキーが起こるとは限らない。  私は一歩だけ、先に足を踏み出した。

「……」 「!?」

 しかしスイレンは落とし穴に嵌まらなかった。  直前で足を止め、地面を一瞥する。

「何か様子が変だと思ったら。これ、落とし穴ですね?」 「……!?」

 気付かれた!?  前回はすんなりと嵌まってくれたのに、今回はあっさりと見破ってきた。  もしかして、落とし穴に嵌まること自体がラッキーだったのか?

「くすくす。庭でレイラお嬢様を教えている時から思っていたんですが」 「!? かっ」

 ひゅん、と、何かが喉元を通り過ぎ。  私の喉が、ぱっくりと開いた。

 声を出そうとしても、笛が鳴るような音しか出ない。  息を吸おうとしても、避けた穴から空気が漏れてしまう。

「あなた、敵意の隠し方が下手すぎるんですよ」 「……っ、……、ッッ!」

 一分にも満たない間に呼吸困難になった私は、そのまま意識を失った。

 BAD END  スタート地点に戻ります

 ▼ ▼ ▼

「……」

 私はベッドの上で天井を眺めながら、ただひたすら呆然としていた。

 スイレン殺害は、あっさりと失敗した。

 ――あなた、敵意の隠し方が下手すぎるんですよ。

 あの言い方からすると、相当前から勘付かれていたらしい。  ループ序盤こそ排除する敵を前に緊張してしまい、似たようなことを何度も言われて失敗した。

 数々のイベントを経験した今、気配の隠し方は相当に上手だと自負していたのに。

「……、仕方がない。次だ次」

 私はすぐに切り替え、来る日まで過ごした。  さすがに今回、ノーラは来なかった。  今度という今度こそ、完全に愛想を尽かしただろう。

 目の前のイベントに集中できるようになって丁度いい。  今度はもう、気配が漏れるなんて初歩的なミスは犯さない。

 ……けれど。

 次も、次も、そのまた次も。  私は同じ失敗を繰り返した。

 五度も気配を悟られるともはや原因は明らかだ。

「……ノーラ」

 彼女の姿が脳裏をよぎるたび、蓋をしていた悩み事が鎌首をもたげて私の心を揺さぶり続ける。  迷いは焦りになり、それが気配として外に漏れている。

 自分のやってきたことを否定されて怒りを覚え、短絡的な判断を下してしまった。  彼女と縁を切るべきではなかったのだ。  もっとじっくり時間をかけて、話をして、話を聞くべきだった。

「私は……取り返しのつかない選択肢を、間違えた」

 ここに来て、ようやく私は最大の失敗を自覚した。