最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#101 第五話「無風地帯」


 ノーラ曰く、この世界の時系列は二つに大別されている。  まず、幼少編。演劇で言うところの導入部だ。  そして学園編。ここがメインの舞台となる。

 お姉様を殺すイベントのほとんどはそこ――特に、学園の中—―に集約されている。  では、幼少編と学園編の間の期間はどうか?

 ない。  イベントはもちろん、選択肢すらも出てこない無風地帯。  平和を謳歌しながら学園に備える期間だ。  その、はずだった。

 しかしBルートでは違う。  ここにもイベントが潜んでいた。

「また未知のイベントか……!」

 掛け布団を叩く。  柔らかな素材で作られたそれは、私の心境とは全く似合わない「ぼふ」という間抜けな音を立てた。

「ソフィーナ……」 「大丈夫だ」

 ふぅ、と一息ついてから、私は顔を上げた。

「作戦会議をしよう」

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 未知のイベントについて、前回は何の情報も得られなかった。  なにせ寝ている間に終わってしまっていたのだから。  せいぜい起きた日付と時間帯くらいだ。

「国歴二百九十三年、冬の十日目の夜」

 そこで何かのイベントが起こった。  分からないことは多々あるが、一番の疑問は。

「どうして私まで死んだんだ?」

 神々が用意したイベントは――多少の例外はあれど――基本的にお姉様だけを殺す。  イベントの過程で私が死ぬことも多々あるが、それはあくまで「私の方から」首を突っ込んだ場合に限る。

 私とお姉様が同室で寝ていたなら、騒がれないように――とか、そういう理由で巻き添えになったと考えられる。  しかしお姉様と私は別室だ。  お姉様を殺したその足で私まで殺した?  なぜ? なんのために?

「ソフィーナがオズワルドの婚約者になったことと何か関係あるのかな?」 「ない、とは言えないが……だったらAルートでも起きるはずなんだよな」 「オズワルドが立派になりすぎたから、とか?」 「ないない。それはない」

 Aルートと比較すればオズワルドはかなり――ろくでなしの頃のオズワルドと比較して――マシではある。  アレックスという傑物がいる状態でいくらオズワルドがマシになろうと、政敵にはなりえない。

「他国のスパイがもう来てたとか?」 「今のイグマリート家を襲っても何のメリットもないぞ」

 イグマリート家は四大公爵家とは呼ばれているものの、その中では一番目立たない一族だ。  私が実質的に権限を握る数年後ならともかく、今は前代の威光に縋っているだけの日陰者。  他国のスパイがいきなり襲うとは考えにくい。

「じゃあ、なんでだろ……」 「分からん」

 いま手元にある情報だけでは何も判断ができない。  なら、やることは一つだ。

「もう一度、イベントが起きるまで待つしかない」 「……うん。そうだね。でも」 「分かってるよ。無茶はしない」 「約束できる?」

 そう言ってノーラは小指を立てた手を差し出してきた。

「分かった分かった。約束する」

 小指を出して絡めると、ノーラは満足したように「うん」と頷いた。

「手伝えることがあったら言ってね」 「ああ。頼りにしてるよ、相棒」 「ふふっ。嬉しいなぁ」 「おい、頭を撫でるな」 「いいじゃない~」

 そんな風にじゃれ合っていると――ふと、扉の方から視線を感じた。

「じー」

 お姉様だ。  扉を少しだけ開け、じっとりとした目で私たちを見ている。  思わずぴたりと制止する。

「お、お姉様? どうかされたんですか?」 「ずいぶん長いこと話し込んでいたから、気になって様子を見に来たの」

 扉を開き、すたすたと近づいてくるお姉様。  前回にはなかった行動に戸惑いを覚えたが、原因を考えるとすぐに納得できた。

(そうか。作戦会議したせいか)

 ノーラは私の見舞いの体で来ている。  そこからすぐに作戦会議を始めたから、面会時間としてはかなり長くなってしまっている。  そのせいでお姉様が訝しみ、ここに来た……という訳か。

「長居して申し訳ありません。それではソフィーナお嬢様、私はそろそろ」 「あ、はい」

 他人行儀な言葉に切り替え、ノーラはそそくさとその場を後にしようとする。

「あなた。ノーラと言ったかしら」 「は、はい」

 じーーーーーーーーーーー。  まるで値踏みするかのようにノーラをじっとりと見つめるお姉様。

 ノーラとお姉様はこの世界においては敵対関係にある。  ノーラの存在が、お姉様を自然と『悪役令嬢』という存在に変化させるきっかけになるかもしれない。  そういう可能性を考え、あまりお姉様とノーラを関わらせないようにしていたが……。

「ちょうど良かったわ。この機会に言っておきたかったんだけど」 (変なフラグになったりしないよな!?)

 よく分からない緊張感が走り、私の頬に汗が一筋流れた。

「いつもソフィーナと仲良くしてくれてありがとう」 「……い、いえいえ。こちらこそ」

 想像よりも柔らかい物言いに、私は思わず胸を撫で下ろした。

「—―けど、あまりにも親しげにするのは互いに良くないことっていうのは覚えておいてね」 「は、はいっ」

 平民と貴族が親しくすることはあまり良しとされていない。  酷い家なら平民と話しをすることすら禁じているところもある。もちろん家に招くなんて以ての外だ。  そこから考えればイグマリート家はまだ緩い方だ。

 ノーラを見送ってから、お姉様は私にも同じことを語りかけた。

「あの子と仲良くなりすぎると別れが辛くなるわよ」 「はい」

 お姉様の言葉に、私は……少しだけ安心した。  あくまで貴族と平民の付き合いについて心配してくれているだけで、ノーラとの接触が何か悪影響を及ぼしている――という訳じゃないようだ。  同時に、今後のノーラとの付き合いについて考えるきっかけをくれた。

 今は互いに幼いから交流が許されているが、学生になる頃にはそれも禁じられてしまうだろう。  その対策を今から考えておく必要がある。

(まずは二年後のイベントだな)

 ノーラのことを頭に留めつつ、私は謎のイベントが起きる日が来るまで待つことにした。

 ▼ ▼ ▼

 そして二年後。  国歴二百九十三年、冬の十日目の夜。

 私はまた、死ぬことになる。