最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#102 第六話「誰」


「この問題だけ解かせてくれ。ちょうど取りかかったところなんだ」 「あのオズワルド殿下がこんなにも勉強熱心に……! 本当にご立派になられました」

 かつてオズワルドの逃げ癖に苦労していた家庭教師は、その変わりように涙を流していた。  私としても嬉しい限りではあったが――その本意を知ってしまった今となっては白けてしまう。

「運動が嫌なだけでしょ」 「ど、どうしてそれを!?」

 私がずばり指摘すると、オズワルドは思いっきり狼狽えた。

「殿下……そうなのですか?」 「いや、その! 走るよりも手を動かしてる方が楽というか――じゃなくて!」 「……」

 家庭教師の頬を流れていた涙が、スッ、と引いた。  オズワルドはあわあわと慌てふためいて失言を繰り返してから――私の肩を掴んで思いっきり揺さぶってきた。

「なんでだぁー!? どうして僕の考えていることが分かったんだぁー!?」 「やだなぁオズワルド様。むかし言ったじゃないですか――女のコは、好きな人が考えてることなら何だって分かるんですよ?」

 にぱ、と笑みを向けると、オズワルドは「ひぃ」と後ずさった。

「女って怖い!」 「殿下、ご安心ください。そんな特殊能力を持っているのはソフィーナお嬢様だけですよ」 「そうなのか!?」

 家庭教師の言葉に、オズワルドはハッとした顔になった。

「ええ。ソフィーナお嬢様の類まれな観察力と、殿下の性格を百パーセント、細部まで事細かにご存じだからこそできる芸当です」

 オズワルドとの付き合いもそれなりの長さになっている。  百パーセントとは言えないが、八十パーセントくらいは把握できているつもりだ。  まあ、今回の件は残りの二十パーセントの部分をループで事前に知っているだけだが。  言うなれば裏技みたいなものだ。

「なるほど、ソフィーナだけが怖いのか!」 「殿下。そんな風に言ってはいけません」

 たしなめるように、家庭教師は指を立てた。

「それだけソフィーナお嬢様が殿下のことを想っておられるということですよ」 「……そうなのか?」

 オズワルドがこちらに首を向けて尋ねてくる。  全然想ってはいないが、真人間になってほしいとは心から思っている。  なので笑みを向けつつ頷いておいた。

「いいですか? 絶対にソフィーナお嬢様を離してはいけませんよ? こんなにも殿下を愛してくださる方なんて、大陸のどこを探してもいないんですからね?」 「わ、分かった」

 いつになく真剣なまなざしで忠告する家庭教師に気圧され、オズワルドは珍しく素直に頷いていた。

「まあ、それはそれとして――運動に関しては私から報告させていただきます」 「……え」

 その後、オズワルドがいつものように駄々をこねはじめたのは言うまでもない。

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 結局、オズワルド一人だとサボるということで私も運動訓練をする羽目になってしまった。  前回よりも少しだけ早い参加となる。  気は進まないが、オズワルドを真人間にするためには避けられない道だ。

 早めに運動に慣れることで「イベント当日、深く寝入りすぎて殺されても気が付かなかった」という事態も避けられる。

「ソフィーナ、そんなトロトロ走ってどうする! そんなことで僕の隣にいれると思っているのか!?」 「ぜい……ぜい……」

 おちょくってくるオズワルドを魔法で燃やしたい葛藤と戦いつつ、運動を終える。  翌日は見事なまでの筋肉痛で動けなくなり、一日休養を取った。

「大丈夫? ソフィーナ」

 その日はお姉様の癒し成分をたっぷり浴びて過ごした。  身体は痛いが、予想外のご褒美イベントに内心ではしゃいだ。

「なんとか……そういえばお姉様、最近変わったこととかありませんか?」

 今の時間軸は冬の日の四日。  あれが避けられないイベントなら、六日後の夜にそれが起こるはずだ。  今のところその予兆らしきものは感じ取れない。

「変わったこと?」 「はい。変な人に付け回されるとか、妙な視線を感じるとか」 「いいえ、全然ないわ」

 そう答えてから、お姉様はこちらをじぃっと見てきた。

「ソフィーナこそ大丈夫なの?」 「私は何もありませんよ」 「本当? そんなことを言うってことは、自分がいまそう感じているから――とかじゃないの?」 「違います違います」

 私がこういう話題を振ると、お姉様はやけに勘ぐってくる。  イベントとはいえ実際に誘拐されたことがあるので心配してくれているのだ。

「逆に、良い方に変わったこととかもありませんか? 例えばアレックス殿下と――」 「っ。べ、別に何もないわよ」 「……ほほう。何もない、ですか」

 食い気味に否定するお姉様の反応を見て、私はにんまりと笑う。

「そうよ。何もないわ」

 胸のあたりを抑え、お姉様は視線を下げた。  おそらく、こう考えているんだろう。

 いくらアレックスを想っても、結ばれることはない――と。

 この国では、王族と婚約できるのは一家につき一人だけという制限がある。  貴族同士のパワーバランスが崩れることを危惧して設けられたものだ。

(安心してください、お姉様)

 そのルールは数年後、廃止されることになる。

 ▼

 それから六日後。  国歴二百九十三年、冬の十日目の夜。

 やはりイベントが起こるような予兆は感じられなかった。  オズワルドはいつも通りワガママ。  お姉様はいつも通り優しい。  父はいつも通り自分事で忙しく。  母はいつも通り山の天気のような機嫌。

 それでも、今日何かが起こる。

(さて。まずは犯人の顔を拝んでやるか)

 まずは下準備。  寝る前に落とす光源を付けっぱなしにしてサイドテーブルに置いておく。  ベッドの中に布を詰め込み、人の形に膨らませる。  そして私は衣装タンスの中に身を潜めた。

 これで犯人に気付かれることなく顔を見ることができる。

(……)

 ずっと、このイベントの犯人を考えていた。  結論から言うと、目星はおおよそついている。

 まず、このイベントはAルートでは起きない。  Bルート専用のものと考えると、自然とAルートではなかったイベントの続きと予想できる。

 Bルートで起きたイベントの中で、私を狙うイベントと言えば、あれしかない。

(スイレン)

 優しい家庭教師の皮を被った狂人。  彼女が犯人であるならば、Bルートでしか発生しない理由も説明がつく。

 かつてあいつから手紙が送られてきた。  あの手紙ではもっと後に来るようなことが書かれていたが――あれは油断を誘うためのもので、私はそれにまんまと引っかかった。  そう考えると辻褄は合う。

(まずは予想が合っているかの確認だ)

 彼女はイグマリート家の中もある程度知っている。  侵入することだってそう難しくないだろう。  それも私の説を強力に補強してくれていた。  おそらくは窓から侵入してくるはず。  そう当たりをつけ、私は窓の方を注視していた。

 そのまましばらく時が過ぎ。

 ぱちん、と音がした。

(—―っ。いかんいかん)

 どうやら知らない間にうたた寝していたらしい。  物音で意識を取り戻した私は、すぐにタンスから外の様子を伺う。

(光が消えてる!?)

 サイドテーブルに置いた光源が落とされている。  燃料は最大にしていた。自然に落ちることはありえない。

 誰かが明かりを落としたことは明白だ。

(くそ、見えない)

 ベッドの横に人影が見えているのに、顔が分からない。  うたた寝なんてしなければ、明かりに照らされる犯人が分かったというのに……!

(仕方ない。顔だけ確認して、殺される前に戻ろう)

 バレることを覚悟で、私はタンスの扉を勢いよく開いた。

「誰!」