最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#105 第九話「帰らぬ人」


 新たに始まったイベントは早々に暗礁に乗り上げていた。

「さすがですオズワルド様。もうこんなところまで解けるようになるなんて」 「ふふん! 僕の頭脳をもってすれば当然のことだ!」

 泣いたカラスが何とやら。  膝枕であっさりと機嫌を直したオズワルドは再び意気揚々と勉強に取り組み始めた。  やる気があるのは大変に結構なことだ。その源が「私にいいかっこを見せたい」というのも……まあ、悪くない。  しかしそれが無くなると一瞬でゼロになるのはいただけない。

 私に依存するような進め方にしたのが失敗だったのだろうか。  やり直そうにも、スタート地点にはもう戻れない。

 今回の件で、私はオズワルドから離れられないことがよく分かった。  いずれ自立できるようになる――なるのか?――はずだが、少なくともこいつがもう少し成長するまでは今の頻度で会う必要がある。

 つまり、私は自由に動けない。  となるとノーラに頼むしかないのだが……彼女はイグマリート家の中に入れない。  客人として招くことはできても庭先までが限界だ。

 父の浮気がバレる原因が分からないければ対策の取りようがない。  調査は必須なのだが、人手がない。

(他のやり方を探すしかない)

 そう思いつつ、何も思い浮かばない日が続いた。

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「ソフィーナ。最近はどうだ」

 ある日の食卓にて。  父がそんなことを聞いてきた。  彼は食事中、談笑をあまりしないタイプだ。  普段はしきりに父に話しかけている母も、この時ばかりは彼に習いあまり口を開かない。  どう考えても雑談の前振りのような言葉。  そして過去二回のルートではなかった会話のはじまりに、私は眉をわずかにひそめた。

 新しい会話は、私が違う行動を取ったことが原因であることが多い。  前回と比較して私が違う行動を取ったことと言えば――。

(もしかして、オズワルドとの勉強会をサボったことがバレたのか?)

 それしか思いつかない。  しかし、それでも妙だ。  私が粗相をすれば一も二もなく父は叱りつけてくるはず。  こんな風に聞いてくることなんて、まずありえない。

 父の真意が分からないまま、私はにっこり笑顔の仮面を被った。

「はい。オズワルド様を支えられるよう、日々邁進しております!」 「そうか。レイラはどうだ?」

 私の宣言に頷きをひとつ返し、今度はお姉様に顔を向ける。

「はい。イグマリート家の名に恥じぬよう、日々座学に勤しんでおります」 「そうか」

 ……?  なんだ、この会話。

 何かのイベントかと父を注視していると――彼は笑った。  別に彼は表情の動かない鉄仮面ではない。  当然のように笑うし、怒る。  それでも私は変化したその表情を見て「珍しい」という印象を抱いた。

 なんというか、肩の力が抜けるような笑みだ。

「イグマリート家の将来は安泰だな」

 父がこういうセリフを言うことはままあることだが、今回だけはいつもと意味が違うような気がした。  その変化の元が何なのかを探っていると、今後は母が口を開いた。

「ええ。あとはレイラの婚約者が見つかればいいのですが」 「それについては問題ありません。きっと、オズワルド様よりも素敵な方が見つかると私は確信しています」

 普段なら腹の内に秘めているだけに留めるはずの言葉。  前回のラストがだったこともあり、思わず口をついて出てしまった。

「やけに自信たっぷりねソフィーナ。いつもの勘かしら?」 「はい」 「—―なら、期待しておきましょうか」

 少しでも機嫌が悪ければ言葉尻を捕らえられて口撃されるところだが、そうはならなかった。  どうやら今日は機嫌が良いらしい。

 母に反論したせいか、父のことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

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 自分もノーラも動けない。  とはいえ、何もしない訳にはいかない。  せめて家にいる間だけでも父の監視を続けつつ、情報収集を続けた。

「リズベラさん。最近何か変わったことはありませんか?」 「変わったこと、ですかぁ?」

 噂好きのメイド・リズベラ。  特に色恋沙汰に関しては恐ろしいほどに鋭い。  この嗅覚と情報収集能力を以て、いずれ父の浮気を見抜いてしまう。  今回、どうしても動けない私に代わり彼女を活用させてもらうことにした。

「ん~。特にないですけど、どうかしたんですか?」 「実は……お父様を街で見かけたんです」 「……? 公務で出られているのなら普通じゃないんですか?」 「そうなんですけど、なんていうか……周りをきょろきょろしていて、ちょっと様子が変だったんです」 「ほほう?」

 リズベラは目をきらりとさせた。天性の嗅覚が何かを察知したようだ。  彼女が関わることで意図しない期間の浮気イベントを誘発させてしまうことになる。  運が良ければそのまま行けることもあるが、ほぼほぼ詰んでしまうだろう。

 それを分かっていながら彼女に頼ることを選んだ。  今は何よりも情報が欲しい。  考え抜いた末の、苦肉の策だった。

「何かあるのかなぁって気になって」 「ちなみにですけど、旦那様をお見かけしたのはどの辺りでした?」 「えっと。テレスティ通りの方角でした」

 まるで特ダネを見つけた新聞記者のように、リズベラは唇の端をにやりとさせている。  これだけ言えばあとは勝手に調べてくれるだろう。  しばらく期間を置き、集めた情報を聞き出し、口止めする。

 母の耳に入る前にすべて済ませてしまいたいところだが……止めるのは難しいだろう。

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 それから一月後。  他のメイド伝いにリズベラが「とんでもない情報を仕入れた」という話を耳にした。  何か掴んだらしい。  それを聞き出すため、私は彼女のいる部屋へと急いだ。

「リズベラさん。ソフィーナです」

 メイド専用の棟に行き、リズベラに宛がわれた部屋をノックする。

「リズベラさん? 開けますよー」

 しばらく待っても返答がないので、扉を開く。  生活感溢れる室内には、誰もいなかった。

 近くにいたメイドに尋ねると、外に出ているらしい。  今日、彼女は非番だ。  休日を利用してどこかへ遊びに行っているのだろう。

 日没までには戻って来ると、私は部屋の前で待たせてもらうことにした。

 ――その日を最後に、リズベラは帰って来なくなった。  さらに数日後。  変わり果てた姿で発見され、文字通り帰らぬ人となった。