この世界において、お姉様の死は今のところ――あくまで今のところは、だ—―確約されている。
では、お姉様以外の人物はどうか? イベントが絡まないと死なないかと言うと、そんなことはない。
どんな人物だろうと不摂生や不注意が原因で怪我や病気をすることは当然ある。 確率は低いが、大怪我や大病を患えば死ぬことも。
こういった『不幸』は誰にでも訪れる。 メインキャラ、サブキャラ、モブキャラ――役割が何であろうと関係ない。 ヒロインのノーラですら風邪を引くし、怪我もする。下手なイベントに首を突っ込めばあっさり死にもする。 主人公の扱いがそうなのだから、他のキャラが手厚く保護される道理はない。
過去にはイベントの突破に必要なキャラが『不幸』にも急死し、やり直しを余儀なくされたことがあった。
(あれはさすがの私も凹んだな……)
突破の条件を揃えるために運の要素がかなり絡むイベントだったので、あまりの理不尽さにしばらく呆然としたことを思い出す。
私も一度だけ『不幸』に見舞われたことがある。 本当に脈絡なく馬車に轢かれて死んだので、新しいイベントが始まったのかと当時は混乱したものだ。
リズベラの詳しい死因は知らない。 知らないが、メイドたちの間で囁かれる話を聞くと通り魔に襲われた、とのことらしい。 彼女が見つかったところは王都の中でもあまり治安のよろしくない場所だ。 そんなところを夜中にふらふらと出歩いていたから起きてしまった『不幸』と考えられなくもない。
「……」
だが、あまりにもタイミングが良すぎる。
父の動向を探り、重要な情報を握り。 その直後、普段の行動範囲から離れた場所をわざわざ夜中にうろつく。 『不幸』か、それとも何者かの『意志』か。 今のままでは判断ができない。
きっと普通なら訝しみながらも『不幸』と考えて処理されるだろう。 けれど私にはそれがどちらであるか判別する手段がある。
「戻れ――」
▼ ▼ ▼
「—―という訳だ」
セーブポイントまで戻り、ノーラにあらましを説明する。
「リズベラさん……って、どの人?」 「そういえばノーラは会ったことがないな」
彼女は家主――つまり、父と母の身の回りの世話を主な仕事にしていた。 必然的に屋敷の中にいることが多く、庭先までしか入れないノーラとは接点がない。 まあ、向こうは得意の情報収集でノーラのことをけっこう知っていたが。
「侍女さんってことだね。お仕事できる人っぽいなぁ」 「ああ、そうだな」
リズベラはまだ若いながらかなり仕事ができる。 山の天気よりも機嫌がころころ変わる母からもそれなりに信頼されているし。 まあ、母と近い位置にいることと噂好きな点がのちの災いを招いてしまうんだが……。
「今回はリズベラが死んだ原因を調べる」
単なる『不幸』なら今回彼女は死なず、情報を得られる。 もしそうでないのなら……おそらく彼女の身に起こることは、浮気イベントと繋がっているはずだ。
▼ ▼ ▼
「実は……お父様を街で見かけたんです」
リズベラに相談するところまでシナリオを進める。
選択肢を伴わない言葉には強制力がない。 私の発言をどう受け取るか。その後、どう行動を変化させるかは相手に委ねられる。
例えば、令嬢Aに「令嬢Bに嫌がらせをされている」と相談したとする。 それを受けて令嬢Aが「大変だね」と聞き流すか、それとも令嬢Bへ抗議に行くのか。 それは状況や気分に大きく左右される。 前回、情報収集をしたからと言って今回も同じ行動を取るとは限らないが……彼女に限りそれはないと強く確信していた。
「ほほう?」
きらりと目を光らせるリズベラ。 私の経験上、本当に好きなものに関係すると人は同じ行動を取る。 リズベラは怪しい話を聞くと調べずにはいられない性格だ。 ……要するに、根っからの噂好きなのだ。
父の怪しい行動を知ってしまった以上、何もしない選択肢は取らないだろう。
「これでよし、と」
ふむふむと考え込むリズベラと別れ、私は部屋に戻った。 来たる日に向け、もう一つだけ準備しておくことがある。
▼ ▼ ▼
「オズワルド様。一生のお願いがあります」 「なんだ、改まって」
裏庭でオー爺から指導を受けたのち、私は神妙な表情でオズワルドにお願いをした。
「来週、一日だけ私に時間をください」 「やだ」 「……実は来週、風邪を引く予定がありまして」 「嘘つけ!」
バッと立ち上がり、オズワルドは私に指を突き付けてきた。
「お前は僕の婚約者だろ!? 僕を差し置いて他に何をすると言うんだ!」 「それは……内緒です」 「ならだめだ! 他の用事を優先するなんて許さないぞ!」
……まあ、こうなるよな。 一日だけならなんとかなるかと思ったが、アテが外れた。
(別の案を用意しておいてよかった)
私はちらり、とオー爺に目配せをする。
「……殿下。ちょっとよろしいですかな」
オズワルドを離れたところに誘導し、ごにょごにょと耳打ちするオー爺。
「—―なぁんだ、そういうことだったのか!」
耳打ちを終えた途端、オズワルドは破顔した。 それはもうにっこにこの笑顔で私に親指を立てる。
「ソフィーナ! 休むことを許そうじゃないか!」 「ありがとうございます」
オズワルドの後ろ、彼の見えない位置でオー爺もまた親指を立てた。
(ご協力感謝します、オー爺さま) (ほっほ。これくらいお安い御用じゃよ)
アイコンタクトをかわし、私たちは互いににやりと笑った。
オー爺には、あらかじめこう伝えておいた。 『再来週に控えるオズワルドの誕生日のため、プレゼントを買いに行きたい』と。 そして『オズワルドが首を縦に振らない場合、オー爺から「内緒」という形でオズワルドに伝えてほしい』と。
「休みが欲しい理由」と「事情を言えない理由」 これら二つを、第三者を通すことで説得力を増して伝えられた。
その結果がこれだ。
「もちろん休む理由は聞かない。婚約者と言えどプライベートがあるからな!」 「さすがオズワルド様。心が広い!」
さっきまで頑なに嫌がっていた奴が何を……。 いや、前よりもずっと素直にはなってくれているから、これはこれで良しとしよう。 念願の「一日動ける日」を手に入れたのだから。
さて。 鬼が出るか蛇が出るか。