最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#116 第二十話「次のお題」


「どうだソフィーナ! この問題すら今の僕の敵ではなくなったぞ!」 「……」

 ――本当にそうなら良かったんだがな。

 雑談で父がぽつりと漏らした言葉。  あの時の父の表情が、口調が、数日経っても頭から離れない。

「ソフィーナ? どうしたんだ。いつもみたいに僕を讃えないか!」 「……」

 貴族の間では恋愛感情のない結婚なんて当たり前。  恋愛ありきのほうが珍しいくらいだ。

 両親は「珍しくないタイプ」の夫婦だ。  お互いの目的のために結婚という手段で手を組んだ。  ――ずっと、そうだと思い続けてきた。

 それは間違いだったのか?

「ソフィーナ? 返事をしないなら頬をつねるぞ!」 「……」

 もし、父のあの言葉が本音だとしたら。  このイベントの根幹。  本当の原因は――。

「うひぁーーーーー」

 ものすごい力で(文字通り)引っ張られ、私は思考の海から引き揚げられた。

「おお。すごく伸びるな。しかも、もちもちしてて触り心地がいい」 「何をするんですかオズワルド様」

 人の頬を無遠慮に引っ張るオズワルドの手を、ぺし、と振り払う。  好感度維持のため基本的にこいつのすることには無抵抗だが、さすがに度が過ぎる。

「何をするんだじゃないだろ。僕を無視して」 「それはすみません。ちょっと考え事をしてまして」 「僕といる時は僕のことだけ見て考えろ! それが婚約者の務めだろ?」

 話を聞いていなかったとはいえ、今の物言いには少しイラっとした。  ちょっとマシになってきたかな? と思ったらこれだ。  やはり性格の矯正なんて最初から無理だったのだろうか……。

 ……いやいや。弱気になるな。  幼少期のイベントを経て信頼関係は築けている。  それは多少のことがあっても崩れない……はずだ。  土台を築けている。  学園に入ってからさらなるスパルタ教育を施せば、きっとまともになってくれるはずだ。

「まったく。お前もそう思うだろ?」

 オズワルドはゴチャゴチャと言った後、家庭教師に同意を求めた。  家庭教師はまともな感性を持っているが、オズワルド相手に強く出ることはできない。  微妙な顔をしながら「そうですね」と答え、彼がいなくなった後に私に平謝りする。

 味方になってくれないからと言って、それで彼女を嫌ったりはしない。  そうすることが一番波風を立てずオズワルドの矛を納められるからだ。  正直に何でも言う。それですべてがうまくいく訳ではない。  波風を立てないこと。それが大前提だ。

「いいえ、思いません」 「そうだろう――え?」

 まさか否定されるとは思っておらず、オズワルドは素っ頓狂な声を上げた。

「先生?」

 オズワルドほどではないが、私も驚いた。

「いつか分かってくださると思い、ずっっっっっっっと我慢しておりましたが……さすがに限界です。殿下、そんな態度を取り続けていたらソフィーナ様に愛想を尽かされますよ」 「僕に口答えする気か!? 父上に頼んでクビにするぞ!」 「ええ、お好きにどうぞ」 「なに!?」 「不遇なソフィーナ様をこれ以上見過ごすことはもうできません。それで仕事がなくなったって構いません」

 家庭教師は教鞭を折れそうなほど曲げ、オズワルドを見下ろした。  いつも温和な表情しか見せない彼女の目が、今はとても怖い。

「こ、こいつは僕にベタ惚れしてるんだぞ! 愛想を尽かすなんて、そんなことあるはずがないだろう!」 「逆にお伺いしますが、殿下が考え事をしている最中に今みたいなことを言われたらどうです? いくら大好きであっても腹が立ちませんか? 好きと言う気持ちが薄らいだりしませんか?」 「……」

 ずばり指摘され、オズワルドははっきりとうめいた。

「今の殿下の態度は百年の恋も冷めるほどでしたよ」 「そ、ソフィーナはそんなことはない! そうだろう!」 「え? えーと」

 いきなり話を振られ、私は答えに詰まった。  今の会話の流れだと、もごもごしているのは家庭教師の言葉を暗に肯定しているようなものだ。

「ソフィーナ? 僕に愛想を尽かしたのか?」 「い、いえいえ。そんなことはありませんよ」 「本当か? 僕のことが変わらず大好きか?」 「……」

 はい、大好きですー!

 ……。  あれ。  口にしたつもりの言葉は、けれど喉から先に出なかった。  まるで喉がそう発声することを嫌がったかのように。

「ほら御覧なさい。ソフィーナ様も愛想を尽かしかけていますよ」 「……あ、うぐ、あ」

 ガーン! と衝撃を受けたようにオズワルドがよろめく。  まずいまずい。  せっかく築いた信頼関係がガラガラと崩れる様子を幻視した。

「お、オズワルド様、そんなことはないですよ!」

 慌ててオズワルドをなだめにかかる。

「ほ、本当か……?」 「はい。私はずっとオズワルド様の傍にいますよ」

 ぎゅ、とオズワルドを抱きしめつつ、肩越しに家庭教師へ「もう言わなくていい」という意味を込めて目線を送る。

「—―申し訳ありません殿下。少し、熱くなりすぎました」

 私の意図を汲んでくれた家庭教師が、態度を軟化させた。

「けれどこれだけは覚えておいてくださいね」

 叱るようにではなく、聞き分けのない子供に言い聞かせるように。

「ソフィーナ様ほど殿下のことを考えてくださる方はいません。もちろん私たちも考えておりますが……ソフィーナ様には到底敵いません」 「……」 「私たちに対してはいくらでも言って下さって構いません。ですがその分、ソフィーナ様には優しくしてください」 「ぐす」 「よろしいですね?」 「……わかった」

 ▼

 勉強会が終わり帰ろうとした際、家庭教師に呼び止められた。

「出過ぎた真似をお許しください」 「いえ。私のことを考えてくださってありがとうございます」

 オズワルドを一途に思う風に演出してはいたが、それはあくまで悪い噂が立たないようにするためのものだった。  しかし家庭教師は、私が思う以上にそれを好意的に受け止めてくれていた。  まさか立場を失う覚悟をしてまでオズワルドを注意してくれるとは、予想外だ。

「少しでも殿下がソフィーナ様の想いを汲んで下さればよいのですが」 「あはは」

 多少は優しくなるだろう。  しかし、もって数日程度だろうと予想している。  喉元過ぎればなんとやら。あいつはすぐに忘れて同じ間違いを繰り返す。  それを責める気はない。

 私がオズワルドを気にかけているのは「お姉様のために仕方なく」なのだから。

 私もその他大勢の貴族と同じく、相手に対して何ら感情を抱かない夫婦になるのだろう。  それを嘆くつもりはない。

 お姉様が幸せであれば、私は誰が相手であろうと幸せなのだから。

(—―嘆く、と言えば父だ)

 家庭教師と別れた後、中断していた思考を再開させる。  私は父の浮気の原因を「公爵としての威厳を見せつけるため」「妾を禁じる母へのささやかな意趣返し」だと考えていた。

 けれどそれが違うとしたら?  ……もしかしたら父は、母から愛されていない寂しさを紛らわすために浮気をしていたのだろうか。

「というかあの二人、どうやって出会ったんだろうな」

 あまりにも両親のことを知らさなすぎる自分に苦笑いするしかない。  ……知らないなら、聞けばいいんだ。

 反省もそこそこに、私は次の雑談のお題を決定した。