最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#118 第二十二話「好きな食べ物」


「わぁ。今日は魚のムニエルですね!」 「ああ。ソフィーナの好物だぞ」 「わーい」

 ――以前の会話から、私の好物ということになってしまった魚のムニエル。  もし、今回のルートでイベント攻略できたら、以降はこれを好きだと言わないといけなくなるのか……。

(いや、嫌いではないんだけどな)

 とはいえ特別好きかと問われると首を傾げてしまう。

「では、食前の祈りを」

 父の言葉で、全員が目を伏せる。  今日もこうして食事ができることに感謝を捧げつつ、先ほどの母との会話を思い浮かべる。

 ――私の実家はもうないわ

 母の実家は、まだイグマリート家が公爵家になる前の力が弱かった頃に便宜を図っていた。  それがどのような意図で行われたものかは分からないが、裏表のない単なる親切……だと思う。  でなければ売った恩を忘れていた、なんてことになるはずがない。

「よし、では頂こう」 「いただきまーす」

 食事中は私語厳禁。  隣にお姉様がいるのに話せないのは辛いところだが、考え事に集中するにはいい時間だ。  口に広がる魚の味を噛みしめながら、考察を続ける。

(ひいお爺様はどんな恩を受けてたんだろうな)

 そこに関しては不明だが、少なくとも母の実家からの申し出を無視できない程度に借りがあったことは事実だろう。  とはいえ、そのまま資金援助するには繋がりが細すぎる。

 それを補強するため、母の実家はイグマリート家に母を出した。  資金援助をしてもらい、傾いた財政を立て直すために。

(けど、一歩遅かった)

 再建は叶わず母の実家は崩壊。  一家離散し、母と、母の家族との関係はそこで切れてしまった。

 ……母から聞かせてもらった話は知らないことばかりだった。  しかし、それがイベント攻略の役に立つかと言われると……まだはっきりと頷くことはできない。

 役に立つ「かもしれない」  何かのヒントになる「かもしれない」

 今のところはそういう評価に落ち着く。  それよりも、母の感情が気になって仕方がない。

(最後のあの顔……なんだったんだ?)

 ――きっとみんな死んじゃってるでしょうね

 勝ち誇ったような笑顔。  あの時、母はどんな気持ちでそれを言ったのだろう。

(……いや、分かる訳ないか)

 それが分かるなら苦労はない。  分からないことは置いておいて、新たに分かったことだけを抜き出して整理する。

 まず、父と母の間に愛情はないということ。  もともと知っていたことだったが、母の話でそれが補強された。  「無理やり縁談を組まれて嫌だったが、公爵家という家柄は捨てがたいので渋々結婚した」  はじまりはそれで、今は「イグマリート家を繁栄に導いた当主を献身的に支えた伴侶の称号が欲しい」に変わった。  そんなところだろう。

 実家のゴタゴタに関しては結局聞けなかったが、母の性格的にわざと資金援助を遅らせて潰した……なんていう可能性もなくはない。  ……さすがに考えすぎか。

 物事は片面から見ただけでは全貌を捉えられない。  以上を踏まえた上で、父にも同じことを聞こう。

「ごちそうさまでした」

 ▼

 食後、すぐに父と話をしようとして、問題が発生した。  発生した――というか、分かっていたのに見過ごしていたことだ。

 父と話をする際、たいてい母が近くにいる。  機嫌が最強に悪いとか、そういうことでもない限り退く気配はない。  当然、私たちの会話は母にも聞こえる形になる。

 ついさっき二人の馴れ初めを聞いたところなのに、改めて父に聞くとおかしなことになる。

(しまったな)

「さっきお母様から聞いたんですけど~」と切り出して聞くことはできるが、それだと必要な情報を端折られる可能性もある。  母からフラットな状態で話を聞いたのだから、父からも同じ状態で話を聞きたい。

 この場は別の話題を出し、後日改めて――とも思ったが、それも難しいかもしれない。  このあと母が父に「私たちの馴れ初めをソフィーナが聞いてきた」と話せば、もう父からはフラットな情報を引き出せなくなる。

 「それはソニアから聞いただろう」で流されたり、端折られたりするだろう。  こんなことで――とは思ったが、イベントを攻略するには必要なことだ。

「お父様。ここだけの話なんですけど」 「なんだ?」 「私の好きな食べ物、魚のムニエルじゃないんです」 「……なに?」

 呆けた顔をする父に微笑みかけ、私はいつもの言葉を口にした。

「戻れ――」

 ▼ ▼ ▼

 セーブポイントに戻った私は、目の前にいるノーラに得た情報を共有した。

「ソフィーナのお父さんとお母さん、そんなことがあったんだ」

 ふんふんと話を聞きながら、ノーラ。

「身分違いの恋って、普通はもっと燃え上がるものと思ってたんだけど……違うんだね。打算的というか、冷めてるというか……」 「これが普通だ」

 乙女ゲームのような幸せな結婚なんて十に一つもない。  恋する気持ちよりも損得勘定。  自分の意見よりも親の意見を優先して相手を決める。  それが貴族だ。

「今回の新情報はそれだけだ。本当はもう少し情報を集めたかったんだが……」 「ううん、すごく前進してるよ」 「そうか?」 「うん! ご両親に対しての苦手意識、かなりなくなったんじゃない?」

 言われてみればそうだ。  雑談に挑んだ当初はいい話題が出せず気まずい沈黙が起こるということもあったが――そんなことを忘れてしまうほど、今は肩の力を抜いて話せている。

 弱みを握って脅し、一方的に言うことを聞かせる「命令」ではなく。  自分の話を聞いてもらい、相手からの話を聞く「会話」に。

 全然情報が引き出せずに凹んでいたが……別視点から見ると確かに前進していると言えた。

話を聞いただけでそれを見抜いたノーラに、私は改めて舌を巻いた。

「さすが転生者。またチート能力でも使ったのか?」

 いつもの冗談めかした言葉。  ノーラも「そんなのないよ」で返すのがお決まりなのだが、今回は違った。

「そんなのなくても、すぐに分かるよ」

 ゆっくり首を振り、ノーラは私の頭を撫でた。

「だってソフィーナ、なんだか明るくなってるもん」 「……はぁ? 私が?」

 そう言われ、鏡に視線を向ける。  ノーラの前でしか出さない「素」の私は、お世辞にもあまり良い顔をしているとは思えない。  どちらかと言うと愛想のよくない仏頂面だ。  度重なるループゆえか、未だにお姉様を救えない自分への苛立ちかは分からないが、なんとなくスレた印象がある。

「……変わってるようには見えないけど?」 「表情じゃないよ。なんというか……雰囲気? オーラ?」

 たまに彼女は訳の分からないことを言う。  文字通り住む世界が違っていたのだから、当然と言えば当然か。

「やっぱり家族仲がいいのはいいことだよね~」 「……」

 子供か私は。  いや姿は子供なんだけど。

「わっ、ソフィーナ、なにするの」 「なんとなく。お返しだ」

 母からは情報を聞き出せた。  次は父の番だ。  それがイベント攻略のカギであってくれ――と願いを込めつつ、私はノーラの髪をくしゃくしゃに撫で回した。