最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#119 第二十三話「悪女ムーブ」


 再スタートを切った直後、予期せぬイベントが起こった。

「え。お休みですか」 「はい。急に熱を出しまして」

 どうやらオズワルドが風邪を引いたらしい。  前回にはなかった出来事だが、人の健康状態はループ毎に変化する。  今回はたまたま今日、オズワルドが風邪を引く日になってしまったんだろう。  これもある種の『不幸』と言える。

 以前は風邪を引くたびに(好感度を上げるため)お見舞いへ行っていたが……。

(たぶん、行かなくても大丈夫だろう)

 オズワルドへの好感度維持はかなり完璧に近い状態にある……と、思う。  根拠は前回、馬車で転んだ件でのオズワルドの反応だ。  私の下敷きになったというのに、彼は怒らなかった。  嫌われることを恐れ、感情を抑制したのだ。

 これからも理不尽に怒鳴られることはあると思う。  しかし余程のことがない限り、もう嫌われることはない……と、思う。

 だったらわざわざ行ってストレスを溜めるよりは別のことをしていた方がいいと判断した。

「分かりました。お大事に、とお伝えください」 「ありがとうございます」

 わざわざ早馬で報せてくれた使者を見送り、私は家に戻った。  予期せず空いた予定をどうやって過ごそうかと思案を巡らせる。

 目下、一番やりたいことは父に馴れ初めを聞くことだが、あいにく今日は仕事で早朝から家を空けている。

(いっそ完全な休日にするか。お姉様にずっとくっついていたり……ああでも、ノーラのお菓子も恋しいな)

 オズワルドが風邪を引いたことには同情するが、それはそれ、これはこれだ。  空白の予定を埋めるイベントのあれこれを考えただけで自然と心が弾んだ。

 足取り軽やかに玄関の扉を開くと、

「わっ」

 ちょうど出ようとしていた母と鉢合わせした。

「お母様。どこかへ行かれるのですか?」

 母は余所行きの格好をしていて、身体のラインを隠すゆったりとしたドレスの上に薄い色のカーディガンを羽織っている。  どちらも落ち着いた色合いで調和が取れていて、高級品ではあるが嫌味な派手さは全くなく、母が持つ気品を際立たせている。  ……母のことは率直に言って嫌いだが、彼女の洋服選びのセンスだけは見習うべきものがある。

 母のすぐ後ろにはリズベラが随伴していた。

「ええ。洋服を見にね」

 母は見ての通りお洒落にこだわりがある。  公爵家なのだから服なんて仕立て屋を呼べば済むことなのに、わざわざ自分から店に足を運び、品定めをしている。  ショッピングが趣味の一環を兼ねている、というところか。

「その割にはなんだかお元気がなさそうですね」 「ええ。あの人の仕事が早くに終わったから、午前中には帰って来るって連絡があったの」 「お父様が……?」 「そうよ。あの人がいないから今日に予約したのに……」 「……」

 自分から聞いておいて何だが、後半の話は耳に入ってこなかった。  私が予定のない日に、父が早くに帰って来る。  しかも母がいない完全な二人きりの状態で話ができる。

(まさかこんなに早く機会が巡って来るなんて……!)

 こんな偶然、何度かループをしなければやって来ない。  このチャンスを逃す手はなかった。

 逸る心を外に出さないようにしつつ、私は母に道を譲った。

「行ってらっしゃいお母様。楽しんできてくださいね」 「……ソフィーナ。殿下との勉強会は?」 「実は殿下が体調を崩されまして。今日の勉強会はお休みになりました」 「それは大変ね。すぐにお見舞いに行きなさい」 「いえ、行きません」 「……なんですって?」

 ……あ。  お叱りの気配を感じ、私は反射的に肩をすくませた。  母も父も欠片も怖いとは思わないのだが……どうしてか身体が勝手に反応してしまう。

「あなたはそれでも殿下の婚約者ですか! そんな態度ではいつか愛想を尽かされますよ」

 母は険しい顔でそう叱ってきた。  言葉の上ではオズワルドを心配しているような言い方だが、要するに「お見舞いは好感度を上げる絶好のイベントだから見逃すなんてありえない」と言いたいんだろう。

 好感度が足りていないのなら、言われるまでもなく行っていた。  けど、その必要はないのだ。  最大値とまでは言わないが、差し当たり問題がないレベルで関係の構築は  できている。

「あの、大丈夫なんです」 「言い訳しないの! さあ早く」

 取り付く島もない。  いや、説明したところで納得してくれないだろう。  ここで下手に反抗したら機嫌が悪くなってしまう。  うまく説得できない以上、従うしかない。

 せっかくのチャンスが……。

(ここで母と鉢合わせしたのが私にとっての『不幸』だな)

 下唇を噛みしめていると、ふと、ある日の記憶が脳裏をよぎった。

 ――あなたは私の子よ。自信を持ちなさい  ――見た目は確かに似てないわね。けど、中身はよく似てると思うわ

 いつぞやのループで母にした相談。  その際に返って来たアドバイスだ。

 母は、私のことを「自分と性格が似ている」と思っているらしい。  私自身まったくもって全然そうは思わないが……母がそう考えているのなら、説得のやりようはある。

「ですから」

 ――母は父に取り入ることで今の地位を確立している。  だったら、今の私もそれができていると思わせれば、あるいは――!

「大丈夫なんですよ。お母様」 「……どういう意味?」

 私は、にぱ、と笑いながら同じ言葉を繰り返した。  口調を低めにして、わずかに表情に影ができるように首の角度を調整して雰囲気を演出する。

「殿下が私に愛想を尽かすことはありません」

 絶対に、を強調しつつ、はっきりと断言する。

「随分な自信ね」 「はい。私はですからっ」 「……………………へぇ」

 聞く耳持たずだった母が、面白そうに眉を上げた。

「確認だけど。いつもの当てずっぽうの勘じゃないわよね?」 「もちろんですっ。私とオズワルド様は、なんですよ」

 ――オズワルドの手綱はすでにしっかり握っている。

 言外にそう意味を込めると、母は品定めするように私の目を見た。  私はにこにこ顔のまま、それを受け止める。

「……」 「……」

 視界の外でリズベラが慌て始めるほど長い時間見つめ合った結果。

「—―—―そう」

 母は納得してくれた。  私が言外に込めた意味と、それが嘘ではないことを読み取ったようだ。

「ふふ――ふふふ。あなたはやっぱり私に似ているわねぇ」 「えへへ。そう言われると照れちゃいます」

 まるで「あなたもなかなかの悪女ね」と言われているようで複雑な気分だったが……この場を切り抜けるための方便なんだから別にいいか、と自分を納得させた。

「あの、奥様。そろそろお時間が……」 「そうね。行きましょうか」 「行ってらっしゃいお母様」 「ええ。行ってくるわ。ソフィーナ」

 すれ違いざま、母は閉じた扇子を私の頭に、ぺち、と滑らせた。  どうやらこれが彼女なりの「なでなで」らしい。

「……っ」

 母が門を出るまで見送ってから、私は無言でガッツポーズを取った。

 父が帰って来たのは、それから一時間後のことだった。

おまけ リズベラ視点 「ふふ――ふふふ。あなたはやっぱり私に似ているわねぇ」 「えへへ。そう言われると照れちゃいます」

(奥様の性格の悪そうな笑い方がソフィーナお嬢様に伝染してる!?)