「おとーさまっ。おかえりなさい!」
仕事を終えた父をねぎらうように、私は精一杯明るい声を出した。
「ソフィーナ? どうして家にいるんだ」 「実はですね――」
案の定、面食らう父にいきさつを説明する。
「見舞いには行かないのか?」 「はい。風邪と言っても軽いらしくて、明日には元気になる、とのことです」 「それでも、行けばお喜びになると思うぞ」
父も見舞いには行ってほしいようだ。 けれど父は理性的――浮気はしているが—―だし、普段から私とオズワルドの仲がどのようなものかはある程度伝え聞いている。 だから母のように強引に行ってこいとは言わず、やんわりと促すくらいで留めている。
「今日お会いできなかった分、明日はいっぱいお話します!」 「それはいいことだが、勉強は?」 「……あ。もちろん勉強もちゃんとやりますっ」
慌てて付け加えると、父はうむと頷いた。
「ソフィーナ。しっかり殿下を支えるんだぞ」 「はいっ」
頭をぽんと撫で、父はくるりときびすを返した。
「……」 「……」 「ソフィーナ。どうして付いてくるんだ?」
とことこ後を追う私に困惑した顔を向けてくる父。 さっきのあれで会話を終わらせたかったらしい。
「もう少しお話したいなと思いまして」 「仕事で疲れているんだ。また今度にしてくれないか?」
そういう訳にはいかない。 母がおらず、父とゆっくり話せる機会なんてそうそう巡って来ないのだから。 多少強引にでも話の場に持っていかなければならない。
「でしたら、私が疲れを癒すとっておきの紅茶を淹れてあげます!」 「あ、おい」 「こちらへ、来て、ください!」 「分かった、分かったからそんなに引っ張るな」
ぐいぐい腕を引くと、父は観念した。
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「さあお父様。座ってください」
東屋へと父を連行し、座るように促す。 屋敷からここに来る途中、使用人にティーセット一式を頼んだ。 あと数分ほどすれば持ってきてくれるだろう。
「……ソフィーナ。最近行動がソニアに似てきたな」 「そ、そうですか?」 「ああ。やたら話をしたがったりするところとか、強引なところとか……」
母からも「私に似てるわねぇ」と粘っこい笑顔を向けられたし、父からもこの評価。 複雑な心境を表現するかのように、無意識に唇の端がぴくぴくした。
「まさかとは思うが、殿下にまでこんな強引なことはしていないだろうな?」 「やだなぁお父様。する訳ないじゃないですか」
無邪気な笑顔で誤魔化していると、ティーセットが運ばれてきた。 いいタイミングだ。
「私が淹れますね」 「……ちょうどいい機会だ。ちゃんとできているかテストしてやろう」 「がんばりますっ」
――おいしい紅茶の淹れ方は前々から学んでいたが、ノーラの知識により私はさらに一段階上のやり方を編み出していた。
手際よくティーセットを用意し、父に背を向ける。 お湯の容器に手を差し伸べ、囁くくらいの小さな声で呪文を唱える。
「『精霊の友よ。冷々たる者へ煮え滾る恩寵を』」
おいしい紅茶を淹れるポイントはいくつかある。 あらかじめカップを温めておくとか、蒸らしの時間とか、茶葉のサイズで量を変えるとか。 それよりも大切なのは、温度だ。
――紅茶のキモは温度! 沸騰して十秒後が最高にいいタイミングなんだよ~。
ノーラ曰く、熱いお湯でないと紅茶の旨味成分が出にくいらしい。 通常、外でお茶を楽しむ場合、沸騰した湯を用意することは難しい。 しかし熱の魔法に適性を持つ私なら、どんな場所でだろうと熱湯を用意できる。 紅茶を淹れる上でこれほど便利な魔法もそうない。
応用の効く魔法だと自負していたが、まさかこんな使い方があるとは思ってもいなかった。
「さあ、できましたよ」
ぬるいお湯で淹れた紅茶はあまり美味しくないというのは広く知られているが、それがなぜかという知識は誰も持ち合わせていない。 異世界の知識の有効活用。 これこそ、ノーラの言っていた「チート」というやつだろう。
ノーラの知識と私の魔法を掛け合わせた最高の一杯だ。
「—―っ。ほう、これは」
口を付けた瞬間、父が声を上げる。
「どうですか?」 「想像以上だ。上手くなったな」 「えへへ。お茶の先生のご指導の賜物です!」
よし。
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チート(笑)なお茶でリラックスしてもらった後、私はすかさず本題へ切り込んだ。
「ソニアとの馴れ初め?」 「はい。オズワルド様が陛下とお妃様が出会った時の話をしてくださったんです。そのお話を聞いて、そういえばお父様とお母様ってどうやって出会ったんだろう? って気になっちゃって」
父の回答次第では、浮気イベント攻略の大きな鍵になる。 自然と心臓が早鐘を打つが、それが表に出さないよう注意を払う。
「……」
カップを手に持ったまま、父は虚空を見上げた。 その表情はどこか物憂げだ。
「—―普通に見合いをしただけだ。面白い話なんて何もないぞ」 「普通、ですか」
見合いで結婚することは貴族にとって普通だ。 しかし相手が貴族以外となると、それは普通とは言い難い。
「そういえば……お母様のご実家ってどちらなんでしょう?」
母が商家出身であることは前回のループで得た知識なので「今の」私は知らないことになっている。 なので知っていても不自然ではないよう、答えの分かりきった質問を投げかける。
「ああ――伯爵家、だったかな」
――ん?
「伯爵家なんですか」 「そうだ」 「ご実家の所在地はどちらです?」 「今はもう無いんだ」 「……どうしてです? 何かあったんですか?」 「見合いの後に大規模な伝染病が流行したんだ。ソニアの家族は運悪く、皆それで亡くなってしまった」 「そう……ですか」
そこまで話して、父は紅茶を、ぐい、と飲み干した。 まだかなり残っていたはずなのに、ずいぶん性急な飲み方だ。
「紅茶、ごちそうさま。うまかったぞ」 「お父様、待ってください。まだ――」
服の袖を掴もうとした手が空を切る。 父は、私の手の届かない位置から、ぽん、と頭を撫でた。
「ソフィーナ。話はもう終わりだ」
その声は、先ほどとは少し変化していた。 それと呼応するように、撫でる手の力が強くなる。
「それから。このことはソニアには聞くんじゃないぞ。喪った家族を思い出して気分が沈んでしまうからな」
母を気遣うような言い回し。 けれどその言葉の奥には、はっきりと警告の意味が含まれていた。
「……分かり、ました」
まるで上から圧し潰すような手に押され、私はそう答えるしかなかった。