最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#121 第二十五話「精査」


「……」

 自室で寝転がりながら、私は先ほどの会話を思い返していた。  父の話をまとめると、こうだ。

 曰く、「普通のお見合い」  曰く、「母の出身は伯爵家」  曰く、「流行り病のせいで母の家族はいなくなってしまった」

「……」

 ここに母の会話を重ねてみると、いくつかの食い違いが浮かび上がってくる。

 曰く、「珍しいお見合い」  曰く、「母の出身は商家」  曰く、「資金援助をする前に母の家族はいなくなってしまった」

 どちらかが――あるいは両方とも—―嘘を付いている。

「……考えられる可能性その1、父が嘘をついていた場合」

 母を伯爵家出身と偽った理由。  考えられるのは、イグマリート家の威厳を保つため。

 母は父との見合いを「昔の借りがあったから」実現できたと言っていた。  曽祖父の頃とはいえ、貴族が商家に恩を受けていたなんて知られれば醜聞になる。  私がまだ分別のつかない子供だから、私経由であちこちに漏れることを防ぐためにあえて嘘をついた。

 ……これなら父の行動原理と一致しているし、理屈が通らないことはない。

「次。考えられる可能性その2、母が嘘をついていた場合」

 母が出自を偽った理由。  ……。  ……。  ……。

「だめだ。何も思い浮かばない」

 母が嘘をつく理由が思い浮かばない。  本当に伯爵家出身ならそう言えばいいだけなのだから。

 身分違いの恋に憧れ、それを演出している――なんてトンデモない説が浮かんだが、速攻で却下した。  母はちょっと思考回路がおかしいが、そんな夢見がちな女じゃない。

 父は嘘をつく理由があるが、母にはない。  となると、たぶん母の話が本当なんだろう。  出自に関しては、だが。

 次に食い違う部分について考えを進める。  母の家族がいなくなった理由についてだ。

 父は流行り病にかかってしまったと言っていた。  母は資金援助が間に合わなかったと言っていた。

 これも、どちらの言い分が本当かは分からない。

「……」

 私はおもむろに机の引き出しから一冊の本を取り出した。  いつも勉強で使用している歴史の教科書だ。  父の言っていた流行り病について、それらしい記述があったはず。

「……あった」

 国歴二百七十九年、黒染こくせん病の感染者が国内で初めて確認される。  爆発的な感染前にいち早く事態を察知したエルヴィス陛下の賢明な判断により隔離策が講じられ、感染は拡大前に早期終了した。  被害は最小限に抑えられたが、それでも経済への打撃は著しく、エルヴィス陛下はこれを打開すべくさらなる政策を――

 父が言っていた流行り病とは、この黒染病のことだろう。  時系列的にも辻褄は合っている。

 しかし流行り病が本当でも、母の家族が亡くなったことが本当かは分からない。  父は、母の出自についても嘘を言っていた。  鵜呑みにせず、精査する必要がある。

 ▼

「お母様。少しよろしいでしょうか」

 その日の夜。  私は寝室に向かおうとする母を廊下で呼び止めた。

「どうしたのソフィーナ」

 鬱陶しそうな目を向けられるかと思いきや、母は立ち止まって話を聞いてくれた。  朝の悪女ムーブが効いているのか、はたまた単に機嫌がいいだけなのか。

「その……少し、聞きづらいことなんですけど」

 ――このことはソニアには聞くんじゃないぞ。喪った家族を思い出して気分が沈んでしまうからな

 父の言葉に真っ向から逆らう形になったが、手っ取り早く確かめるには母から聞く他なかった。  母の気分が沈んで家の雰囲気が悪くなるなら私も遠慮したかもしれない。  しかし、そうはならないという確信があった。

 前回のループで見た母の態度。  あの反応を見るに、間違っても気分が沈むとは考えられなかった。

「構わないわ。言ってみなさい」 「お母様の、ご家族についてです」 「—―なに。どうしたのよ急に」

 案の定というか、母は訝しげな顔をしつつも気分が沈むような兆候は見られなかった。

「実は、お父様からお母様のご家族のことを聞きまして」 「—―――。あの人はなんて言ってたの?」 「……その、黒染病で亡くなった、と」

 ここでじっと、母の反応を見やる。  母は面食らったような表情をしたのち。

「ぷ」

 と、笑い出した。

「そう。あの人はそんな風に言ったのね」

 母の表情、態度、言葉。  父の言葉に怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも楽しんでいるのか。  どういう意味にも捉えられ、いまいち心境が掴めない。

「お母様。それは本当なんでしょうか?」 「ええ。あの人がそう言うのなら、そうよ。それがなに?」

 疑問形だが、母の言葉にはピリオドの意味が込められていた。  これ以上は聞くな。母の言葉が、態度が、視線が、雄弁にそれを語っていた。

「—―いえ。聞きづらいことを聞いてしまって申し訳ありません」 「いいのよ。けど、もう聞かないでね。私はもちろん、あの人にもね」 「はい」

 消化不良の謎だけを残し、聞き取りは終了した。

 ▼

 自室に戻った私はそのままベッドに身体を投げ出した。

「さて、どうするか」

 二人からはもう情報を得られそうにない。  しかし、浮気イベントを突破できそうな決定的な情報は掴めていない。  このループは早々に諦め、次のループで質問内容を変えた方がいいのかもしれない。

「……いや。まだ手はある」

 父と母の話からすると、黒染病の流行した時期に何かあったことは間違いないはず。  個人間の話ならともかく、教科書に載るような出来事なら調べる手は残っている。

 黒染病が流行した時期のことをもっと詳しく書いている資料を調べれば、何か出てくるかもしれない。  その資料がある場所については、心当たりがあった。

 王宮の資料室。  そこには歴史の教科書よりも詳しい当時の状況を調べることができる。  しかし、資料室に入るには特別な許可が必要だ。

 その許可を容易く手に入れる手段を、私は持っていた。

「久しぶりに婚約者を頼るとしようか」