翌日はいつも通りにオズワルドが迎えに来てくれた。
「オズワルド様。お元気になって良かったです」 「よくない! どうして見舞いに来なかったんだ!?」
ものすごい勢いでそっぽを向くオズワルド。 やはり風邪は軽いものだったらしく、体調が悪かったとはとても思えないいつも通りの彼だ。
「婚約者ならすぐさま飛んできて、尽きっきりで看病するのが当たり前だろ!」 「……」
以前までの私ならここで青筋を浮かべていたところだが、家庭教師とのやりとりを経てオズワルドへの理解が進んだ。 言葉こそ高圧的だが、彼はけっこう私に懐いている。
さっきの言葉を正しく解釈すると、「寂しい思いをしていたのにどうして来なかったんだ!?」になる……と思う。
そう考えると、年齢相応の子供に思えてかわいい――
「申し訳ありません。私もちょっと咳が出て風邪っぽかったので」 「言い訳するな! 咳が出ようと熱があろうと這ってでも来るのが当然だろう!?」 「それだとオズワルド様に感染っちゃいますよ」 「感染らないように看病するくらいできるだろ!」
――とはさすがに思えないが、まあ怒るほどのことでもないか、と納得できる。 ……。 私は納得している。 我慢なんてしてない。してないぞ……。
私は馬車の中で正面に座るオズワルドに向かって、膝を叩いて見せた。
「申し訳ありませんオズワルド様。全快祝いとお詫びを兼ねて、膝枕でもいかがですか」 「する!」
滑りこむように膝に頭を乗せるオズワルド。 ……元気いっぱいなようで何よりだ。
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「ところでオズワルド様。ご相談したいことがあるのですが」
膝枕でオズワルドの機嫌を良くしたところで、私は頼みごとを口にした。
「資料室に入らせてほしい?」 「はい。どーーーしても調べたいことがありまして」
このお願いをするのは、私の主観では二度目になる。 一度目はお姉様が奇病に侵されたとき。 あの過程で、スライムの生態を調べるために使わせてもらった。
今回、私が欲しい資料は歴史書だ。 父と母が出会う前後にクレフェルト王国内で流行した黒染病。 その詳細を調べたい。
「私だと入室許可が下りないので、オズワルド様にお力添えいただけないかな……と思いまして」 「いいだろう! 僕が頼めばそんなものすぐに許可してもらえるぞ! なにせ僕は偉いからな!」 「ありがとうございますオズワルド様! さすが! すてき! かっこいい!」 「はぁーっはっは!」
適当に褒めまくると、彼は膝に頭を乗せたまま高笑いした。 ……ちょろい。
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とんとん拍子で資料室への入室許可を得ることができた。 そこまではいいのだが……。
「どうしてオズワルド様まで?」
振り返ると、そこにはオズワルドの姿があった。 彼の胸には『資料室・入室許可証』と大きく描かれた札がぶら下がっている。 子供が使うことを想定していないせいか、やけに許可証が大きく見えた。
「僕がいちゃ悪いか!?」 「いえ悪くはないですが……オズワルド様が面白いと思えるようなものはないと思いますよ」
やんわりと退出を促す。 実際、小難しい本ばかりでオズワルドにはつまらないはずだ。 庭でオー爺と遊んでいる方がよほど楽しいだろう。
「お前が本を汚したり破いたりしたら大変だからな! 僕が見張っててやる!」 「……」
私は子供か。 いや子供なんだけど。
「分かりました。ではご自由に見張っててください」 「うむ!」
オズワルドの視線を感じながら、私は目的の資料がある棚を漁った。
「じー」 「……」 「じーっ」 「…………」 「じーーっ」 「………………」
じろじろ見てくるオズワルドに不快感を覚えつつ、集めた資料を持って備え付けの机に座る。
「何を調べているんだ?」 「私たちが生まれる前、病気が流行したことは知っていますよね?」 「もちろん知っている。僕は賢いからな。黒染病だろう!」 「正解です」 「ふふん!」
対面に座りつつ、ふんぞり返るオズワルド。 別のルートでは監禁してムリヤリ知識を詰め込んだりもしたが、今のルートではそういうことはしなくて良さそうだ。
「ちょっとそれについて調べたくて」 「どうしてだ?」 「お父様が仰ってたんです。とっっってもこわーい病気だって」 「ほう」 「だから前もっていろいろ知っておきたいなと思いまして。ある程度知識があればいざという時も冷静に行動できるかな、と」
オズワルドの口は鍵の壊れた扉も同然だ。 本当のことなんて言えばどういったルートでどこに伝わるか分かったものではない。 なのでほどほどに本当っぽいことを挟みつつ、堂々と嘘を吐いた。
「心配するな! もしソフィーナが病気になったら僕が尽きっきりで看病してやる!」
昨日のオズワルドのように、私も年に何度かは体調を崩すことがある。 まだ身体が成熟していないこともあるし、子供に風邪はつきものなのでこれは避けようがない。 本来のシナリオであるAルートではお姉様が風邪を引いても無視していやがったが、今のBルートでは一応見舞いには来てくれる。
……もっとも、いつもの調子で暴れるし私に命令してくるしで、あれが見舞いと言えるかはかなり微妙だが。 むしろ余計に体調が悪化しているような気がする。
「わー。それはとっても頼もしいですー!」
虚無の表情になりそうなところを気合いで笑顔にしながら、私は国歴二百七十九年についての記録を調べ続けた。
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「ふぅ」
ひととおり読み終え、本を閉じる。 結論から言うと、父や母の証言を裏付けるようなものも、逆に嘘だと断じれるような記述もなかった。
まあ、ダメでもともと――というつもりではあったし、こういう徒労には慣れっこだ。 落ち込むこともなく席を立つ。
「くかー」
正面のオズワルドはいつの間にか眠っていた。 途中までは私にちょくちょく話しかけてきていたが、飽きてしまったらしい。
本を所定の位置に戻し、さてどうしようかと首をひねる。 現状、浮気イベントを突破できる決定的な情報はまだ揃っていない。
戻ってまた父と母に同じ質問を繰り返すか、それとももう少しこのルートを進めるか。
(他に聞ける人もいないしなぁ)
現状、聞ける人物には全員聞いて回っている。 オー爺はその当時、まだクレフェルト王国に戻ってきていないので何も知らない。 家庭教師は親から「外に出るな」と厳しく言いつけられた記憶が残っているだけ。 アレックスはまだ三歳か四歳くらいだ。さすがに何も覚えていない。 イグマリート家の使用人たちなら何か知っているかと期待したが、当時から勤めている人間は一人もいないため皆似たり寄ったりな答えしか返って来ない。
「戻るしかないか……」
何かを知っていそうな父と母に繰り返し聞く案しか思い浮かばなかった。 一発ですべてを打開できるような策があればいいんだが……そんなものが都合よく降ってくるわけでもなし。 そもそも私の頭ではそんな天才のひらめきみたいなことが起きるはずもない。
「『戻――』 いや、待てよ」
いつもの言葉を言おうとして、ふと立ち止まる。 ちょうど明日、数週間ぶりにノーラと会う約束をしている。 どうせ戻るなら、お菓子をご馳走になってからにしたほうがいい。
なんだかんだですっかり胃袋を掴まれていることに苦笑しながら、今日は普段通りに過ごそうと思い直した。
「オズワルド様。起きてください」 「んぁ」 「もう出ましょう。立てますか?」 「むりだぁ」
情けない声を上げてしなだれかかってくるオズワルド。 さっと避けてやりたかったが、ぐっと我慢する。
「おんぶして、ベッドまで運んでくれぇ」 「おんぶは無理です。肩を貸すので、歩いてください」
オズワルドの脇の下に頭を入れ、ふらふらの彼を立たせる。 戦場で負傷者を担ぐ衛生兵のようにしながら、ゆっくりと出口へと向かう。
あと少しで手が届く――というところで、扉がひとりでに開いた。
「おや。ソフィーナ嬢ではないか」
入って来た人物は、この国を統べる王。 エルヴィス陛下だった。