最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#123 第二十七話「親として」


 エルヴィス陛下には数多くの呼び名がある。  『奇跡の担い手』『豪傑』。  そして……『賢王』。

 どれもエルヴィス・クレフェルトという人物を端的に表現したものだ。  冷静に、そして時に冷血な判断でまつりごとを行う指導者。

 クレフェルト王国を発展させた良い王であることは間違いないが――私の目から見た彼は、それらの人物像には当てはまらない。

 下した決定を後から掘り返し「本当に正しかったのだろうか」とひとり自問自答し、思い悩む。  それを表に出したら付け込まれるのでは、と疑心暗鬼になり、側近を含めた誰にも心中を打ち明けない。  薄氷のような上辺の自信を貼り付け、責任感だけで王をこなす小心者。

 私が彼を一言で表現するならば、ずばり『脆い人』だ。  その弱さが巡り巡ってお姉様を殺すイベントに繋がることもある。

 ▼

「陛下っ――うわっ、と」 「そのままでいい。手を離したら息子がずり落ちてしまう」

 無意識に敬礼の姿勢を取ろうとして、オズワルドの身体がぐらりと揺らいだ。  それを見た陛下は苦笑する。

「恐縮です」

 私は、お姉様に害を与える人間を嫌っている。  平民だろうと、貴族だろうと、親だろうと関係なく、お姉様に死を運ぶ存在を敵と見なしている。

 エルヴィス陛下もシナリオ次第では厄介事を持ち込んでくる。  私が定めた「嫌いな人」に該当する人物ではあるが……こと彼に限っては、そこまで敵視はしていない。

 脆かろうが何だろうが、これまでクレフェルト王国を安定的に成長させてきた実力は本物だ。  彼の存在がなかったら国という土台が大きく揺らぎ、もっと別の厄介なイベントが発生していたかもしれない。  陛下が原因で発生するイベントと、彼が未然に防いでいたであろうイベント。  それらの数を合計すると、防いだイベントの方が圧倒的に多い。

 そう考えると、むしろ好ましいとさえ思えた。  また、彼が原因で発生するイベントも攻略が容易ということも評価を高める一助となっている。

 アレックスの才覚を認めさせ、早期に王位を渡す決断をさせる。

 ただそれだけで、エルヴィスはお姉様に一切の害を与えない。  一挙手一投足がお姉様に害を与えるオズワルドとは大違いだ。

「何か調べ物でしょうか?」 「ああ。君もか?」 「はい」 「むにゃ……ソフィーナぁ。ベッドはどこだぁ」

 寝ぼけて私の首筋に頬をすり寄せてくるオズワルド。

「ふふ。オズワルド様。まだですよ」 (この……じっとしろ!)

 不快指数は上限を振り切っていたが、気合で表情に慈しみをねじ込む。

「いつも愚息が世話になっている」 「愚息だなんて仰らないでください。オズワルド様はとっても素敵な方です。お傍にいさせていただいて、私はとても幸せです!」

 ボエ!  久しぶりに吐いた純度100%の嘘。  喉元にせり上がってくるものを堪えながら、にこにこ笑顔を貼り付ける。

「ソフィーナ。何かしてほしいことはないか?」 「……と、おっしゃいますと?」 「君のおかげでオズワルドが勉学やその他に励むようになった」

 陛下は目を細め、むにゃむにゃ言っているオズワルドを見やった。  私が見たことのない、優しい親の表情だ。

 本来のルートでは、陛下とオズワルドの関係はどこか希薄だった。  オズワルドの成長は早々に諦めていたが、親心ゆえに切り捨てることができない。  折衷案として、半ば放置のような状態になっていたはずだが……。

(そういえば、陛下ともよく話をしているみたいだな)

 オズワルドが真人間になりつつあることで、エルヴィス陛下にも影響が出ている。  以前のシナリオとは違う、明らかな変化の兆しが彼の表情から垣間見えた。

「以前の誘拐の件もある。その恩には報いたいと前々から思っていたところだ」 「何をおっしゃるんですか。婚約者として当然のことをしたまでです」

 誘拐の件に関して、そもそもの発端――オズワルドを連れ出したのは私だ。  本来ならそれなりの罰を受けるところをお咎めなしで済ませてもらっている。  なので、陛下からこれ以上何かをしてもらう義理なんてない。

「それでも、だ。息子の命の恩人に報いるのは当然のことだろう」 「しかし……」 「ソフィーナ。これは王としてではない。一人の親としての礼だ。どうか受け取ってはくれないか」 「……そこまでおっしゃるのであれば」

 とはいえ、陛下にしてもらいたいことなんてあるだろうか。  子供である現時点で叶えてもらえる願いなんて範囲が限られている。  ここは保留にして、将来のための貸しとしていた方が得かもしれない。

(—―いや、あるじゃないか)

 一度出た結論を、頭を振って払い除ける。  今、私が最も欲している情報。  彼ならばそれを知っているかもしれない。

「陛下。黒染病について、いくつかお伺いすることは叶いますでしょうか」 「—―っ。それをここで調べていたのか?」 「はい」 「……」

 彼にとっても当時はあまり良い記憶ではないらしい。  黒染病という単語が出た瞬間、眉間にシワが寄っていた。  ……これは、聞き方に気を付けないと答えてもらえないかもしれないな。

「……それについてなら、不安に思う必要はない」 (ん?)

 質問の切り口をどうしようかと考えていると、陛下は急に脈絡のないことを口走った。

「イグマリート家では不幸が続いたが、あれは偶然だ。君の家系が黒染病に弱い、ということではないぞ」 「……え」

 不幸?  偶然?  家系?  何のことを話している?

 ぽかんと口を開ける私に、陛下は眉をひそめた。

「イグマリート家は君の父を残して黒染病でみな死んだ。その話じゃないのか?」

 ――え?