最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#124 第二十八話「行動原理」


 呆けた様子の私を見て、エルヴィス陛下はすぐに察した。

「もしや、君の父――レブロンから何も聞かされていないのか?」 「初耳です」 「……」

 陛下は決まりが悪そうな顔をした。  どうやら今のは失言に分類されるものだったらしい。

「すまない。忘れてくれ。では」 「お待ちください」

 きびすを返して颯爽と立ち去ろうとする陛下。  私は彼の服の裾をむんずと掴み、歩みを止めさせた。  前に出て通せんぼをしたかったが、オズワルドを支えているのでこうするしかなかった。  王を引っ張って止めるなど無礼以外の何物でもないが、幸いなことに私はまだ十歳だ。  見ている人もいないし、たぶん許してもらえる。はず。

 それよりもさっきの話だ。

「今の、黒染病で亡くなったというイグマリート家の人たちの話を聞かせてください」 「言い間違いだ。忘れてくれ」

 にべもなくそう告げられる。

「してほしいことはないかと先ほど仰られたではありませんか。一人の親としての礼――という話はどこに行ってしまったのですか」 「他にしてほしいことを言ってくれ」 「ありません。今は黒染病について知りたいんです」 「……私から言えることは、ない」 「そうですか」

 陛下は頑なな態度を崩さない。  しかし、ようやく掴みかけたヒントだ。  ここで「はいそうですか」と簡単に諦める訳にはいかない。

 最悪、王家との関係が悪化したらリセットすることも念頭に置きつつ、私は彼から手を離した。

「それなら仕方がありませんね。これ以上、陛下にはお尋ねいたしません」 「すまないな」 「だいじょーぶですっ」

 私は、にぱ、と笑みを浮かべながら、ずり落ちそうになってきたオズワルドを抱え直した。

「家に帰ったらお父様に聞いてみます」 「そ、それはならん!」 「どうしてですか? 陛下にお伺いできないのであれば、お父様に聞くしかないではありませんか」

 動じることなくそう返すと、陛下は「うぐ」と言葉に詰まった。

「陛下。私はただ知りたいだけなんです。昔、何が起きたのか」 「……」 「他言は絶対にしません。何か要求があればそれも聞きます」 「……」 「ですからどうか、教えていただけませんか」 「……誰か。誰かおらんか!」

 陛下が大きな声で従者を呼びつけた。  つまみ出されてしまうのかと身構えたが、そうはならなかった。

「はっ。ここに」 「オズワルドをベッドまで運べ」

 扉の外で待ち構えていたのでは? と勘ぐってしまうほどの速度でやって来た使用人に短く命令する。

「ソフィーナお嬢様。オズワルド殿下をお預かりいたします」

 オズワルドを引き渡すと、ずしりと肩にのしかかっていた奴の体重が消える。  身軽になった私に、エルヴィス陛下は椅子に座るよう促した。

「ずっとオズワルドを抱えたままだと話もできんだろう?」 「では……!」 「……こうなった以上は仕方あるまい。あの時、何があったかを話そう」 「ありがとうございますっ」

 畏れ多いと思いつつ――無礼はさっき働いてしまったし、今さら気にしたところで、だが—―、陛下の正面に座る。

「では、よろしくお願いします」

 陛下は、ふぅ、と大きく呼吸をしたのち、ゆっくりと語り出した。

「さっきも言った通り、イグマリート家は君の父を残してみな死んだ」

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 かつてのイグマリート家の家族構成はこうだった。  当主ダリオス。  長男オルフェウス。  次男バルトラン。  三男エルドリック。  四男レブロン。  それから、妻が数名。

 父以外はみな、死んでいる。

「父にご兄弟がいたなんて、初めて知りました」 「一時は緘口令かんこうれいも敷いていたからな」 「黒染病で亡くなられたから、ですか?」 「ああ」

 当時は黒染病についての理解も進んでおらず、罹患者を出すと家ごと後ろ指を差されることが当たり前だったらしい。  そんな情勢で、一人を残して全員が病死すれば……どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

「私自身、手が回らなかったこともある。レブロンは相当な苦労をしただろう」

 陛下曰く、当時の父は特段目立つ人物ではなく、兄たちの影にひっそりと隠れるようにしていたらしい。  目立たないというのはやんわりとした言葉で、要するに「当主の器たる人物ではない」と言いたいのだろう。

 しかし父は当主になった。  ならざるを得なかった。

 まだまだ現役だった当主と兄たちが病死したことにより、意図せず。  優秀さで選ばれたのではなく、消去法で。

「噂も完全に封じることはできなかった。イグマリート家は黒染病に罹りやすいのではないか、という話が巷では囁かれた」

 懇意にしていた商家や貴族たちも次々と離れ、イグマリート家は孤立することになる。

「まだ若く経験もないレブロンには相当な重荷だっただろう」 「……」

 当主の経験はないが、当時の父の心境はなんとなく想像できた。

 まだループを始めて間もない頃、激しいプレッシャーを感じていた時期があった。  選択肢ひとつで人の運命が、生と死が変わることに。  その時の私は酷いものだった。  重りを付けられたように身体の動きが緩慢で、手の震えが止まらなくて、胃の中に何もないのに吐き気がこみ上げてきて、何もしていないのに涙が溢れてくる。

 お姉様にどれだけ心配をかけたことか。  細かな状況は違うが……きっと、父もその時の私と同じような気持ちだったのだろう。

「誰もが凋落すると思っていた。しかしレブロンはあらゆる重圧を跳ね除け、イグマリート家を立て直した」 「すごいですね」

 そういえば、父はやたらとイグマリート家が繁栄することにかなり執着していた。  私はそれを野心家だからと断じたが……もしかして、本当の理由は別にあるのかもしれない。

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「お話して下さり、ありがとうございました」 「今回の話はくれぐれも内密に頼む」 「もちろんです」

 本来、この話は私が成人する頃に父から聞かされるはずの話だ。  私が黒染病を調べていると聞き、エルヴィス陛下が早とちりをしたおかげで掴めた情報ではあるが……イベント解決のヒントになるか、と言われると何とも言えないところではある。

「それにしてもお父様はすごいですね」

 ヒントはなくとも収穫はあった。  あまり良い印象を抱いていない父だったが、同情と尊敬を向けられる部分があることを発見した。  これからはより父に優しく接せる……と、思う。

「レブロン自身の努力もあるが、ソニアの献身もあっただろう」 「母の?」 「ああ。彼女の慧眼けいがんはかなりものだ」

(はぁ?)

 母のことを慧眼、と評価する陛下に私は首をひねった。  私が母に抱いているイメージはずばり「プライドが高く、感情的でヒステリック」だ。  同姓同名の別人のことを言われているかのように、イメージが全く合わない。

「ちなみにですが、母のどの辺りが慧眼だと思われますか?」 「猛反対を押し切ってレブロンと結ばれたことだ」

 ……猛反対?  母から聞いた話では、財政難の実家を救うためにイグマリート家に嫁入りしたはず。

「もともとソニアはレブロンの婚約者ではなかった」 「……!? では、誰が?」 「ソニアの姉だ」 「母の、お姉様?」

 話を要約すると、こうだ。  もともと父の婚約者は母の姉だった。  母の姉は凋落がほとんど確定した家に嫁ぐのは嫌だ、とごねて婚約を解消しようとした。  そこに待ったをかけ、割って入ったのが母だ。

 母は、もともと別の人との婚約が決まっていたらしい。  当時はそちらの方が有望だったため、実家は猛反対。  それでも母は聞き入れず、結局姉と婚約者を交代させたらしい。

 自分勝手な母に、母の実家は大激怒。  半ば勘当のような形で縁を切ったらしい。

「凋落寸前の家へ嫁入りする。レブロンの将来性を見越していなければできないことだ。これを慧眼と言わずして何と言う?」

 母は公爵家の妻という名声が欲しくてイグマリート家に嫁いだんじゃない……?  父と同様、私は母の行動原理を勘違いしている……?

 ……もう一度、母に話を聞かなければならない理由ができた。

「お母様もすごい方だったんですね」 「ああ。ソフィーナも間違いなくその資質を受け継いでいると思うぞ」 「どうしてそう思われるんですか?」

 断言するかのような言い方が気になり、尋ねてみた。

「黒染病の話を聞き出そうと躍起になった時の目、ソニアにそっくりで少し背筋が冷えたよ」 「……あ、ありがとうございます」

 母に似ていると言われたのはこれで何度目だろうか。  全く嬉しくないが、とりあえず笑顔で誤魔化してそそくさと帰路についた。