最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#126 第三十話「ヤンデレ」


「—―と、いう訳だ」

 翌日。  ノーラといつもの橋の下で会い、私はここ最近で入手した情報をまとめて彼女に共有した。

「思っていた以上にいろいろあったんだね。びっくりだよ」 「本当にな」

 父のことも母のことも、私は見当違いな人物像を描いていた。  父に関しては「イグマリート家の繁栄にこだわる」という所は合っていたのでまあいいとして……問題は母だ。

 毎夜、父と会話しているのも。  父のすることに意を唱えないのも。  浮気が発覚したときに烈火のごとく怒り狂うのも。

 それらはすべて、ひとつの感情から生まれた行動だった。

「まさか本当に父のことが好きだったなんて……」

 公爵家の妻という自分の格を守るためじゃなく、もっと単純で、明快で、よく母を見ていれば見抜けたものだ。

「ずっと一緒にいたのに気付かなかったの?」 「……言葉もありません」 「えっ、いやいや、責めてるわけじゃないよ!?」

 純粋なノーラの疑問が、まるで鋭利なナイフのように刺さった。  具現化したかのような幻肢痛に見舞われ、思わず胸を抑えてうずくまる。

「そんなに落ち込まないで! 灯台下暗しって言うじゃない!?」 「……ごめんなさい。出来損ないでごめんなさい」 「あぁ~! ソフィーナ! ほらほらクッキーあげるから元気出して!?」

 背中をよしよしとさすられ、クッキーを口に押し込まれる。

「どう!?」 「……おいしい」 「元気出た!?」 「……うん」 「よかった。それじゃ、お母さんのことはもう気にしな」 「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」 「あぁ!? しっかりしてソフィーナ! 気を確かに!」

 ▼

 しばらく呆けること数時間。  ノーラによしよししてもらったり、追加でお菓子を持ってきて食べさせてもらったり、膝枕をしてもらったり等々でようやく落ち着きを取り戻す。

「よかった、やっといつものソフィーナに戻った……」 「醜態を晒してごめん」

 普段の私ならこの程度のことで落ち込みはしない。  失敗が親友な私にとって、人の感情を読み間違うくらいあって当然。  失敗の内にも入らないような出来事だ。

 なのにこんなにも気分が沈んでしまった原因は、読み間違えていた相手が両親だったからだ。

 学園で出会う敵とかだったら接触頻度も少ないし「まあ仕方ないよな」で済むが、ほぼ毎日顔を合わせるとなると話は変わる。  ひとつ屋根の下で暮らしていて、ずっと寝食を共に――すべてのループを合わせれば、それこそ数百年単位で――していたのに、行動原理を勘違いしていた。

 少し気を付けて見ていれば簡単に気付けたのに。  少し言葉をかわせば容易に理解できたのに。

 勝手に理解した気になって「バカな両親」なんて下に見ていた。  本当のバカは私だ。

 こんなに落ち込んだのは久しぶりだ。  十数年越しのイベントをほんの一瞬、くしゃみをしたせいでご破算にした時よりもショックは大きかった(その失敗をした時は三日三晩、ベッドの上から動けなかった)

「そういう時もあるよね。私もⅠのトゥルーエンドで何回も失敗して泣きを見たから分かるよ~」

 うんうん、と共感を示すノーラ。  今回、たった数時間で回復できたのは間違いなく彼女のおかげだ。  もし彼女の慰めがなかったら、それこそ一週間は寝込んでいたかもしれない。

 理解者がひとりいるだけでこんなにも心が救われるとは知らなかった。

「よし」

 パチン、と頬を叩いて気を取り直す。

「作戦会議だ」

 ▼

 母の行動原理は「父への愛のため」。  その前提のもと、今回のイベントを俯瞰して見てみる。

 発端となった母の凶行。  以前は説明がつかなかったが、父を心から愛しているとなるとある程度理由が見えてくる。

「ソフィーナのお母さんはヤンデレなんだね」 「ヤンデレ?」 「好きな人のことになると病的になっちゃう人のことだよ」 「……なるほど」

 母の気質を表すにはこれ以上ないほどぴったりな表現だ。  なにしろ父のために血の繋がった家族を見捨てるくらいだからな。

 母をヤンデレと仮定すると、先日の浮気イベントの結末にも説明がつく。  機嫌がよろしくないところに父の浮気を知ってしまったら……自暴自棄になり、刃物を持ち出したくもなるだろう。

 思えば、母の機嫌が悪い時――要するに、意図しないタイミングで浮気イベントが発生したとき、高確率で父は死に至っている。  その時点で失敗と見なして「戻って」いたが……あのままイベントを進めていたら、きっと私やお姉様にも手が伸びていたんだろう。

 あと、いつぞやのループで母が私にかけた言葉。

 ――そうね。見た目は確かに似てないわね。けど、中身はよく似てると思うわ。  ――なにせ、オズワルド殿下の婚約者になったのだから、ね。

 あのときは何を言われたのか理解できなかったが、今なら分かる。  理由はどうあれ『姉から婚約者を奪ったこと』を、過去の自分と重ね合わせていたんだろう。

 ……オズワルドの婚約者となった私に母が妙に優しかったのも、成績優秀だけが理由じゃない気がしてきた。

 おおよその疑問が氷解していくが、新たな疑問も浮かんでくる。

「どうしてお姉様にはあんなに厳しいんだ?」

 どうも母はお姉様への当たりが厳しいように思える。  以前はオズワルドの婚約者だからだと思っていたが、Bルートでも相変わらずだ。

 好きな人との子供なら、可愛く思うのが普通じゃないのだろうか。

「どうなんだ、ヤンデレ博士」 「うーん。レイラってお父さん似?」 「いや。ほとんど母に似て……あ」

 お姉様の顔の造詣はほとんど母から受け継いでいる。  けれど一点だけ、父に似ている部分がある。  目元だ。

「それだよ」

 それを伝えると、ノーラは、ぽん、と手を打った。

「好きな人と目元が似ているから、きっと羨ましいんだよ」 「いや、さすがにそれはないだろ」 「あると思うよ」

 自分の好きな人に目元が似ている。  そんなことくらいで自分の娘に嫉妬するものなのか?

「そういう人もいるってこと。ソフィーナのお母さんも自覚してないかもだけど」 「怖いな、ヤンデレって」

 我が母ながら恐ろしい。  ぶるりと震えていると、いやいや、とノーラは手を横に振った。

「ソフィーナもその気質あると思うよ」 「どうしてそう思うんだ?」 「ソフィーナ、お母さんに似ているって言われない?」 「!?」

 図星を付かれ、私はうめいた。  父、母、そして陛下。  ここ最近、複数の人から事あるごとに「母に似ている」と言われている。  イベント攻略には無関係だと思い、この話はノーラにしていないのに、ノーラまでそんなことを言い始めた。

 探偵に推理で追い詰められる犯人のように、私の背中をひやりとしたものが走った。

「ソフィーナもヤンデレっぽいなって思ってたから。お母さんの話を聞いて、なんか繋がった感じがあったの」 「私のどこにそんな要素が!?」 「どこって言われると困るんだけど……なんとなく?」 「なんとなくで人をヤンデレ扱いするな!」

 頭をわしゃわしゃして抗議する。

「ごめんごめん。ソフィーナに好きな人ができたら答え合わせしよ?」 「そんな未来はないっ」

 私がオズワルド以外の男と結ばれることはない。  となるとオズワルドを好きになるしかないが……それは絶対、ありえない。

「私は母に似ていないし、ヤンデレでもないからな!」 「うんうん。今はそういうことにしとこ」 「くぅ……! 証明できないけど、否定もできない」

 もどかしい気持ちを抱え、私は唇を噛みしめた。