最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#128 第三十二話「夜更かし」


 その日の夜、さっそく私は行動を開始した。

「ねえあなた――」 「おかーさまっ。お話ししましょ」

 父への進路を遮り、手を引っ張ると露骨に嫌な顔をされる。  父に話しかけたよりも数段低い声で、

「ソフィーナ。私はこれからあの人と大切な話が――」 「いいじゃないかソニア。ソフィーナの話を聞いてやりなさい」 「……っ。あなたがそう言うのなら」

 ぎり、と歯噛みし、私を睨む母。  以前はこの表情を見るたび嫌な気分になっていたが、今はむしろ微笑ましく見えてしまう。  母の機嫌は山の天気くらい読めないものだとばかり思っていたが……こうして母のことを知るとどうして不機嫌になったのか、手に取るように分かってしまう。

 ――私とあの人、二人きりの時間を邪魔して……!

 まるで心を読む魔法が使えているのではと錯覚してしまうほどだ。

 少しでも父のそばにいたい。  ひと時でも父と話がしたい。

 母の頭の中には本当にそれしかないのだろう。  ……そう考えると、あれだけ憎たらしいと思っていた母が急に可愛らしい存在に思えてしまう。

「ぷぷ」 「何を笑っているの!?」 「あ、いえ。何でもありません」

 私たちのやりとりを見て、父がにこりと笑う。

「はっはっは。仲が良くて何よりだ」

 父とは反対に、ハラハラした顔でこちらを見やるお姉様。  心配させないように目配せをしてから、私は母に向き直った。

「ごめんなさいお母様。けどどうしても相談したいことがあって」 「なによ」

 どか、と音を立てて椅子に座り直す母。  父に見せていた表情は抜け落ち、眉間にシワを寄せてこちらを睨んでくる。  不機嫌さを隠そうともしないが、一応話は聞いてくれる。  これも父に「そうしなさい」と言われたからだ。

「夫婦円満の秘訣を教えてください」 「—―急にどうしたの」

 そっぽを向いていた視線が戻ってきた。

 ▼

 今回のイベントを攻略する前まで、母との会話は極力避けていた。  何がきっかけで不機嫌になるか分からなかったからだ。  こっちは普通に話しかけたのに、いきなり怒鳴られる。  モヤモヤした気分にさせられるのなら、いっそ話しかけない方がいい。  そう思っていた。

 しかしよくよく思い返してみると、母の機嫌が急に変わる時はいつも父が絡んでいた。  絡んでいる――と言っても大雨で帰宅時間が遅れるとか、急な仕事で休日がなくなってしまったとか、本当に些細なものだ。  まさかそれが理由だとは思いつきもしなかった。  けれど、たったそれだけで不機嫌になってしまうのが母なのだ。

「—―という訳で、オズワルド様を将来しっかり支えられるよう勉強に取り組んでいますが、まだまだ不足を感じていまして」 「それで私にどうすればいいか相談したい、と」 「はい。なんといってもお父様とお母様は私の憧れの夫婦ですから!」 「そうかしら」

 長い髪の毛を後ろに流す母。  憧れの夫婦、と言ったあたりから急に機嫌が良くなる気配を感じ取る。

「仕事のサポートはもちろん、プライベートでもラブラブ! 将来はお父様とお母様のような家庭を築くのが夢なんです!」 「そう。そうなのね」

 仏頂面が崩れ、にんまりとした笑みがこぼれ出す。  その笑顔を見て、やはり、と確信する。

 母は自分の愛情が父に伝わっていると思っている。

「これと言ったコツはないけれど……普段、私が心がけていることを教えてあげるわ」 「ありがとうございます!」 「まずは心得その一。毎日二人で話す時間を設けること。これは多ければ多いほど良くて――」

 良妻の心得を語り出す母。  メモを取りつつ、私は頭の中で別のことを考えていた。

 父と母、二人の感情の交錯。  母→父の成立は確認できた。

 次は父→母のほうだ。  私の予測が正しければ、ここに行き違いが生じている。

 それさえ確認できれば……このイベントの攻略法は見えたも同然だ。  今夜中に父と話がしたい。

「心得その八。適度に触れること。抱きしめるとか、そういう大げさなものでなくていいの。肩や肘に少し触れるだけで十分よ」 「ふむふむ」

 早めに話を切り上げたいが……得意げに語る母を遮るのもなんだか悪い。  こちらから尋ねたんだし、最後まで付き合おう。

 心得といっても、そんなに多くはないだろうし。

 ▼

「—―心得その四十七。予定は繰り返し頭に入れておくこと。夫が忘れても、妻が忘れることがあってはならないわ」 「……はひ」

 母が語る「良妻の心得」は、私の予想を大幅に超えてたくさんあった。  ちらり、と時計を見やると、話し始めてから二時間以上が経過していた。  父と話す時間が……!

「心得その五十一……」

 まだあるのか……と、さすがに辟易しはじめた頃、これまで水も飲まずすらすらと話していた母が言葉に詰まった。

「……いえ、ここでやめておきましょう」

 さすがに時間が経ちすぎていると思ったのか、母は自ら話を切り上げてくれた。

「そ、そうですね。また次の機会にお願いします」 「そうね。あなたが学園を卒業する頃にまた教えてあげるわ」

 学園の卒業?  待ち遠しい訳ではないが、どうして八年も期間を空けるんだろうか。  訝しむ私に、母はいつものように、ぺち、と扇子を私の頭の上に乗せた。

「心得その五十から先は、まだあなたの歳で知るのは早すぎるから」 「……あ、はい」

 なんとなく心得の内容を察した。  私はぺこりと頭を下げてから、そそくさと食堂を後にした。

 ▼

(さすがにもう寝てるか)

 一縷の望みを賭けて父の寝室をノックしてみたが、反応はなかった。

(今日中に確認を終えたかったんだが……仕方ないか)

 明日の朝、無理やりにでも時間を作って聞き出そう。  きびすを返して自室に戻ろうとしたとき、廊下の角から、ぬっ、と人影が現れた。

「ソフィーナ? どうしたんだこんな時間に」 「お父様?」

 思わず父の寝室を見やる。

「寝る前にトイレに行っていたんだ」 「ああ、なるほど」 「こんな時間まで夜更かししているとは関心しないな。早く寝なさい」

 ぽん、と頭に手のひらを乗せる父。  その手を掴み、私は問いかけた。

「お父様。お聞きしたいことがあるんです」 「今日はもう遅い。明日にしなさい」 「お願いします。ひとつだけ聞かせてください」

 きゅ……と手を握りしめると、父はため息をつきつつも付き合ってくれた。

「ひとつだけだぞ。聞いたらすぐに寝るんだ」 「ありがとうございます」 「で、なんだ?」

 口のうまい父に下手な回り道は逆効果だ。  私は真正面から疑問をぶつけた。

「お母様のこと、愛していますか?」