「—―もちろんだ」
父は私の質問に淀みなく答えた。 表情には「どうしてそんなことを聞くのか」という戸惑いこそあるが、特段おかしな点は見当たらない。
父も母を愛している。 二人は理想的な相思相愛な夫婦、というわけだ。
「やっぱり!」
にぱ、と笑いながらはしゃぐ仕草をする。 表向きはそう装いつつも、父の言葉をそのまま受け取ってはいなかった。 むしろ逆で、父は嘘をついているという確信を得ていた。
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貴族は嘘つきが多い。 権力争いが渦巻く貴族社会では、ありのままの自分をさらけ出すことは紛争地帯を寝間着で歩くことと同義。 それらから身を守るため、貴族は嘘という鎧を装備する。 嘘と貴族は切っても切れない関係にあるのだ。
イグマリート家では起きないが、後継問題を抱えている家では親兄弟が敵になることだってある。 たとえ家族であろうと、軽々に本心をさらけ出すようなことはしない。 当主として先頭に立つ父は、当然のように嘘をつくのが非常に上手い。
「急にそんなことを聞くなんて、何かあったのか?」 「実はさっき、お母様に夫婦円満の秘訣を聞いていたんです」
嘘をつく人間はどこかしらに違和感が出てくる。 表情、仕草、呼吸。 父はそれらのどこにも違和感が見当たらない。 あの時、ぽろりと鎧の隙間から漏れた父の本心。
――本当にそうなら良かったんだがな。
あれを見ていなかったら、たぶん気付きもしなかった。 原因も分からないまま、今もまだループを続けていたかもしれない。
あの時の父に感謝しつつ、今の父に対峙する。
「もちろんだ。私とソニアは喧嘩もしたことがないんだぞ」 「すごい! お父様とお母様はやっぱりラブラブなんですね!」 「—―ああ。そうだ」
指先をかすめる感触。 それは細くて今にも千切れてしまいそうな糸だ。
「気は済んだか? もう夜も遅い。早く寝なさい」 「お父様」
頭を撫でようとした父の手を掴み返す。 糸を掴み、手繰り寄せるように。
「お母様を愛しているのなら、どうして他の女と寝たんですか?」
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「なっ……!? なに、をっ」
父は嘘をつくのが上手だ。 しかし弱点もあった。
事実を突きつけられると、取り繕いが途端におろそかになる。 表情や声音を調整して落差を与えればより効果的だ。
今、言い放った声と父に向けた表情はほぼ無調整――つまり、素の私に限りなく近い。 普段のポケポケした私を見慣れている父からすれば豹変したように見えるだろう。 落差で動揺を与える。魔法以外で私が持つ、数少ない技の一つだ。
年齢が一桁だと落差が激しすぎて「悪魔が憑いた」と騒ぎになるので使えないものだが……今は十歳。 まあギリギリ大丈夫だろう。
「誰にも知られていないなんて思ったら大間違いです、よ」 「うお……と!?」
とん、と父の肩を押す。 胸中と同じくぐらついた身体が揺らぎ、バランスを崩して後ろに下がる。 咄嗟に手を伸ばした先は寝室へ続くドアだった。背中でドアを開けるような恰好でそのまま寝室の中に倒れ込む。
「失礼します」
私も父に続いて入室し、後ろ手でドアを閉めた。 万が一にも邪魔が入らないよう、鍵も閉めておく。 がちゃん、という音に、父が肩をびくりと跳ねさせた。
「ひっ」
まるで得体の知れない何かに迫られるように、カサカサと部屋の端に逃げていく。 少し脅かし過ぎたか。 表情と声音を調節して、警戒心を緩ませる。
「どうしたんですかお父様。そんなにびっくりした顔をして」 「そ……ソフィー、ナ?」 「はい。ソフィーナですよ~」
にぱ、といつもの笑みを浮かべると、張っていた父の肩が少しだけ弛緩した。 その隙間を縫って距離を詰める。
「お父様、つかまえた」 「!?」 「お話はまだ終わってませんよ。ちゃんと正直に答えてください」
頬に指を付け、んー、ととぼけるようにしながら、
「答えてくれないなら、貧民街の角に住んでいるあの女としていたこと……お母様にみーんなお話しちゃおうかなぁ」 「!? な、な、ななな……どうしてそれを、どこで!?」 「そんなことはどうでもいいんですよ。質問に、正直に答えてください」
――このやりとり、本来は浮気イベントを利用して父を脅す時に行うものだ。 いわば、今までの浮気イベントの正解ルート。
浮気をネタにして「母にチクられたくなかったら言うことを聞け」と脅す。 これが攻略の第一段階。
そのままにしておくと思わぬ時に報復されるので、予防策を打つ。 これが攻略の第二段階。 具体的にやることはイグマリート家の急拡大だ。それも、父が思いつきもしないような方法で。 私のことを「得体の知れない存在」と同時に「自分以上にイグマリート家を繁栄に導く者」だと認識させる。
この工程を経ることで、父は私の言う通りにすることが正解なんだと思い込むようになる。 ここまでして、初めて浮気イベントは攻略となる。
今回はそのさらに上――完全攻略を目指す。 第一段階を足掛かりに、これまで蔑ろにしてきた父の本心を聞き出す。
「もう一度お伺いします。お母様のこと、愛していますか? あぁ、言っておきますけどさっきみたいな下手な嘘は通じませんよ」
ハッタリをかまして牽制する。 父と同様、私も貴族への適性は十分だなと自嘲する。
「……。愛、か」
父はあの時のように、悲痛ともいえるような声を絞り出した。
「貴族の婚姻にそんなものは存在しない。私も、ソニアも。私たちはイグマリート家を保たせるための、仮初の夫婦なんだ」 「……お母様は、お父様を愛していますよ?」 「言葉の上では何とでも言える」 「……」
ようやく。 ようやく確認できた。 やはり父は母に愛されていると思っていない。
以前の私のように、何か行き違いがあり、母の愛を偽物だと勘違いしている。 私が「違うよ」と言ったくらいでは是正されないほど強固な思い込み。 その原因が何かを探っていく。
「お父様がそう思うに至った出来事を教えてもらえませんか?」 「……」
父は下唇を噛み、口を噤んでいる。
(ダメ押しで脅すか……? いや)
もう脅しは十分だ。 だから私は、少しだけ言い方を変えた。
「お父様。私はお父様のことをもっと理解したいです。何を思い、何を考え、何を悩んでいるのか」 「……ソフィーナ」 「お願いします。聞かせてください」 「……」
父はなかなか口を開かなかった。 私もそれ以上は何も言わなかった。
コチコチと時計の秒針が聞こえるほどの静寂がしばらく続いた後、
「………………私は昔、出来損ないと呼ばれていた」
父が、訥々と語り始めた。