最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#131 第三十五話「最後のループ」


 しばらく時間を進め、ノーラに状況を共有する。  ここ最近は彼女と会えない半月をとても長く感じていた。

 BルートはAルートの上位互換のようなシナリオだが、唯一、私の自由時間が少ないことだけは問題だった。

「スマホがあったらすぐ通話できるのにね~」

 ノーラも同じように思っているらしい。  大陸を超えても一瞬で会話ができたらしい神の世界に住んでいた彼女にとっては、この世界のあらゆる連絡手段はすべて鈍足に感じることだろう。

「にしても、ソフィーナのお父さんってお母さんに愛されてる実感がないから浮気してたってこと?」 「要約するとそうだな」 「……なんだか自分に自信が持てないことの責任をソフィーナのお母さんに押し付けてるみたいでちょっとヤだな」

 苦々しい口調で、ノーラ。  父の勘違いの根本は、彼が自分で自分を卑下していることにある。  自信さえ持っていれば母の言葉を素直に受け取れていたはずだし、そもそも浮気イベントなんて発生することもなかった。

 母以外の女に目移りした、というのは父も男なので理解できるが……やり方がよくない。

「側室を持たせてもらえるよう母を説得すればいいのにな」

 こそこそするからイベントが悪い方向へ転がるんだ。  当主らしく堂々と「側室を持ちます!」と宣言すればいい。  母はヤンデレだから説得は大変そうだが……そちらの方がよほどマシだ。

「……それでソフィーナのお母さんが納得したら、公然と浮気できるのがこの世界の常識なんだよね」

 微妙な表情を浮かべるノーラ。  ニホンでは一夫多妻制は禁忌とされているため、とにかく彼女は男が複数人の女を囲うことを嫌う。

「仮にお母さんが納得したとしたら……ソフィーナはそれを受け入れられる?」 「もちろん」

 側室は貴族の中では当たり前にある制度だ。  長いループの中でいろいろな貴族や王族を見てきたが、側室を持たなかった者は十本の指に収まる。

「そう……そうなんだ、よね」

 ノーラはもうこの世界の人間で、多くの常識はこちらに適合している。  けれど倫理観に関しては未だにニホンの常識で考えている。  殺人もそうだし、側室もそうだ。

「そんなに嫌か?」 「うん! やっぱりお互いを一途に想うほうが素敵じゃない?」 「……そうかぁ?」

 手を合わせ、祈るような恰好で目をキラキラさせるノーラを冷ややかな目で見つめる。

「例えばだけど、オズワルドが側室を持ちたい! って言ったらどうする? 嫌でしょ?」 「別に」 「別に!?」

 私は他の多くの貴族と同様、打算で彼と婚約した。  「お姉様の邪魔にならない」  これだけを遵守してもらえれば、後は好きなことをしてもらっていい。  側室を持とうが、ハーレムを築こうが一向に構わない。

 そのぶん一人の時間が増えると考えると、むしろ「側室を持ってもらった方がいい」まである。

「ソフィーナ、ドライ過ぎるよ!」 「いやだって……オズワルド嫌いだし」

 私の中のオズワルドのイメージは「お姉様にさんざん迷惑をかけたクズ」から動いていない。  それが覆るかはBルート次第だが……今のところそれが変わる気配はない。  まあ、それでも以前よりはましになっているが。

「それじゃあ、アレックスが側室を持ちたいって言ったらどう? レイラが悲しむかもだよ?」 「……うーん」 「これでもピンとこない?」 「いや、そうじゃなくて。想像できないんだよ」

 アレックスがお姉様以外に目を向ける姿が全く想像できない。  人間の意見は移ろいやすい。  とあるループではAを支持していた人物が、別のループではBを支持するなんてことは当たり前のように起こる。

 いくら一途な人間でも、これだけループすればその中で一度や二度、何かの拍子に魔が差すことがあって当然なのだが……アレックスはそれがない。  どんなルートを選び、どんなイベントを起こし、どんなシナリオになったとしても、お姉様を愛し、味方でいてくれる。

 ……改めて考えると人間離れした一途さだと言える。  まあ、だからこそ私も(お姉様への気持ちに関しては)全幅の信頼を置いているんだが。

「アレックスってすごく一途なのね。それって素敵なことだと思わない?」 「かなぁ」

 どうにも男女関係はノーラと意見が合わない。  まあ、異なる世界で育っているのだからそれも当然だが。

「うぅ……オズワルドが頑張ってスパダリになって一途にソフィーナを想ってくれたら、きっとソフィーナも分かってくれるはず」

 スパダリ。  女の理想を体現したような男のことを、ニホンではそう呼ぶらしい。

「ないない。ぜぇっっっっっったいに、ない」

 オズワルドが意外に優秀なことはBルートを通して理解した。  しっかり勉強を続けさせれば、お姉様の迷惑にならない程度にはなれる……と、思う。  しかしオズワルドはオズワルドだ。

 スパダリとやらの域に達することはない。  家柄や能力は可能かもしれないが、何しろ性格が終わっている。

 一途に誰かを愛するなんて、それこそどんなシナリオを選んでも無理な話だ。

「そうかなぁ……オズワルドも攻略対象だし、素質あると思うけど」 「あったらこんなことにはなってない。……って、何の話をしてるんだ私たちは」

 盛大にズレた話を元に戻す。  ノーラとの会話は有意義だが、雑談に逸れてしまうのが玉に瑕だ。

 ▼

「お父さんの考えを正せば、浮気イベントは解決するんだよね?」 「その可能性は高い」

 父は「愛されていない」という虚無感から浮気に走っている。  つまり母への誤解を解けば、自然と浮気は収まる。

 収まる……のだが。

「問題は、どうやって誤解を解くかなんだよな」 「普通に話すだけじゃ信じてもらえないんだよね」 「ああ」

 ノーラと会うまでの半月の間、何もしなかったわけじゃない。  誤解を解くべく父に説得を試みた。

 母はちゃんと父を愛している。  家柄も何もかもかなぐり捨ててまで父の元へ来た。  穿った見方をせず、ちゃんと母を見てほしい。

 言葉を変え場所を変え、何度も言い続けたが……父は頑として意見を変えようとしなかった。  自分へのコンプレックスと疑心暗鬼を拗らせすぎている。

「まあ、気持ちは分からなくはない」 「というと?」 「今の父はループ前の私みたいなものだ」

 過去の私は、お姉様の言葉を素直に受け取れなかった。  自分で自分を否定し続けると、誰かが差し伸べた手すら攻撃と錯覚してしまうものだ。  自己否定の沼から抜け出すことは簡単じゃない。

 それこそ一度死ぬくらいの経験でもしない限り。

「…………」 「ソフィーナ? おーい」 「—―何でもない。やるべきことはもう分かっているんだ」

 イベントの全容は理解できた。  あとは父の勘違いを正す方法を見つければいい。

「浮気イベントはこのループで終わらせてやる」