最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#133 第三十七話「気負い」


 意気揚々とチェス勝負を仕掛けた結果、私は惨敗した。  なぜ。  どうして。

 しばらくしていなかったから腕が鈍ったのか?  幼い体で遅くまで起きていたから頭がうまく働かなかった?

 頭の中を色々な言い訳が駆け巡るが、私はそれらに首を振るった。

 父が私より強かった。  これ以外の理由は……ない。

 学園一位のチェス強者を倒したからって、世界最強になった訳じゃない。  ただ……私より強い人間を、知ろうとしなかっただけ。  相手の力量を見誤り、勝てない勝負を挑んで自爆した。

 強いて敗因を挙げるなら。  私がバカだっただけだ。

「約束通り、今後この話題は口にするな」 「……わかりました」

 負けるとは思っていなかったので強い制約を設けてしまった。  再戦で無効にしてもらう手もある。  しかし言い出した私が約束を反故してしまっては、父への制約も弱くなってしまう。

 ただチェスの勝敗だけを競う戦いになってしまっては、何のために勝負を挑んだのか分からない。  父を説得できなくなった以上、このループは「詰み」だ。

 いい感じにシナリオを進められていたが、やり直す他に方法がない。

「さ、早く出て行きなさい」 「はい。対戦ありがとうございました」

 私は一礼し、ソファから腰を上げた。

「お父様。チェス、お強いんですね」 「昔から詰みチェスの本を一人で解くのが好きだったからな。自慢じゃないが、今まで一度も負けたことがない」

 初耳だった。  いつもの父なら自慢げに何度も言ってきそうなのに。  ……もしかしたら、虐げられていた過去を思い出すからあまり言いたくないのかもしれない。

 父の苦笑する表情から、なんとなくそれを察した。

 ヒントはいくらでもあった。  ループする以前にお姉様と解いた詰めチェスの問題集。  お姉様は最後の問題が解けずに諦め、私は半年かけて解いた。

 父の書斎には、同じかそれ以上の難易度のものがぎっしりとある。  本棚を埋めるため――つまりは見栄のために買ったんだとばかり思っていたが、違う。

 父はそれらをずっと解いていたのだろう。  たった一人で。

「ソフィーナこそ、その年齢にしてはかなりの腕前だな」 「ありがとうございます。けどまだまだです」

 今回の勝負で思い知らされた。  やはり私は、父のことを何も知らなかったのだと。

 ……知らなければ。  いや、知りたい。  そして救いたい。

 父を……家族を。

「では、部屋に『戻り』ます」 「ああ。縺翫d縺吶∩」

 父の声にノイズが混ざり、次に姿がぐにゃりと歪む。  世界が暗転し、私は次のループへと旅立った。

 ▼ ▼ ▼

 セーブポイントを設定した――というか、させられた――時間軸へと戻る。  私が八歳、ノーラが十歳。  スイレンを取り逃がしたあの日へと。

「また失敗した」

 私はベッドに突っ伏し、うめき声を上げた。

 今になって父とのやり取りを思い返すと、私はたぶん、気が逸っていたんだと思う。  イベントの攻略法――父の勘違いを正す――が分かり、結果を急ぐあまり気負ってしまった。  そのせいで手っ取り早い解決策に飛びついてしまった。

 変に気負うと失敗しやすくなる。  似たような経験を何度もしてきたというのに、また私は同じ落とし穴にハマってしまった。

 失敗は私にとって親友と呼べるべき存在だが、決して優しくはしてくれない。

「元気出してよソフィーナ。解決法は見つかったんだから、次がんばろ! ね?」

 ノーラは私がどれだけ失敗しても怒らない。  ループの主導権を持たず、ただ巻き込まれているノーラから見たら、私がポカしただけでそれまでの生活すべてをひっくり返されるようなものだというのに。

「ほら、よしよーし」 「ん」

 その優しさにすがってはいけないと思いつつも、私は撫でられるまま彼女に寄りかかった。  この間も甘えさせてもらったし、まあいいか……と、自分に言い訳をする。

「しばらく、こうしてていいか」 「いいよ。元気いっぱいになるまで」

 頭を撫でていた手が背中に回り、抱きしめてもらうような格好になった。  しばらくノーラの心臓の鼓動に耳を傾けていると、バン! と扉が開いた。

「ちょっと! いつまでお見舞いしているの! ソフィーナは体調が……悪いっ、て……」 「あ」

 入って来たのはお姉様だ。  今の状況をすっかり忘れていたが、私はスイレンに魔法を使って倒れたっていうところだっけ。  これも前にやらかした失敗のような……。

「あ、えと、えと……お、お大事に~!」

 お姉様からほとばしる怒りのオーラを感じ取り、ノーラは足早に部屋を出て行った。  ……なんだか悪いことをしてしまったかもしれない。

「ソフィーナ!」 「は、はい」

 ぷりぷりした顔のお姉様が、私の元へずかずかとやって来た。  てっきり「平民と仲良くするな!」と怒られるかと思ったが、お姉様はただ私を、ぎゅう、と強めに抱きしめた。

「……」 「……? あの、お姉様」 「……。なんでもないわ。あなたは倒れたんだから、無理をしちゃダメよ」 「あ、えっと。はい」

 それだけを言ってから、お姉様は私から離れた。

 今の「ぎゅー」は何だったんだろうか。  まあ、気力を回復できたからいいか。

 ノーラの慰めとお姉様に触れたことで、後ろ向きな気持ちはすっかり 消えていた。

「イベント開始が始まるまで、時間はたっぷりとある」

 直近のループ知識を総動員し、父を言いくるめられる完璧な作戦を編み出してやる。  今度こそ――とは気負わず、けれど油断せずに、な。