最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#134 第三十八話「家族団らん作戦」


 下調べは完了した。  見落としている点は……おそらく、ない。  あとは父の認識違いを正し、母からの愛情を信じてもらうだけ。

 それが簡単ではないことは前回のループで見たとおりだ。

「いや、前回は私のやり方が悪かった」

 十年以上一緒に過ごしていたのに勘違いを起こしているんだから、それを数日で正そうとしたのがそもそもの間違いだったんだ。

 数年単位で少しずつ認識を改めさせる。  二つほど課題があるが、それの対策も考えた。

「—―決めた」

 私は、家にいる時間のすべてを家族と過ごすと決めた。

 名付けて「家族団らん作戦」だ。

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「お父様、お母様。お話しましょう」 「ソフィーナ! 私とこの人は――」 「まあまあ、いいじゃないか」 「……っ。あなたがそう言うのなら」

 二人の間に割って入ると、母は扇子を広げて口元を隠しながらむくれていた。  扇子を広げる=不快の象徴だった母に対し、「かわいい」なんて感想を抱く日が来ようとは。  両親に敵対心を抱いていた頃の私に言っても、きっと信じないだろう。

「ぷぷ」 「何がおかしいの!?」 「いーえ。何でもありません」

 にぱ、と微笑み返す。  やり取りを見ていたリズベラが「奥様にあんな態度を取るなんて、ソフィーナ様命知らずすぎます……!」みたいなハラハラした表情を浮かべていた。

「三人で話すなら別の部屋に行くか」 「お父様。三人じゃなくて四人ですよ」

 私は顔を上げ、こっそりと食堂を出ようとしたお姉様にも声をかける。

「お姉様。お姉様も一緒にお話しましょう」 「え? 私?」 「はい。ぜひ!」

 今までは情報収集やら何やらで声をかけられなかったが、今回からはお姉様にもできるだけ参加してもらう。

「ほら、行きましょう」

 遠慮するお姉様の手を引き、先に移動した両親を追いかけ隣の部屋へ。  来客用の応接室だが、こうして家族で使うのは初めてのことだ。

「あなた。お隣失礼しま――」 「お邪魔しまーす」 「っ!?」

 お姉様の手を引いたまま父と母の間に割って入り、二人の間に陣取る。  一つの大きなソファの上に母、私、お姉様、父が座るような格好だ。

 ――家族団らん作戦の課題は二つある。  ひとつは母とお姉様の相性の悪さ。

 ノーラ曰く、好きな人に目元が似ているから嫉妬している……とのこと。  真偽はともかく、お姉様に厳しい言葉を向けがちなのは事実だ。  家族団らんをするにあたり、それを防ぐ必要がある。

「ソフィーナ! さっきから邪魔ばかりしてぇ……!」 「なんのことですかー?」

 ぐぎぎ、と歯を食いしばる母に無邪気な笑顔を向ける。  父の傍へ行きたがる母に、適宜ちょっかいを入れる。

 こうすれば私に怒りの矛先が向き、相対的にお姉様を口撃する機会も減るだろう。

 もうひとつは、両親の距離の近さだ。  ずっと一緒に過ごしてきたのに、父は母の気持ちに気付いていない。  色々な出来事が重なった末に疑心暗鬼に陥っている……ということは理解できるが、それにしても拗らせが過ぎる。

 たぶんだが、二人の距離が近すぎることに原因があるのでは、と睨んでいる。  距離が近すぎるがゆえに、父は母の気持ちを冷静な目で見れていないのではないだろうか。  これは同時に母にも言える。

 私とお姉様――巻き込むような形で本当に申し訳ないが――を挟むことで、適切な距離から互いを見つめ直してもらう。  家族団らん作戦には、そういった意味も込められている。

「いいじゃないかソニア。こうして全員で話すことなんて中々ないんだから」

 ソファの背に身体を預け、母をなだめる父。  心なしかいつもよりリラックスしている……ような気がする。

「そうねっ……」

 悔しそうにうめく母。  ちょっかいをかけているのはさっき言った理由が主だが、長年理不尽な怒りをぶつけられたことへのちょっとした意趣返しの意味も込められている。

「で、何の話がしたいのよソフィーナ」 「みんなが今日したことを聞きたいです!」

 母に促され、私は雑談のお題を出した。  変に穿ったものではなく、本当にありふれた家族がするもの。  そしてそれは、私たちに欠けていたものだ。

「ちなみに私は今日、オズワルド様と歴史の勉強をしました! オズワルド様はとっても賢くて、穴埋め問題を全問正解していました」

 発案者の私が今日の出来事を振り返ると、それにつられて父も母も口を開いた。

「私は化粧品を見に行ったわ。最近発売した新製品が肌に良いってすごく話題なの」 「今日は王宮で執務だったな。休憩の際、エルヴィス陛下とチェスに興じた」

 二人の話をふんふんと聞いた後、私は隣のお姉様に話題を振る。

「お姉様はどうでした?」 「私は……その」

 両親(主に母のほう)を気にしつつ、お姉様は今日起きた出来事を指折り数えた。

「算術のテストだったわ。それが早く終わったから、午後は魔法の本を読んでいたの」 「随分と余裕ねレイラ。魔法を学ぶ暇があるなら別の勉強を――」 「すごいですお姉様! あの先生の算術テスト、とっても難しいのに早く終われるなんて!」

 母のチクチク言葉をより大きな声で遮る。  今まではこれで母の機嫌が悪くなって終わりだったが、母へのフォローも忘れない。

「算術と言えば、お母様も得意なんですよね」 「え? ええ、そうよ。五桁までなら暗算できるわ」 「お母様すごい! ね、お父様もそう思いません?」 「ああ。ソニアはすごいぞ。これまで何度もその計算能力に助けられたからな。いつも頼りにしている」 「!」

 父から誉め言葉が出るように会話の流れを誘導する。  案の定、「ソニアはすごい」あたりから、母の表情がにんまりと笑みを形作っていた。

「すごくなんてないわ。こんなもの、公爵家の妻としては当然よ。ふふ、うふふふふふ」 「お母様?」

 急に笑い出した母を、お姉様が不思議そうに見上げる。  機嫌が良くなった母は、扇子をお姉様の頭に「ぺち」と置いた。

「レイラ。算術で分からないことがあったら私に言いなさい」 「え!? あ、ありがとうございます……」

 母の機嫌の起伏について行けず、お姉様は困惑していた。

「家庭教師では教えられない、実践に即した計算を教えてあげるわ。ふふ、うふふふふ」

 父の誉め言葉がよほど効いたのか、母は終始上機嫌だった。  ……オズワルドよりもちょろい人間が、まさか身内にいたとは。

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 食事終わり、家族で雑談をする。  それ以外のことは何もしない。  これが作戦と言えるのかと思えるほどだったが……変化は着実に現れていた。

「お母様、最近は機嫌が良いわね」

 その日も雑談を終え、私とお姉様はそれぞれの部屋に戻るため廊下を歩いていた。  母の機嫌スイッチは「父に褒めてもらう」ことでオンになるが、最近は押す前から機嫌が良い日が増えた。

 雑談の内容もその日あったことから増え、最近はちょっとした悩みを聞く……なんてこともしている。  口喧嘩になる日もあったが、それらを通して両親への理解も深まった。

 ふだん何を考え、何を感じ、何を大事にし、想っているのか。

「……ふふ」 「お姉様?」 「なんでもないわ。ただ最近、楽しくて」 「私もです!」

 その日起きたことを思いつくままに言うだけの他愛ない会話。  建設的でもなく、一方的でもなく。双方向に行き交うだけの雑談。

 たったそれだけで、家の中がこんなにも過ごしやすくなるとは思ってもいなかった。

「ソフィーナのおかげよ」 「私は何もしてないですよ」 「いいえ。あの日、ソフィーナがみんなで話をするきっかけを作ってくれていなかったら、今も私は遠慮していたわ」

 お姉様は私の手を取り、優しい微笑みを向けてくれた。

「ありがとう、ソフィーナ」

 劇的な変化はない。  けれど着実に良い方向に進んでいる手ごたえを感じていた。

 ▼ ▼ ▼

 家族団らん作戦を始めてから約二年が経過した。  お姉様は十二歳、そして私は九歳。  二週間後には私の誕生日を迎える、というところだ。

 家庭内は平和そのもの。

 私は晴れ晴れとした気分で部屋のカーテンを開き、朝日を全身に浴びた。

「……えっ」

 窓の外の光景に、思わず声が出た。  屋敷の外、塀の隙間から中の様子を伺う人影が見える。

 父の、浮気相手だ。