「落ち着きましたか?」 「……ええ、ありがとう」
どうにかエレナに落ち着きを取り戻させることに成功する。 当たり前だが、私はまだ彼女の人となりを完璧に掴み切れていない。 何がきっかけで逆鱗に触れてしまうか分からないので、何度かループする前提だった。
そんな中、一回でなだめられたのは奇跡に近い。
(成人後の誘拐イベントは何回も失敗したのにな)
学園卒業後、お姉様を連れ去るイベントが発生する。 大人になった後なら魔法でねじ伏せることもできたが、そのイベントでは力技が封じられていた。 そこで私が考えた攻略法は『捕まっている間に説得する』だった。
あの時は何が失言か全く分からなかったので、逆上した誘拐犯に何度も胸を刺された。 今はセーブポイントがあるので戻る時間は少ないが、当時はまた五歳からやり直しだったのでまあまあ辛いイベントだったことを思い出す。
「ごめんね。こんな私は惨めでみっともなくて情けないって、そう思うでしょう?」 「思いません」
なだめている間になんとなく感じたエレナのイメージ。 感情的になると行動が制御できなくなるが、それ以外は意外と常識人。 ただ、感情的から平静に戻る際、かなりネガティブになる。
「ソフィーナちゃんくらいの年齢の子から見たら、大人ってすごく成熟しているイメージがあるでしょうけど……実際はこんなものよ」
知ってます。 私も、成人の年齢になっても相変わらずだったし。 ――とは言えないし、会話を広げてもネガティブが深まるだけなので、サッと話題を切り替えることにした。
「お父様の元婚約者であるエレナさんが、お父様と秘密裏に会っていた」 「……」 「私はまだ十歳ですけど、それがどういう意味なのかは分かります」 「……」 「エレナさん。父と、浮気してますよね」
核心をついた言葉。 ほんの一瞬、刺されることを覚悟したが……そうはならなかった。
エレナは項垂れたままの姿勢で、口元だけを動かす。
「……家が取り潰しになった後、私はあちこちで仕事を探したわ」
腐っても商家の出身だ。 文字の読み書きや算術ができる人間は限られているので、探せば働き口はいくらでもある。 実際、定職に就いたこともあったという。
しかし……裕福な家庭で育った彼女は、庶民の給金では満足できなかった。
「安いお金でこき使われることに耐えられなかったの。どこで働いても長続きしなかったわ」
次第にエレナの悪評は広まり、雇い入れてくれるところもなくなってしまった。 稼げなくなった彼女が行きついた先は、治安の悪い貧民街。
裕福な商家で育ったエレナにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
「こんな惨めな生活をするくらいなら、いっそ死んで楽になりたい。そう思い立った私は、川に身を投げたの」
エレナ特有の、感情的な行動。 しかしそれは命を奪うには至らなかった。
「沈む私を助けてくれた人がいたの。それがレブロンさん」
エレナの自殺は父によって阻まれた。
「運命の再会だと思ったわ」 「……」
転落人生の最期を助けてくれたのは、かつての婚約者だった。 演劇にできそうなくらいよくできたシチュエーションだが……父は普通の行動をしたんだと思う。
目の前で川に飛び込んだ人間がいれば自然と助けようとするし。 あとは自分の管轄区で自殺者が出れば、他の公爵家から問題にされかねない――という打算もあっただろう。
「久しぶりに再会したレブロンさんはとっても素敵になっていて……過去の私は見る目がなかったんだって、すごく、すごく反省したわ」
それがきっかけでアプローチを始めた、とのこと。 本来であれば、エレナのアプローチは空振りに終わったはずだった。 しかし、そうはならなかった。
父も、母との関係に悩みを持っていた。 母は打算で結婚しただけで、本当は父を愛していない――と、本気でそう思い込んでいた。
父が母からの愛情を曲解せず、ちゃんと受け止めていたら。 『浮気イベント』なんてものは起こらなかった。
色々な人間の、色々なすれ違いと勘違い。 これが、浮気イベントの真相だ。
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真相は分かった。 あとは敵対する理由をどう取り上げるか、だ。
警備兵に捕まえさせるのが一般的だが『トゥルーエンド』の道筋として、それは正しいのだろうか。 彼女が自分で言った通り、良くて国外追放。悪ければ死罪だ。
父との関係を公式に認めさせることができればエレナも納得してもらえそうだが……母は絶対に認めないだろう。 せっかくいい感じになっている家庭環境は崩壊してしまう。
感情的に受け入れがたい部分もあるものの、エレナには一定、同情の余地があると思う。 しかし彼女を許してしまえばまた浮気イベントを再発させる可能性がある。
「エレナさん。ちなみにですが……父との関係を解消する気は」 「は?」
頬を染めて完全に恋をする乙女になっていたエレナの表情が、一瞬で氷点下に落ちる。
「あるわけないじゃない。レブロンさんだけが唯一、こんな私を愛してくれてるのよ? ソフィーナちゃんはソニアと違ってとってもいい子だから、私の気持ちも分かってくれるのよね? なのにどうしてそんなこと言うの? やっぱり私みたいなゴミクズのことはどうでもいいって思ってるのそうよねそうなのよねそうなんでしょ!?」
失言だった――と気付いた時にはもう遅い。
「うそつき。うそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつき、うそつきィ!!!」
エレナはナイフを勢いよく振り上げ、私の脳天へと突き立て――
「!?」
ようとして、何者かによって阻まれた。