最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#143 第四十七話「予想できたイベントと予想外の光景」


「どうしたんでしょうか。なかなかおいでになりませんね」

 不思議そうに首を傾げる医者。  昨日、お姉様は「朝いちで迎えに来る」と言っていた。

 確定した時刻を言及しなかったので、受け取り方でいくらでも解釈が分かれる言い方だ。  太陽が顔を出したと同時かもしれないし、人々が活動を始める頃と同時かもしれない。

 私の感覚では既に「朝いち」を過ぎていたが、すれ違う可能性を考慮して辛抱強く待った。  お姉様の言葉を信じたかった。  何も起こらないと思いたかった。  けれど現実は残酷だ。

 今はもう「朝いち」ではない。  間違いなく、何かが起こっている。

「一人で帰ります!」 「あっ、ソフィーナお嬢様!?」

 医者の制止を振り切り、私はイグマリート家へ急いだ。

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「はぁ……、はぁ……、ぅぐっ」

 全速力で走っていると、額がずきずきと疼いた。  私の身体の中を駆け巡る焦燥感が、傷を悪化させているのだろうか。  勝手に立ち止まろうとする足に鞭を打ち、速度を維持させる。

 ……正直に言うと、朝、お姉様が来なかった時点で『詰み』を覚悟していた。  やり直しが決まっているのなら、もう急ぐ必要もないじゃないか……と、頭の中の冷静な私がささやく。

 それを無視して、私は走った。  走って走って、走り続けた。

 たとえ捨てることになるシナリオであっても、お姉様が苦しむ時間は一秒でも短くしなければならない。  イグマリート家で何が起こっているのかを見届けなければならない。  見届けて、次に悲劇が起きないようにしなければならない。

 無力な私にできることは、それだけだ。  それだけを繰り返し、積み上げていく。

 無我夢中で手足を動かし続けていると、やがてイグマリート家の門が見えてきた。  見えた瞬間、異変を察知する。

 門番がいない。

「くっ……!」

 不安がいよいよ確定的なものになり、私は急いで門をくぐり抜けた。

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 スピードを落とさず階段を駆け上がり、お姉様の部屋の前で立ち止まる。  静かな屋敷の中で、私の荒い息だけが響きわたる。

「……ッ」

 ドアノブに手をかけた際、直近の死亡イベントが脳裏をよぎる。  白いシーツを赤く染め、眠るように死んでいたお姉様の顔が。

 手が、扉を開けることを拒否する。

(開けろ、開けろ……開けろッ!)

 脳内で怒鳴り散らして、ようやく手が言うことを聞いた。  かちゃりとノブが回る――鍵はかかっていない。

 扉を開け放つと、入るよりも先にベッドが見えた。  その上には――。

 誰も、いなかった。

(いない……?)

 恐る恐る中に入り、ベッドに近づく。  もぬけの殻だ。

 ベッドの中央に手を入れてみる。  羽毛布団の温かさは感じられたが、人のぬくもりはそこにはなかった。  少なくとも、数時間以上前から人が使った形跡はない。

 部屋をくまなく調べてみるが、おかしな点はなかった。  もし、私が想定する最悪のイベントが起きているのなら――争った跡くらいはあってもいいはずなのに。

 もしかして、私が経験したことのない未知のバッドエンドが起きているのだろうか。  念のため私の部屋も調べてみたが、やはり何の痕跡も見つからなかった。

 母の部屋に向かおうとして、ふと廊下で立ち止まる。

 ――そういえば、使用人の誰も見ていない。  門番はもちろんのこと、他の使用人の影もない。

「……ん」

 耳を澄ますと、声が聞こえた。  導かれるようにそちらの方へ足を運ぶ。

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「……様、奥様!」

 廊下を進んでいくと、使用人たちの姿を発見した。  いなくなっていた門番や料理人、果ては庭師までもが母の部屋の前に集結していた。

「みなさん。どうしたんですか」

 声をかけると、皆はびっくりしたように私に視線を向けた。

「ソフィーナお嬢様!? どうしてここに?」 「なかなか迎えが来ないから、歩いて戻ってきちゃいました。それより何かあったんですか?」

 再度、何事かと問いかけると、リズベラがおろおろしながら答える。

「じ、実は……奥様が起きてこないんです」 「お母様が?」 「ええ。いくら扉を叩いても反応がなくて……」 「どいてください」

 そこまで聞けばもう十分だった。  私は使用人たちを下がらせ、扉に手を向けた。

「ダメですよソフィーナお嬢様。鍵がかかってて――」 「『精霊の友よ。我がかいなたけ炎熱えんねつ恩寵おんちょうを』」

 じゅう! と、私が手のひらを当てた部分が焼け落ちる。  そこから手を伸ばし、内側からかかっていた鍵を外した。

 本当はドアごと焼き払いたかったが、今の私がそこまでの魔法を使うと倒れてしまう。  だから、手が通る程度の大きさの穴を開けるだけに留めておいた。

「痛……ッ」

 予想通りの魔法の反動に、一時は収まっていた頭痛が再開する。

「え、えええええ!?」 「おおお、お嬢様……今の魔法は……!?」

 あんぐりと口を開ける使用人たちを無視して、私は室内に押し入った。

 扉を開いた先には――――驚くべき光景が待っていた。

 覚悟していたようなものはなかったが、ある意味、それよりも衝撃は上だった。  少なくとも私の思考力を奪い、停止させるには十分すぎた。

「……………………え?」

 部屋の中では、母とお姉様が一緒のベッドですやすやと眠っていた。