母はお姉様に厳しい。 お姉様がオズワルドの婚約者だった頃はもちろん、そうでなくなった今でも。 家族団らんの時間を設けたことで、ある程度はましになったと思う。 それでも根本は変わらず、二人になると会話らしい会話も途絶えてしまう。
大好きな父と目元が似ているからという、常人には理解しがたい理由で母はお姉様を嫌い、厳しい態度を取っている。
そんな母が、お姉様と同じベッドでぐうぐうと眠っていた。 様々なものが散乱する部屋の中で、そこだけが安らかな空間と化している。
お姉様は繊細な性格で、緊張していると眠りが浅くなる。 母が一緒に寝るように強要――そんなことをする理由が思いつかないが、仮の話だ—―したとしたら満足に眠れもしないはずだ。 仮に眠ったとしても、わずかな物音ですぐに目を覚ますはず。
扉を破ったときにけっこうな音を立てたはずだが、まったく起きる気配はない。
……私は幻でも見ているんだろうか。 何度も何度も目をこすってみるが、見える景色は変わらない。 ……なら、ここは夢の中で、現実の私はまだ病院で眠っているのだろうか。 今度はそれを確かめてみる。
「リズベラさん。私の頬、つねってもらえませんか?」 「はい」
引っ張られた頬は確かな痛みを訴えてきた。 ということは、これは夢じゃない。
「ソフィーナお嬢様。よければ私の頬もつねってもらえません? 強めにお願いします」 「わかりました」
同じく唖然とした表情のリズベラにお願いされたので、要望通り強めにぐいっと頬を引っ張る。
「……痛い」
やや赤くなった頬をさすりながら、リズベラ。 後ろを見ると、庭師や料理人たちも互いの頬を引っ張り合っていた。 明確に疑問を口にした訳ではないが、この場にいる全員が同じことを考えていた。
_人人人人人人人人人人人人人人人_ > 母とお姉様が仲良く寝ている <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
――と。
夢じゃない。 幻じゃない。 だとすると、これは一体――何なんだ?
あまりの衝撃に、私はその場を動けないでいた。 長いループを経験してなお初めて見る光景に、どう対応していいか分からなかったのだ。
硬直する私たちを尻目に、ようやく母が上半身を起こした。
「ふぁ…………何、もう朝?」
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寝ぼけ眼で口をむにゃむにゃさせる母。 こんなにも無防備な母を見ることも初めてだった。 初めて尽くしの光景に、脳が正常に動かない。 目の前で起きていることを把握することでいっぱいいっぱいになっている。
「ん……ん!?」
ようやく覚醒し始めたのか、母が呆然と立ち尽くす私たちに目を向ける。
「な――何よあなたたち。断りもなく主人の部屋に入って来るなんて!」 「奥様、違うのです。これには訳が」 「言い訳はいらないわ! 男は出て行きなさい!」
扇子で顔を隠しながら、門番や料理人を追い払う母。 機嫌が悪いサインだが、今回は怒りよりも照れが大きいような気がした。
「リズベラ! どうして男連中を部屋に入れたの! 説明なさい!」 「え、いや、私は」 「私が部屋の鍵をこじ開けました」
リズベラにとばっちりが向かいそうなところで、ようやく私も喋れるようになった。 徐々に頭が回り始める。
「ソフィーナ?? あなた、病院にいるはずじゃ……」 「日が昇っているのにお姉様が迎えに来なかったので、どうしたのかなと思って一人で戻って来たんです。そしたらリズベラさんがお母様の部屋の前で困っていたので」 「日が昇って……? え、もうこんな時間!?」
時計に目を向けた母が、仰天した声を上げる。
「リズベラ! どうして起こさなかったの!」 「ももも申し訳ございません! ドアをノックしても反応がなく、中に入ろうとしたら鍵がかかっておりまして……奥様の身に何かあったのかと心配して、その流れで男性方にお手伝いをお願いした次第です!」 「言い訳は許さないわ! そこに正座しなさい!」 「ひぃ~! お、お許しを!」
照れを隠すためか、いつも以上に怒鳴り声を上げる母。 リズベラも必死で許しを請おうと母に負けない声量で謝り倒している。
「うーん……」
周囲の騒がしさを感じ取ったのか、ここでようやくお姉様が目を覚ました。 母と同じ動作でむにゃむにゃと目をこすり、周囲を見渡す。
「あれ、ソフィーナ……?」
私を認識した後、お姉様はおもむろに時計へ視線を向ける。 そして一気に目を見開き、仰天する。
「え、もうこんな時間!?」
母と同じ動作で驚き、あたふたとベッドを降りる。
「もしかして、迎えが遅いから一人で戻ってきたの?」 「まあ……そんなところです」 「ご、ごめんなさい……!」 「いえいえ。寝坊くらい誰にでもあることですよ」
私の知る限り、母もお姉様も寝坊をしたことはなかったが……。 二人が一緒に寝るという予想外中の予想外な出来事が起こっているんだから、そのくらいはあって然るべきだろう。
そんなことを考えていると、お姉様はさらに予想外な行動を起こした。
「もう! お母様、だから早く寝ましょうって言ったんです!」 「私は悪くないわよ。レイラが気になっている殿方の話が面白すぎたせいよ」 「ちょ……ッ! それは言わないって約束したじゃないですか!」
(お姉様が……母に、怒ってる……!?)
オズワルドの婚約者のルートで、成人した後ならまだ分かる。 その年齢まで成長すれば、家の中での発言権も強くなっているからだ。
しかし今のシナリオだとお姉様はまだ十二歳で、オズワルドの婚約者ですらない。 そんな状態で母に怒るなど、ありえない。 少なくとも私を庇う目的以外で母に楯突いたことは一度たりともなかった。
母も母だ。 お姉様がそんな風に言ったら、どれだけ正論でも理不尽に怒るはずなのに。 これじゃまるで……まるで……。
仲の良い親子みたいじゃないか。
起こるはずのない出来事の頻発に、私の脳はまたもや容量不足で停止しかかっていた。
「お……お二人とも。昨日、何かあったんですか……?」
ぽかぽかと母を叩いていたお姉様が手を止める。
「うん。実はね――」