最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#146 第五十話「真・家族会議」


「確かにクレフェルト王国において魔法使いの地位はあまり高くありません。ですが、諸外国の魔法の普及率や発展具合を見れば、改善の見込みはかなり確度が高いと思われます。早い段階から魔法を学ぶことは将来においてマイナスになることはないと思います」 「なるほどねぇ」

 扇をひらりとさせる母と、魔法について力説するお姉様。  いつもなら二人が会話するたび緊張が走っていた。

 お姉様は母のことを慕っている節があった。  はっきりそう聞いた訳ではないが、これまでのお姉様の態度からなんとなく察せられる。  どうでもいい人間からいくら言われようと、大した傷にはならない。  しかしお姉様は母の言葉にいつも深く傷ついていた。  慕っているからこそ、何気ない言葉にすらダメージを負っていたのだ。

 お姉様がAルートで花嫁修業を頑張っていたのはオズワルドを支える立派な人間になるため、というものもあるが……母に認められたいという気持ちも大いにあったと思う。

 傷つけやすい母と、傷つきやすいお姉様。  いつ不用意な言葉のナイフが飛ぶかとひやひやしていたが……今はその心配はない。

 しばらく考える素振りを見せてから、母は、ぱちん、と扇を閉じた。

「そこまで考えているのならいいでしょう」 「じゃあ……!」 「ええ。魔法専攻を許可するわ」 「やったぁ!」 「令嬢がそんな風にはしゃぐんじゃありません」 「大丈夫です! 外でははしゃがないので!」 「ならよろしい」

 あの親子喧嘩以来、母とお姉様の間にあった溝のようなものは完全になくなった。  母がお姉様を無駄に敵視することもないし、お姉様が母に遠慮して自分の意見を引っ込めることもない。

 仲の良い普通の親子。  ……私がどれだけ策を弄しても実現しなかった光景だ。  現金な母の態度に思うところがない訳ではないが……これから先、お姉様の味方となってくれるなら何も言うまい。

 両手を広げて喜ぶお姉様に、私も自然と頬が緩む。

「それで? 例のあの人を落とす作戦は思いついたの?」 「おっ、お母様! それはここでは言わないでくださいっ」 「いいじゃない。ここには女しかいないんだし」

 きゃいきゃいとじゃれ合う二人。  仲が良いのはよいことだが……なんだかお姉様を取られたようで複雑な気持ちもなくはない。

 重要なのはお姉様が幸せであること。  くだらない嫉妬心を心の奥に押し込め、私も話に参加する。

「なんのお話ですか~? 私だけ仲間はずれにしないでくださいー」 「そ、ソフィーナにはまだ早いからっ」 「早くないわよ? むしろこの手の話はレイラが一番遅れてるんだから」 「は! たしかに……!」

 女三人でかしましく騒いでいると、扉がノックされた。  入って来たのはリズベラだ。

「奥様。旦那様がお戻りになられました」 「—―応接室に通してちょうだい。私たちもすぐに行くわ」

 ぴたりと騒ぐのをやめ、母はソファから立ち上がった。

「二人とも。行きましょうか」

 父が帰って来た。  長かった浮気イベントの最終戦だ。

 それに挑む前に……まずはやっておくことがある。

「お母様。ちょっと失礼します」 「? なに、ソフィーナ」

 私は母のポケットや懐を上からぽんぽんと叩く。  念には念を入れ、簡易的なボディチェックだ。  ……触った感触から、硬いものを隠し持ったりはしていないようだ。

「何よ。私がナイフでも持ってあの人を刺そうとでも思ってるの? さすがにそんなことはしないわよ」 「……で、ですよねー」

 ほとんどのルートでやってましたよ、なんて言えるはずもなく、私は軽く笑って受け流した。

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「おかえりなさい、あなた」 「た、ただいま」

 ぎこちなく手を上げる父。  母から視線を逸らすように私を見た。

「ソフィーナ。怪我の具合はどうだ」 「もうすっかり良くなりました」

 ぺこり、と頭を下げる。

「言いそびれていましたが、あの時は助けていただいてありがとうございます」 「ソフィーナ。お礼なんて必要ないわよ。元はと言えば、この人が原因なんだから」

 まるで冬の日に窓を全開にしているかのような冷気のこもった言葉に、私は思わずぶるりと震えた。  正面に立つ父はそれを真正面から受け、まるで突風に押されたように二、三歩たたらを踏む。

「あなた。帰ってきてすぐで悪いけれど……これから家族会議をしたいの。いいわね?」 「あ、ああ」 「リズベラ。人払いを頼むわ。あなた自身も含め、部屋の周りには誰も近づけさせないで」 「か……かしこまりました」

 釘を刺され、リズベラは肩をびくりとさせながらそそくさと退室した。  しばらく時間を置いてから、母が重い口を開く。

「で。説明してくれるんですよね? どうしてお姉ちゃんエレナと繋がっていたのか」 「もっ、もちろん説明させてくれ」

 頭を低くしながら、父は対面のソファに座ろうとした。

「あなた、座る場所が違うわよ」 「え?」

 母はソファ横の床を指さした。  短く区切った単語を二つ、花瓶でも放るように投げつける。

「そこ。正座」 「……はい」

 父は大人しく従い、床に正座した。  プライドの高い彼なら屈辱に顔を真っ赤にしそうだが……青い顔で項垂れている。  自分に非があることを認めているのだろう。

「さ。話してちょうだい。誰が、いつ、どこで、どうやって、何を、なぜ起こしたのか」 「……が、五年前、城下町の視察のとき、エレナの姿を偶然見つけて、流されるまま浮気を、仕事のストレスを解消するために、起こしました」

 それはイグマリート家当主という威厳の鎧を付けた父ではなく。  レブロン・イグマリートという一人の人間としての言葉だった。