最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#148 第五十二話「誤った選択」


『ソニアを追いかけますか?』  はい  いいえ

 イベント開始からずっと出てこなかった選択肢が現れた。  これが正解の道を進んでいるという証明にはならないが、のちの判断材料にはなる。  特に幼少~学園に入るまでの間は選択肢がほぼ出ないので、どの行動が正解なのかを判断する基準がない。  そういう点では、出現した時点でかなりありがたい。

 今回のイベントが失敗したとしても、次に活かすことができる。

(とはいえ、今回ばかりは間違わずに済みそうだな)

 母を追いかけるか否か。  ここで判断を間違える奴はいないだろう。

 私は迷わず「はい」に手を伸ばす。

「ソフィーナ!」 「!?」

 選択肢に触れそうになった手をお姉様が掴み、そのはずみで指が別の場所に触れた。

『ソニアを追いかけますか?』   はい  →いいえ

 あっ。

 ▼

 選択肢は私とノーラ以外では存在を知ることはできない。  仮にできたとしても、ニホンゴで書かれているので内容を理解できないだろう。  そして、出現した選択肢を選べるのは私だけだ。

 ただ、見えなくてもそれは確かに存在している。  選択肢が見えず選べない人間が、選択肢が見えて選べる私の手を動かしたとしたらどうなるのか。  答えはいま、お姉様がやった通りだ。  私が選んだと判定され、選択肢は決定される。

「あ……!?」

 第三者による意図しない選択肢を選んでしまう。  同じような経験は過去に何度かあった。

 お姉様に他意はない。  偶然、私が選択肢を選ぼうとしたタイミングで。  偶然、「いいえ」に触れさせるような格好になってしまった。

 間違おうと戻れば済む話だが……この選択ミスはかなり痛い。  どちらが正解か分からない二択が当たり前の中、明らかに正解と分かるものを間違えさせられたのだから。

(いや、お姉様は悪くない。私が手を出すタイミングが悪かっただけだ)

 次は失敗しないようにしよう。  そう切り替えつつ、お姉様に向き直る。

「どうしたんですか、お姉様?」

 お姉様は真剣な表情で私をじっと見つめ、こう切り出した。

「私がお母様を追いかけるわ。だからあなたはお父様をお願い」 「え……?」 「頼んだわよ」

 ぽん、と肩に手を置き、お姉様は足早に部屋を出て行った。  あの選択肢で「いいえ」を選ぶと、お姉様が母を追いかけるようになるらしい。

 いつもなら明らかな死亡フラグだが……今回に限っては分からない。  このルートではお姉様と母の間にわだかまりはほとんどない。  もしかしたら私よりも説得に向いているかもしれない。

 父の説得もそうだ。  お姉様よりも私のほうが父の背景も含めて多く情報を持っている。

 母の説得にはお姉様。  父の説得には私。

 間違えたと思っていた選択肢だったが……よくよく考えると、こちらの方が合っている気がする。

 まだ、このイベントは『詰んで』いない。

「—―ッ」

 私は未だ呆然としたままの父に向き直った。

 ▼

「お父様。起き上がれますか?」

 父は、母にビンタを喰らったままの体制で微動だにしない。  ひとまず身体を引っ張って座らせるが、反応がない。

「お父様? おーい」 「……て」

 ようやく反応を示す父。  うわごとのように何かを呟いている。

「うん? よく聞こえないです」 「どうして……ソニアは泣いていたんだ」

 がし……と、父は前髪を掻いた。  まるで私のことなど見えていないかのように、激しく。

「怒り狂って僕を罵倒するはずなのに……ビンタ一発で済ませるなんて、おかしい。おかしいおかしい」

 どうやら母のあの反応は全く予想だにしていなかったものらしい。  たくさん浮気イベントを見てきた私ですら初見だったのだ。  人生をループしたことのない父にとっては我を忘れるほどの衝撃を受けたとしても仕方のないことだ。

「分からない……ソニアの心が、分からない……!」 「……」

 母は自分のことを利用している。  そう思い込む父に、その勘違いを自分で気付かせるのは至難の業だ。

 時間もないことだし、私が正解を示す必要がある。

「お父様。分からないのなら私が教えてあげます」

 バリバリと頭を掻きむしる父の両手に、自分の手を添えて開かせる。

「ソフィーナは……分かるのか?」 「もちろん。家族ですから」

 理解することを拒否してきた奴がどの口で――と自分で思いつつ、私はにこりと微笑んだ。

「お母様は、お父様のことが本当に好きなんですよ」

 好きだから婚約者を交代した。  好きだから黒染病なんて気にしなかった。  好きだから黙って付き従い、これまで支え続けた。

 自分に自信がなさすぎる父では気付けない、たった一つのシンプルな理由。

「……ハッ。お前までそんなことを言うのか」

 父は、失笑と共に肩を落とした。  私の回答がお気に召さないようだ。

「お前の目に私がどう映っているのか分からんが……私はちっぽけな人間なんだ」

 大きくため息を吐き、身体を俯かせ、両手で顔を覆う。  まだ三十半ばのはずの父が、老人のように見えた。

「人が当たり前のようにできることができない。何をするにも人の何倍もの時間がかかる。要領も悪い。私は本当に……どうしようもない出来損ないなんだ」 「……」 「イグマリート家の家督も、もっと相応しい人が継ぐはずだった。私は消去法で選ばれただけのハリボテの当主だ。だから……」 「だから?」 「ソニアが……あんなに素敵な女性が、私を好きになるなんてありえない」

 そこまで言ってから、父はソファの上でうずくまった。  自分を出来損ないと評するその姿は、ループ前の私にそっくりだった。

 二人に似ていなかったから、私はどこか橋の下で拾われたんじゃ……なんて考えて怖くなった昔を思い出した。  それはどうやら大きな勘違いだったようだ。

 私は正しく、この人の娘だ。

「お父様が出来損ないでお兄さんへのコンプレックスまみれでかつ女心を全く理解しない割に周りの意見を聞かない頑固者でどうしようもない浮気性のボンクラということは分かりました」 「ソフィーナ。私はそこまで言ってないんだが……」 「けれど、お父様が出来損ないでお兄さんへのコンプレックスまみれでかつ女心を全く理解しない割に周りの意見を聞かない頑固者でどうしようもない浮気性のボンクラであるからと言って、お母様がお父様を好きではない理由にはなりませんよ」 「—―っ」

 世界はこんなにも広い。  どうしようもない人間であろうと、好きと言ってくれる人物は一人くらい存在する。

 父の場合、それが婚約者の妹だったというだけの話だ。

「お母様はお父様のことが好き。それ以外に泣いた理由を説明できますか?」 「……涙を使ってソフィーナとレイラを味方に引き入れる作戦かもしれん」 「『精霊の友よ。思考凝結せし者に加熱の仕置きを』」 「あぢ!? 熱つつつつぅ!?」 「お父様。さっきからうじうじうじうじ、鬱陶しいです」

 まるで過去の自分を見ているようだ。  それも相まって、父の態度はかなり私の神経を逆なでした。

 手を引っ張り、立ち上がらせ、背中を叩いて部屋から出す。

「そこまでお母様を疑うのなら、ちゃんと話してきてくださいよ」 「ソフィーナ……」 「疑っていることはもちろん、不安に思っていることも含めて、ぜんぶぜんぶ腹を割って話してください。お母様もそれを望んでいるはずです」

 母の説得はお姉様がしてくれている。  それはきっともう終わっていて、いま、父を待っているはずだ。

「行かないのなら、さっきより強い魔法をお見舞いしますよ?」 「……はは。それは怖いな」

 父は私が魔法で攻撃した部分をさすり、苦笑いした。  パン、と頬を叩き、いつもの父の顔になる。

「行ってくる」