最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#149 第五十三話「家族」


 体よく父を焚きつけたはいいものの、それで安心はできない。

 本当に母と腹を割って話せるのだろうか。  プライドの高い父のことだ。いざ母を目の前にして本音を言えなくなるかもしれない。  わずかなしこりでも残れば、この問題は再発する。

 そもそもまともに話し合えているのだろうか。  現状、血なまぐさい騒動は起きていないが、浮気イベントは方向性を間違うとすぐにそういうイベントに変化してしまう。  父とのすれ違いに絶望した母が、これから屋敷の人間を殺して回る――なんて流れになることも十分に考えられる。

 もしくは母が愛想を尽かしてしまった――なんてこともありえる。  人間の愛情なんて永遠に続くものじゃない。  百年の恋だって一瞬で冷めることもあるんだ。  今までのルートにはなかったが、今回はあるかもしれない。

 成功か失敗かはもちろんのこと、それ以外にも確認しなければならないことは山ほどある。

「……行こう。私も」

 父が出て行った扉を開き、私も後を追いかけた。

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「どこに行ったんだ……?」

 屋敷の中をざっと探してみたが、父と母の姿はなかった。  母を見かけた使用人はいたが、行方は分からず。  父については誰に聞いても見かけたという話すらなかった。

(隠し通路を使ったんだろうな)

 イグマリート家当主のみが知る隠し通路を使えば、誰にも気付かれず簡単に移動できる。  野次馬が集まらないように――という父の配慮だろう。  いつもなら自分の外聞を気にしているだけと思うところだが、今の父にそういう打算はないはず。

(先にお姉様を探そう)

 見つからない父と母を早々に諦め、まずお姉様から探すことにした。

「—―見つけた」

 庭にいくつか点在する東屋。  その中のひとつにお姉様の姿を発見し、私は進路を外へと変更した。

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 東屋に辿り着くなり、私は足早に質問した。

「お姉様。お父様とお母様は――」

 開きかけたその口を、急いで閉じる。  お姉様が唇に指を当て、無言で「しー」のポーズを取ったからだ。

「……」

 お姉様は無言のまま、ちょい、と数メートル先を指さした。  指を向けた先は裏庭に続く小道だ。  イグマリート家の庭は表と裏がはっきりと分かれている。  表の庭は背が低い植物を植えて見栄えを良くし、裏庭は背の高い木を植えて目隠しをする役割を担っている。

 表の庭と裏庭への境目の木陰。  そこに、父と母の姿を発見した。  二人とも木の根に腰を下ろし、何かを話している。  さすがにこの距離では内容までは聞こえないが……少なくとも、言い争っている風には見えない。

 日向ぼっこをしながら談笑する仲の良い夫婦そのものだ。

「大丈夫……そう、ですね」 「ええ。何度かヒヤヒヤする場面があったけど」 「ヒヤヒヤする場面?」

 オウム返しに問いかけると、お姉様はヒヤヒヤする場面とやらを指折り数えた。

「お母様がお父様を引っかいたり、首絞めしたり、踏みつけたりしていたわ」 「よかった」 「よかった……?」

 想像していた数倍は優しい内容で、思わず胸を撫で下ろした。  刃傷沙汰まで見てきた私にとって、母のそれは可愛いと言えるレベルだ。

 しかし、お姉様はそうではない。  安堵する私に向かって首を傾げたので、慌てて取り繕う。

「それくらいで済んでよかったですねお父様、と言いたかったんです。お母様って浮気を許さないタイプだと思っていたので」 「ああ、そういうことね」

 お姉様は神妙な表情で父と母のいる方に視線を向けた。  二人のやり取りを通して何を考えているのだろうか。  お姉様のすべてを理解している訳ではないが、なんとなく不安を感じていることは分かる。

 浮気イベントの行く末を気にしているのだろうか。

「お姉様、どうかしましたか?」 「……ううん、なんでもない」

 お姉様は首を横に振った。  不安を振り払うためか、いつもよりも大きく。

「あ、お話が終わったみたいね」

 こちらに戻って来る二人を見て、お姉様も立ち上がる。

 果たしてイベントはクリアできたのだろうか。  二人から話を聞くよりも早く、私はその結果を知ることになる。

 母が、父と手を繋いでいる。

 憑き物が落ちたように晴れやかな顔をした父と母。  二人の間にあった疑問や誤解はすっかりなくなったようだ。

「お父様。お母様。仲直りできたんですね?」 「ああ。私はいろいろと誤解をしていたようだ。二人にも謝らねば」

 父は母と繋いでいた手を放し、私とお姉様に向かって膝を折った。

「私を信じてソニアを説得してくれたレイラ。そして誤解に気付かせてくれたソフィーナ。ありがとう。迷惑をかけて本当にすまなかった」 「お、お父様!? 顔を上げてください!」

 土下座する父に慌てるお姉様。  しかし父は頭を下げたまま動かない。

 父の土下座は何度か見たことはあるが、彼が自発的にこの姿勢を取ったのは初めてだ。  何度も通ってきたイベントのはずなのに、初めて見る光景が多すぎる。

「いいんですよ、お父様」

 私はしゃがみ込み、父の手に自分の手を重ねた。

「迷惑をかけるのは当然。そしてそれを助けるのも当然です」 「ソフィーナ……」 「だって、私たちは家族なんですから」