最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#150 第五十四話「徹底攻撃」


「あなた。はい」 「おいおい止してくれ」

 その日の夜。  静かな食事を貴ぶはずのイグマリート家は、朗らかな談笑を交えて始まった。  母は私とお姉様の正面、いつもの席ではない。  椅子を寄せて父の隣に座り、自分の皿に盛りつけられた料理を父の口元に運んでいる。

 俗にいう「あーん」というやつだ。

「いいじゃないこのくらい。ね?」 「ははは。仕方ないな。では、あーん」 「うまい。ではこちらからも」 「あ~ん。……うん! あなたが食べさせてくれるから、いつもの十倍はおいしいわ!」 「……」

 そんな二人の様子をあまり視界に入れないようにしながら、私はもそもそと夕食を口に運んでいた。  なんだろう。自然と視線を逸らしてしまう。  仲が良いのは大変いいことだが……実の親のこういう姿はあまり見たくないと思うのは私だけだろうか。

 逆にお姉様に悪影響などはないだろうか。  そう思い、お姉様の方をちらりと伺う。

「ふふ。お父様とお母様、とっても仲良しね。ね、ソフィーナ」 「あ、はい。そうですね」

 お姉様は仲睦まじい二人を見てニコニコしていた。  どうやらこの感覚は私だけらしい。

「一時はどうなることかと思ったけれど。丸く収まって良かったわね」 「はい」

 それについては完全に同意だ。  浮気イベントは攻略法を間違えると再発する可能性を持っているタイプのイベントだ。  だから私は二度と起こらないよう、父を、イグマリート家そのものを支配することで封じていた。

 しかし今回はそんなことをする必要もない。

 父はもう二度と母に疑心暗鬼を抱くことはないだろう。  浮気イベントも、それにちなんだ家庭崩壊イベントも、もう起こることはない。  二度と。

 誰の目から見ても完璧なイベントクリアだ。

「……」 「ソフィーナ。どうかしたの?」

 お姉様が声をかけてくる。  表には出していないつもりだったが、何かを感じ取ったのだろうか。

 お姉様の心配を払拭するように、私は精一杯の笑顔を浮かべた。

「なんでもありませんっ。お父様とお母様のラブラブっぷりを見ていたら、なんだか胸がいっぱいになっちゃって」

 ▼

「それじゃあお姉様。おやすみなさい」 「おやすみ。ソフィーナ」

 食事と家族団らんの時間を終え、私は自室へと戻った。  倒れるようにベッドに寝そべり、柔らかな布団をぎゅっと掴む。

「……」

 これ以上ないほど完璧なイベントクリアをしたにも関わらず、私の胸にあるのはどうしようもない悔しさだった。

 私がルートを選ぶとき、いくつかあるものの中から最善を進むようにしている。  最善というのはもちろん『お姉様にとって』だ。

 お姉様にとって良いのなら、他の人間がどうなろうと構わない。  お姉様にとって良いのなら、私がどういう境遇に立たされようと構わない。  お姉様にとって良いのなら……、お姉様自身への理不尽も多少は許容しなければならない。

 もちろん可能な限り排す努力はするが、どうしても無理なこともある。  例えば学園入学後。  神々の遊戯にとってはメインの舞台となる場所。必然的に死亡フラグの数も尋常ではない。  いくつかは私の手が絶対に及ばないものもあるため、どうしてもお姉様自身に露払いをしてもらう必要がある。

 庇護が過ぎればお姉様は弱くなる。  学園に上がって以降のイベントの生存率を上げるため、お姉様自身にも力を付けてもらうことは必須なのだ。  だから母との軋轢も、必要悪だと割り切っていた。

 けれど違う。  こうして家庭環境を最適にした上で、浮気イベントの芽を摘み取る方法が存在していた。

「……」

 あれだけ人生を繰り返したのに、私はこのイベントの『正解』を見つけられなかった。  最初から二人とも敵と決めつけ、支配する以外に方法はないと強硬策しか使わなかった。

 攻略のカギとなったのは何ということのない談笑。それから多少の調査。  父の、そして母のことを知ろうとさえ思っていたら簡単に辿り着けたはずなのに。

「……くそ」

 布団に拳をぶつける。  柔らかな布団から、ぽす、と間抜けな音がした。

 もっと早く気付いていたら、お姉様をもっと早く苦しみから救えたのに。  私は何をしていたんだ……。

 くそ。  くそ。

「くっそぉ……ッ!」

 唇を噛み、私は己の無力さに泣いた。

 ▼ ▼ ▼

 浮気相手のエレナだが、裁判の結果、国外追放となった。  私の誘拐と父への傷害により死刑が相当となったが、その判決に待ったをかけたのが父だ。

「彼女が凶行に及ぶ原因を作ったのは私です」

 命まで取る必要はない、と訴えかけた。  父の発言を踏まえ、二度と会わないという意味も含め、別の国で暮らしてもらうことになった。

「なんで……なんで私がこんな目にィ……!」

 エレナは恨めしそうに母を睨んだ。

「全部あんたのせいよ……! その人の隣は私の居場所なのに……ッ!」

 目が合っただけで何らかの呪いがかかりそうな形相のエレナに、母は、

「何を言ってるの、姉さん」

 まるで何事もないかのように真正面から平然と答えた。

「その居場所を『いらない』って捨てたのは姉さんじゃない」 「いらないなんて言ってないッ! 本当にレブロンさんを愛してたの! あの伝染病さえなければ、私は今もそこにいられたのに……ッ!」 「嘘よ。姉さんは婚約破棄をするきっかけを探していた。たまたまそれが黒染病だったというだけ。あれがなければ別の理由を探していたでしょ」 「あんたも知ってるでしょ! 私は身体が弱いから、病気がことさら怖かっただけ!」 「よく言うわよこの健康優良児。姉さんが風邪を引いたことなんてあったかしら? ……ていうか私にごちゃごちゃ言ってきてるけど、私も言いたいことはたくさんあるのよ」

 母はため息を吐きながら、閉じた扇子でエレナを指さす。

「そもそも姉さんはこの人を愛してなんていない」 「でたらめ言わないで! 本当に愛しているんだから! 昔も……今だって!」 「……つい先日、家でいろいろあって、この人と昔話をする機会があったの」 「はぁ? ……何よいきなり」

 突然話の方向が変わり、エレナは眉を寄せて戸惑っている。  母はたぶん、二人きりで腹を割って話したあの時のことを言っているのだろう。  それは分かるが……どうして今、このタイミングで?

「この人、自分は愛されてない、利用されてるなんてずっと思ってたらしいのよ。あれだけ尽くしたのに失礼しちゃうわよね……けど」

 ぱさ……、と、母が扇子を開く。

「よくよく話を聞くと、姉さんが原因みたいじゃない」 「は、はぁ……!?」 「顔を合わせる度に高いレストランをねだったり、結婚した後は高級アクセサリーを毎月欲しいとか言ったらしいじゃない?」

 父が疑心暗鬼の目で母を見るようになったそもそもの原因。  コンプレックスの塊、かつ黒染病で壊滅寸前のイグマリート家に飛び込んできた母の奇行に面食らったということも大いにあるだろうが……それより先に、エレナの行動の数々があったらしい。

「姉さんが強欲な態度を見せたせいでレブロンさんは長らく疑心暗鬼に苦しまされたわ。つまり、こう言い換えることもできるわ」

 開いた扇子で顔を隠し、母はエレナを睨んだ。

「姉さんが、私の幸せな結婚生活にケチをつけた……ってね」 「ひっ」

 怒り心頭だったエレナが、びくりと一歩下がった。  私の位置からでは母の顔は見えないが……よほど怖いものだったらしい。

「軽い刑で済んで良かったわね? 私が裁判官だったら、それはそれは重~い刑にしていたわよ。死刑にしてくれと懇願するくらいのものを、ね」

 たぶん、母は本気だ。  浮気がらみで数々の凶行を実際に起こしてきたんだ。言葉の重みがまるで違う。

「は……早く、早く私を連れて行ってください! あいつの目の届かないところに、急いで!」

 青白い顔をしたエレナが、兵士にそう懇願する。  どうやら完全に心を折られたようだ。

「レイラ。ソフィーナ」

 ぱちん、と扇子を畳み、母が私とお姉様の肩にそっと手を置いた。

「旦那に手を出されたら、これくらい徹底してやらなくちゃダメよ」

 ……その教育はどうなんだろう。

「何はともあれ、これで一件落着か」 「あら。まだ終わってないわよ」 「え?」

 ほっ、と、一息ついた父に向って、母はにこにこ笑顔で指を差した。

「あなたへの罰がまだじゃない」