最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#152 第五十六話「返答次第」


「働く……?」 「ああ。それも私の専属で」 「え、えええ!?」

 私の提案に、ノーラは目を見開いた。  彼女からすれば唐突な話なので当然と言えば当然の反応だ。

「専属メイドって貴族でないとダメなんじゃなかったっけ」

 家事だけを行うメイド――いわゆるハウスメイドは身分を問わず働けるが、家人の専属は爵位が下の貴族から雇うことになっている。  これは常に貴族の傍にいなければならない関係上、メイドであっても作法を求められるためだ。

 ノーラの言う通り、専属メイド=貴族というのは割と一般的だ。  しかし幸いなことに、イグマリート家では必ずしもそうではない。  平民であろうと優秀であれば専属に召し上げられる。  リズベラなんかがいい例だ。

「私、貴族の作法とかあんまり分からないんだけど……」 「大丈夫。すぐ覚えられる」

 リズベラも一年くらいで覚えられていた。  もともとニホンの作法が身についている――見聞きした限り、ニホンの作法はかなり貴族的で上品だ—―ノーラなら半年でマスターするだろう。

「ていうか、急にどうして?」

 ノーラはどこか及び腰になっている。  さすがに強引すぎたか。

「分かった。理由を説明するから、とりあえずそこに座ってくれ」 「うん」

 ちょこんと椅子に座るノーラ。  メイド服なのに貴族と見間違えそうになるくらいの華やかさがある。  ……私のドレスを着せたらどうなるのだろう。

 いつか試してみようと思いつつ、私もノーラの正面に座る。

「まず、ノーラを誘うに至った考えを聞いてくれ」

 ▼

 私とノーラの利害は完全に一致している。  私はお姉様に幸せな人生を送ってもらうため。  ノーラは推しと結ばれた後の世界を見るため。

 これらを達成するためには、トゥルーエンドを攻略することが必須となる。  トゥルーエンドの攻略のため、ノーラはいなくてはならない相棒だ。

「ここまではいいか?」 「相棒って思ってくれてるんだ。嬉しいなぁ」 「真面目に聞け」

 にへ、と笑うノーラにチョップを入れてから話を先に進める。

「円滑にシナリオを進めるためにはお互いの情報交換は必須……なんだが、問題がある」 「気軽に会えないってことだね」 「そう。それを解消するための方法が『専属メイドになってもらう』だ」

 まだ説明の途中だが、この段階でノーラもピンと来たようだ。  私は頷き、ノーラが纏っているメイド服を指さした。

「メイドになれば、いつでも会えるようになる」

 実はノーラを雇う方法は前々から思いついていた。  しかし現時点の私の権限ではどうすることもできなかったので、ずっと保留していた。

 本当なら、浮気イベントをいつもの方法――父を脅して従わせる—―で攻略後、無理やり雇うことを了承させようと考えていた。  しかし今回、「迷惑をかけた詫びとして願いを叶える」というご褒美をもらった。

 その権利を使い、了承をもらった、という形だ。

「確かに……私が専属メイドになったら、家を出入りしても、ソフィーナと一緒に居てもぜんぜん不自然じゃなくなるね」 「ああ。作戦会議だってやり放題だ」 「そういうことならぜひ……と言いたいけど……」 「何か問題があるのか?」

 二つ返事で了承をもらえると勝手に思っていたが、ノーラは言葉を濁した。  申し訳なさそうに指を交差させている。

「お父さんと話をして、了承をもらわないと今は返事できない。ごめんね」 「あ、そっか……」

 ノーラも外見年齢は十二歳で、まだ親の庇護下にいる子供だ。  中身を知っているし、かなりしっかりしているから、そこを考慮しなければならないことをすっかり失念していた。

「ごめん。自分の都合ばかり押し付けてた」 「誤らないで。私もソフィーナの立場だったらたぶん同じことをしたと思う」

 ノーラは席を立ち、メイド服とセットで渡したカチューシャを外した。

「とりあえず帰って聞いてくるよ」 「分かった」

 ノーラを引き入れる作戦は一旦ここで保留となった。  彼女の返事を待つ間に、最後の確認作業に入ろう。

 ▼ ▼ ▼

「ここからは一人で行け」

 街道を歩く男女。  男は憲兵のようで、かっちりとした制服を着こなし、腰に剣をぶら下げている。  男は連れ添っていた女に、先に進むよう促した。

「罪人エレナ。今後一切、クレフェルト王国への立ち入りを禁ずる」 「はい」 「もうあんな真似はするなよ」 「……ご迷惑をおかけしました」

 男に向かって一礼し、女はとぼとぼと一人で街道を歩き出した。  もう少し先へ進むと、クレフェルト王国の外――隣国の領土に入る。

 その手前で、は声をかけた。

「ばぁ!」 「!?!?!?」 「ふふ。びっくりしました?」 「びびび、びっくりしたなんてもんじゃないわよ! どうしてここにソフィーナちゃんがいるの!?」

 茂みから姿を出すと、エレナは身体能力強化の魔法を使っているのかと思うほど飛び上がった。

「は!? まさか、ソニアに言われて私の命を……!?」 「違います」

 自分の身を抱きしめるようにして距離を取るエレナに、私は敵意がないことを示すように両手を上げた。

「聞き忘れていたことがあって、こうして待ち伏せしていました」 「な、なんで私がここに来るって分かったの!?」 「クレフェルト王国から外に出ようと思ったらここしかないですからね」

 クレフェルト王国と友好的な関係にあり、さらに街道が整備されている国はアリート王国だけ。

「だとしても、どうしてこの時間に私が来るって分かったの……?」 「そこはなんていうか、勘です」

 ……オズワルドを国外追放するルートを何度も経験したことが、まさかここで活きてくるとは。  にぱ、と笑って誤魔化すと、エレナは薄気味悪いものを見るかのように後ろへ下がった。

「何の用なのよ……! 私はもう、あんたたちに関わる気はないわよ!?」 「ちょっとした確認です。今回こういった結末になっちゃいましたが……エレナさんはどう思われているのかな、と」

 私が確認したいこと。  それは、このルートがトゥルーエンドの条件を満たしているかどうか、だ。

 今回のシナリオはすべてがうまく行っているように見える。  しかし、それとトゥルーエンドの条件を満たせているかは別だ。

 トゥルーエンドの条件は二つ。  ①難易度の高いイベントを攻略すること。  ②敵対勢力の、敵対理由だけを排除すること。

 今回の敵であるエレナは国外追放されてしまった。  もしかしたら、条件②を満たせていない可能性がある。

 今までだったら放置して先に進み、問題が出てからやり直せば済む話だった。  しかし今はセーブポイントの更新がある。

 やらかした状態のまま進むと、永遠にトゥルーエンドの道が閉ざされてしまう可能性がある。  エレナの返答次第では、もう少しこのシナリオをやり直す必要が出てくるかもしれない。

「どう思ってるのか、ですって……?」

 はん、とエレナは鼻で笑った。

「そんなの、決まってるじゃない――最悪よ」 「……っ」