最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#153 第五十七話「すべき準備が整った」


 父が母に抱いていた疑心暗鬼が解消されたことで浮気相手との関係を断った。  そして浮気が露見したにも関わらず母は父を許した。  支配することでしか得られないと思っていたイグマリート家の安寧を、家族の笑顔と共に手に入れることができた。

 これ以上ないハッピーエンド。  ただ、エレナの立場で考えるとどうだろう。

 母に不満を持っていた父を――たとえ世間から指を差される関係だったとしても――労わっていたところ、突然関係の解消を言い渡される。  話をしようとしても会うことすらしてもらえない。  追い詰められた彼女は屋敷に出向き、そこで父の娘と出会う。  父を呼び出してもらおうとしたがやんわりと断られる。  追い詰められたエレナは誘拐を選んでしまう。

(改めて考えると最悪だな)

 罪を犯したとはいえ、二度と故郷の土を踏めなくなってしまった。  それを最悪、と表現したエレナに同情してしまう。

 敵が納得していないのなら、やり直すしかない。  ただその場合はどうすればいいのか。

(あの時の会話……)

 エレナに誘拐されたとき。  なだめ方を間違えて激昂させてしまったが、もっと上手に会話を運べていたら彼女にも納得してもらえる結末があるかもしれない。

 ただ、その場合は別の問題が浮上してしまう。

 ――今回は、今回だけは特例  ――最初に不貞を持ちかけたのがあっち側だったことと、私自身に落ち度があったこと。この二つがあったからギリギリで許したに過ぎないわ

 母と交わした会話が脳内をよぎる。  あの表情を見るに、エレナを許したのは本当の本当にギリギリだったんだと思う。  少しでも日和った解決策を提示すれば、凶行に走るだろうという予想は簡単についた。

 母が浮気を許すには、エレナの国外追放は必須。  ただトゥルーエンドの条件を満たすには、エレナに納得してもらう必要がある。

 相反する二つの条件に、私は頭を抱えてしまう。  今以上に良くなる進め方が全く思い浮かばない。

(……またしばらく、この区間を行ったり来たりになるな)

 ノーラに申し訳なく思いつつ、私は『戻る』決心をする。

「—―なんて、最初は思っていたんだけどね」

 まさに戻ろうとしたその瞬間、エレナが予想外のことを口にする。

 ▼

「ずっと牢の中で考えてたの」

 国外追放などが決定した罪人は牢に入れられるが、実際に刑が執行されるまで手厚く保護される。  何の労働も課されることなく、刑が執行されるまでひたすらぼーっとする時間だ。

 自らの罪と向き合うため――とされているが、実際は裁判資料などをまとめたりするための保留期間、つまりはお上の都合で設けられた空白の時間だ。

「初日はなんで私だけがこんな目に遭うのって、私を捨てたレブロンさんをずっと呪っていたわ」

 エレナの怒りは母ではなく父に向かっていた。  まあ、あれだけ脅されたらそうなるか。

「けれど考えるうち、ふと思ったの」 「何をですか?」 「あの人、私がこんなに執着するほどの人かしら――ってね」 「え」 「確かに命を救ってもらった恩があるし、かつては婚約者だったんだから多少の情はあるけれど。そこまでして関係を維持したいかって言われると……うーんってなっちゃうのよね。改めて冷静になって、どうして私はレブロンさんのことをこんなに思っているのか、その気持ちの根本は何なのかに気付いたの」

 ぱん、と手を叩くエレナ。

「私はソニアに嫌がらせしたいだけだったんだ――って。そう考えたらレブロンさんに執着してたのって、別に彼のことが好きだからじゃなかったんだって思ったの」 「……はぁ」

 私は生返事を返した。返すしかなかった。  この人、父のことを誰よりも一番愛してる――とか叫んでなかったっけ?

「小さな嫌がらせに夢中になって、これまでとこれからの人生を棒に振っちゃったなって考えたら、なんだか可笑しくて」

 自分で言いながら、エレナは腹を抱えて笑い出した。

「私が川に身を投げようと思ってた話、覚えてる?」 「もちろん」

 そこそこ裕福な家から転落する人生に耐えかねて、エレナは死を選びかけた。  助けられた父に運命的なものを感じ、以降父に執着するが……紆余曲折を経て、それが完全になくなっている。

「あの時はこれ以上下はないって思ってたけれど……まさかさらに下の下があるなんてね。本当、笑えるわ」

 あちこちに飛んでしまった話を元の流れに戻る。

「今の状況をどう思っていますか――という質問の回答は『最悪』。だけど気分は悪くないわ。むしろすっきりしてる」

 エレナを『敵』たらしめていた理由である父への執着。  それは今回のルートで完全に消滅していた。

「聞きたいことはそれだけ? じゃ、私はもう行くわ」 「呼び止めてしまってごめんなさい」

 道を空け、エレナを通す。

「エレナさん」 「なに?」 「その……大丈夫ですか?」

 アリート王国はクレフェルト王国の友好国とはいえ、生活様式などは色々と違っている。  移住にはそれなりの苦労が伴う。  それも含めた罰ではあるが……なんとなく心配になる。

「なーに言ってるのよ。大丈夫に決まってるわ」

 私の心配を、エレナは笑い飛ばした。  地面の上を指さしながら、

「ここが私にとっての最悪。なら、あとは何をしても上がっていくしかないでしょ?」 「……ははっ。そうですね。いらない心配でしたね」

 屁理屈ではあるが、明るい顔で言われると本当に大丈夫だと思えてしまう。

 次第に小さくなるエレナを見送りながら、私は確信した。

(トゥルーエンドの条件、達成だ)

 ▼

 数日後、ノーラから「専属メイドOK」の返事がきた。

「『おめぇがやりたいと思うことならやれ』だって」

 平民が貴族の専属メイドに召し上げられるとなったら慌てるのが普通だが、ノーラの義父は平然とそう言ってのけたらしい。  ダメだった場合は私が出向いてでも説得しようと思っていたので非常に助かる返答だったが、ノーラは複雑な表情をしている。

 ノーラは義父の家業を手伝っている。そのため簡単には抜けられないと思っていたようだ。  だからこそあの時、返事を保留していたのだが……拍子抜けするほどあっさり了承されて逆に驚いたらしい。

「『おめぇが抜けた程度で傾く訳がねぇだろ』って言われちゃった。私、けっこう仕事で役に立ててたと思ってたんだけどなぁ……」 「心配なら、週に何度か来てくれるだけでもいいぞ。もしくはこっちから人を出してもいい」 「うん、ありがとね」

 ノーラの家族については様子見が必要だが、これで幼少期にすべき準備は整った。

 学園は死亡イベントの数が跳ね上がる。  数が多くてフラグが複雑なので混乱しがちだが……個々の難易度はそうでもない。

(学園からは力技も使えるしな)

 身体の成長に伴い、反動を抑えながら使える魔法も増えていく。  イベントが手ごわくなる分、私も強くなる。自然と取れる手段も多くなる。  特に、学園のとあるイベントで入手できる杖は攻略の必需品だ。杖さえ手に入れれば一対一の戦闘で負けることはほぼなくなる。

 フラグの整理とほどほどの力技。これらがあればほとんどは問題なくクリアできる。  ――そんな状態でも、私が攻略不可能と判断し回避したイベントがいくつかある。

 トゥルーエンドの条件を満たすため、今後はそれらを正面から突破しなければならない。  以前の私なら不安と絶望で心がささくれ立っていたと思う。  しかし今は違う。

 ▼

「これからこちらでお世話になりますノーラと申します。よろしくお願いします」

 家族の前でノーラをお披露目する。

「こちらこそよろしく頼む。ソフィーナは危なっかしいところがあるから、できれば君が止めてくれ」 「あなた、お菓子作りが得意と聞いているわ。後で作ってくれないかしら」

 父と母はノーラを歓迎してくれている中、

「……じー」

 お姉様は値踏みするような目でノーラをじぃっと睨んでいた。

「……ノーラ、と言ったかしら」 「はい」

 お姉様に声をかけられ、ノーラは肩を強張らせながら背筋を正す。  ノーラの中では『悪役令嬢』のイメージが強いらしく、お姉様がちょっと怖いらしい。

「あなたに言っておきたいことがあるのだけど」 「な、なんでしょうか」

 お姉様はぐぐっと顔を近づけ、凄みを効かせる。  ノーラはヒロインだから、悪役令嬢のお姉様とは相性が悪いんだろうか。

 少しハラハラしながら様子を見ていると、お姉様がぽつりと言い放つ。

「ソフィーナのお姉ちゃんは私だから」 「はい……え?」 「ソフィーナのお姉ちゃんは私だから、って言ったの」

 それだけを言い、フン、とお姉様はそっぽを向いた。  ――お姉様の言いたいことを要約すると、たぶんこうだ。

 ノーラとお姉様は年が同じ。  そんなノーラが、四六時中私と行動を共にする。  ひょっとしたらノーラに姉の立場を取って代わられるのでは? という危機感を抱いている。

(もしかして……今までノーラに警戒心を見せてたのって、ヒロインだからとかじゃなくて……)

 姉という立場を脅かされると思っていたから?  子供らしくないお姉様の子供っぽい仕草。長くお姉様を見続けた私でもほとんど見たことがない。

「それだけは忘れないで。いい?」 「—―――――――ぶっ」 「!?」

 いきなり真後ろに卒倒するノーラに、お姉様はびっくりしている。

「っと、危ない」

 私は慣れていた――と言っても、見るのは久しぶりだ――ので、ノーラの背後に回って支えてやる。

「えへへ……お姉ちゃんポジションを主張するレイラ萌え……不意打ちの至近距離でそれは致死量だよ……」 「ちょ、ちょっとあなた、大丈夫!?」 「大丈夫です。いつもの発作なので」

 いきなり倒れたノーラに慌てる家族を見ながら、私の顔に自然と笑みが浮かぶ。

 これからどんな困難があっても。  私はもう、一人じゃない。

『セーブポイントが更新されました』