それはとある日の昼下がりのこと。 私ことソフィーナは、大好きなお姉様とお茶の時間を楽しんでいた。
「さあどうぞ」 「いただきます」
貴族は親しい間柄にのみ、自分で紅茶を入れるという慣習がある。 それに習い、私はお姉様の入れてくれたお茶を堪能していた。
「おいしいです!」 「また腕を上げたわね、レイラ」 「ありがとうございます。お母様。ソフィーナも」
今までのお茶会はお姉様と二人きりが常だったが、父の浮気を巡る一連の事件が円満解決してからというもの、母が参戦するようになった。 最近は時間が合えばこうして三人で茶会を開くのが常になっていた。
かつてのイグマリート家の家族関係は、一言で表すと『最悪』だった。 家の発展だけに執着する父。 理不尽を突きつけてくる母。 この二人が家庭内に不和をもたらし、お姉様の繊細な心にいくつもの傷をつけていた。
私は二人を早々に見限り、お姉様だけを見てくれる理想の相手を探す方向に舵を切った。 人生は結婚前よりも後の方が長くなる。 家族仲を取り持つよりも、結婚相手を厳選したほうが結果的にお姉様は幸せになれると考えての行動だったが……。
「この味ならアレックス殿下もメロメロね」 「お母様! アレックス殿下は関係ありません!」 「そんなこと言っちゃって。誰かに取られてから後悔するのはあなたなのよ?」 「も、もう! からかわないでください!」
母をポカポカ叩くお姉様。 この様子を見る限り、これまでの私の選択は間違っていたんだろう。 もっと早くこうしていれば……。
「ソフィーナ。あなたからもレイラに何かアドバイスを……ソフィーナ?」 「どうかしたの? ソフィーナ」 「いえ。ちょっと日光が眩しくて」
じわりと浮かんだ涙を太陽のせいにして誤魔化す。 私はこの後悔にずっと苛まれ続けるのだろう。 それでいい。 いや、苛まれていなければならない。
失敗を積み重ねることで人は強くなる。 なら、この痛みはきっと……私を強くしてくれるはずだから。
「それにしても、こうしてお母様とお茶をするのが当たり前になる日が来るなんて、思ってもいませんでした」 「そうかしら」
首を傾げながら、母が眉をひそめる。 人生一回目の母にとってはこの光景が当たり前に見えるだろう。 しかし私はそうじゃない。
お姉様に辛く当たる母。 お姉様に嫌味を言う母。 お姉様を……殺す母。
何度も見てきて、むしろそちらが私にとって当たり前だった。 だからこそ、この光景がいくつもの奇跡の上に成り立つ尊いもののように感じられる。
私と母のやり取りを見ていたお姉様が、しみじみと頷く。
「お母様。実は私もソフィーナと同じことを思ってました」 「レイラまで」 「だって……私、お母様に叱られてばかりでしたし」
視線を落とすお姉様に、母が「うぐ」とバツの悪そうな顔をする。 こうして頻繁に会話を重ねるようになり、お姉様に辛く当たっていた自覚がようやく芽生えたのだろうか。
「……レイラ。聞いておきたいんだけど」 「何でしょうか?」
母はお姉様の方に身体を向け、真剣な表情で尋ねた。
「私のこと……恨んでるかしら?」 「恨む? どうしてですか?」 「だって、その、キツいことばかり言ってしまっていたし」 「それは私の出来が悪いからです」
きっぱりとお姉様は言い切った。
「未だ婚約者も見つけられず、その他の部分でも秀でた成績を残せていません。お母様がご心配なさるのは当然のことだと思います。ありがたいと思うことこそあれ、恨むことなんて絶対にありません」
お姉様と母の関係が良好だったことは今までのルートにはなかった。 幼少期はいつも棘のある言葉を浴びせていたし、成長後はほとんど不干渉を貫いていた。 それでもお姉様は母のことを悪く言ったことはない。 どれだけ辛い接し方をされようとも、お姉様は母のことが大好きなのだろう。
「ですから期待に応えられるよう、これからも色々とご指導を……お母様? どうしたんですか?」
母はまるで太陽光を直接見てしまったかのように、手で目元を覆う防御の姿勢を取っていた。
「……あなたが眩しすぎて」 「え?」 「なんでもないわ」
こほんと咳払いをしながら、母は扇子をテーブルに置いた。
「レイラ。あなたはあの人に似て、色々と内側に溜め込む気がある」
母の手が、お姉様の頭上に伸びる。 しばらく彷徨ったのち、ぽん、と手が頭の上に置かれた。
「だから……何か困ったことがあったら、いえ困ったことがなくても、遠慮せず何でも言ってきなさい」 「ありがとうございます、お母様」 「ふん」
母がするりと手を引っ込ませた。 かなりぎこちない仕草で、かつ短時間だったものの、お姉様を撫でた。 単なる気まぐれだったかもしれない。
しかしどれだけ傷つけられても母を嫌いになれなかったお姉様にとって、それはこれまでの理不尽を帳消しにするほどの行為だ。
「〜〜!」
嬉しさのあまり声が出そうになるも、ここではしゃぐとはしたないので我慢するが抑えきれずに拳を上下に小さく振るお姉様がなんとも愛らしい。
これ以上はないと思っていたが。 また一歩、家族仲が良くなった実感を得た。
「イグマリート家の名に恥じぬよう、学園に入ってより一層勉学に励みます!」 「っ」
お姉様から出た『学園』という単語に、私の手が無意識に反応を示した。
「ソフィーナ。どうかした?」 「いえ。ちょっと紅茶が熱くて」
緊張が外に出ないよう、丁寧に表情を笑顔に保つ。
「来週にはレイラもハモンズ王立学園の生徒……月日が経つのは早いわねぇ」
しみじみと言う母に、私も胸中で同意する。 お姉様をオズワルドの婚約者にしたまま進めていくAルートから、私をオズワルドの婚約者にすげ替えるBルートに変更してから幾年。
それなりの回数ループしたが、過ぎてしまえば大したことはない。 まさに『月日が経つのは早いもの』だ。
神が言うところの『ゲーム本編』であるハモンズ王立学園の入学まで、幾多の失敗を経てようやくこぎ着けた。
「できれば入学前にアレックス殿下を射止めてほしかったけれど……そっちはまだみたいね?」 「ごほっ! お、おおお母様!」 「私の見立てでは殿下もまんざらではないと思うの。もっと積極的に行きなさい」 「そういうアドバイスはいりませんから!」
じゃれ合うお姉様と母。 仲睦まじい光景を遮るように、私の眼前に『窓』が現れる。
『入学式に参加しますか?』 はい いいえ
(やっとここまで来た)
テーブルの下で、指が食い込むほどに――けれど皮膚を破らない程度に拳を握りしめる。 ここから。 ここからが本番だ。
すべてのイベントを正面から攻略して、神が定めたふざけた結末を変えてやる!
『入学式に参加しますか?』 →はい いいえ