最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#155 第二話「五大イベント」


 家族でお茶会を楽しんだあと、私は部屋に戻らず庭先へと歩みを進めた。

「ソフィーナお嬢様。こんにちは」

 庭園を通り過ぎようとしたところで庭師に声をかけられる。  ちょうど花に水をやっていたようで、手にはジョウロを持っていた。

「こんにちは。今日はいい天気ですね」 「ええ。ソフィーナお嬢様はお散歩ですかな?」 「お散歩もありますが、使用人宿舎にも用があるんです」 「ああ。例の、お嬢様がスカウトしたあの子ですね」

 私が行き先を告げると、庭師は察したように頷いた。  そのまま手を振って別れを告げ、先へ進む。

 公爵家は屋敷の敷地面積が広いため、庭の中に本家以外の建物が点在している。  そのうちの一つが、今向かっている使用人宿舎だ。  読んで字のごとく使用人たちのために用意された宿舎で、イグマリート家で働く使用人たちはみなここに住んでいる。

 基本的に貴族は住み込み以外での働き方を認めていない。  理由は様々ある。  屋敷の中で見聞きした情報が外に漏れないよう統制するため。  快適な居住空間を与えて仕事に専念してもらうため。  あと、使用人には直接関係ないが貴族としての格を誇示するため。  「これだけの使用人を雇ってもウチは全然平気ですよ!」「使用人にもこれだけ不自由ない暮らしをさせていますよ!」と、言外に言いたいのだ。

 まあその理由は本当にオマケで、あくまで第一目的は快適な労働環境の提供にある。  なにしろ使用人の質は貴族の地位に直結するからな。

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 使用人宿舎に近づくと、水場で話し声が聞こえてきた。  そちらの様子をこっそりと伺うと、ちょうど数人のメイドが自分たちの洋服を洗濯しているところだった。

「この石鹸、なかなか泡立たないのに……何なのこの泡立ちは! まるで奥様がお使いになる石鹸みたい」

 リズベラがわなわなと震えながら、泡だらけの洗濯桶を眺めている。

「一体どんな魔法を使ったの、ノーラ!?」

 質問を向けられた使用人――ノーラは、何でもないように説明する。

「魔法じゃないですよ。こうやって網を使って石鹸をこすると泡立ちやすくなるってだけです」

 ノーラが細い網ヒモで包まれた石鹸を掲げて見せる。

「泡は石鹸の成分と空気と水の混合体ですから。こうして網を使うと」

 石鹸を水に付け、それを両手で擦ると――あっという間にノーラの両手からこぼれるほどの泡が生成される。  それを見て、使用人たちがさらに「わぁ!」と驚いた声を上げる。

「ほら。ほどよく空気が混ざりやすくなる上、擦れる面積が手よりも大きくなるから、すごく泡立ちやすくなるんです」 「し、知らなかった」 「さすが物知りね、ノーラちゃん」 「私は全然。ぜんぶ父の受け売りで……あ、ソフィーナお嬢様」

 私に気付いたノーラが立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。  他のメイドたちも彼女に習い、次々と頭を下げてくる。

「ノーラと話がしたいんですが、取り込み中ですか?」 「大丈夫ですよ」 「ありがとうございます。ノーラ。来て」 「かしこまりました」

 ノーラを連れ立ち、私は自室へと足を運んだ。

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「仕事は順調か?」 「はい。皆さんとても良くしてくださっています」 「ノーラ。口調」 「あ、ごめん」

 雇い雇われの関係になったということで、皆の前では敬語を使うようになった。  二人きりの時は前みたいに話すようにと言っているのが、そこの切り替えがうまくいかない時があるらしい。

「相変わらず知識無双してるな」 「ちょっとでも効率よくしたほうがいいかなと思って……でもみんなリアクションがすごくて、こっちがびっくりしてるよ」 「私たちの常識とノーラの常識は違うからな」 「そうかなぁ?」

 転生者ノーラは私達を作った神と同じ世界の住人だ。  遊びで世界を創造できるほどの力を有する彼らは、当然ながら世界に対する理解も私達などとは比べ物にならない。

「夕空がどうして茜色になるのか、説明できるのはこの世界ではお前くらいだよ」 「Y◯ut◯beの雑学動画を見るのが趣味なだけだったんだけどなぁ」

 叡智の結晶とも呼べるものを――本人曰く――一般人のノーラが常識と思い込めるほど浸透している。  それがどれほどすごいことなのかを、ノーラはあまり理解していない。

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「さて。来週はいよいよお姉様の入学式だ」 「いよいよ本編突入だね」

 イベントをクリアしようという意気込みと、幾ばくかの緊張を含んだ表情でノーラが拳を握る。

「一旦、おさらいしておこう」

 ノートを使って補助しつつ、説明をする。

「学園にいる期間は十三歳から十八歳の五年間。この間、お姉様に降りかかるイベントは四千九十六個ほどあって、うち死のイベントになるのは五百十二個だ」 「……改めて聞くととんでもないね」 「安心しろ。あくまで一覧というだけで、全部のイベントが一気に来るわけじゃない」

 実際はAとBというイベント、どちらを選びますか? という選択肢が多い。  つまり学園生活上で実際に遭遇するイベントは全体の数の約半分、二百五十六個。

 学園の卒業は五年後。

「およそ週に一度やってくる死のイベントを避ければいいだけだ」 「それならまだ大丈夫だね! ……あれ? 私も感覚がおかしくなってるような……?」

 頭の上に「?」を浮かべるノーラだが、気にせず先へと進める。

「イベントの中で、特に難易度が高いであろうものを選んでおいた」

 今まではクリアできないイベントは避ければいいだけだったが、今回は違う。  全員が幸せな結末を迎えるという、幻のトゥルーエンド。

 条件はたった二つ。  ①難易度の高いイベントを攻略すること。  ②敵対勢力の、敵対理由だけを排除すること。

 これら達成のため、今まで避けていた難易度の高いイベントをあえて受けなければならない。

「親善試合、舞踏会、郊外授業、遊戯会、卒業」

 指折り数えながら、私はそれら忌まわしいイベントを口にした。

「私がどうしてもクリアできなかったイベントたちだ」

 それ以外のイベントは後のイベントで詰む原因になったりと色々あったが、クリアという形だけは取れている。  避ける以外の選択肢が見つからなかったのは、この五つだけ。

 これら高難度イベントは年に一度の間隔でやってくる。  神が配置したかのような、作為的と思えるような美しさだ。  本当に、反吐が出る。

「五大イベントをクリアしつつ、他のイベントを避けていく……そういう感じでいいんだね」 「ああ。懸念点は二つ」

 一つ目。  セーブポイントがあるため、やり直しが効かない。  高難度イベントを超える上でセーブポイントは有用だが、逆に間違えた状態でクリアするともうやり直しが効かない。  セーブポイントの更新は慎重にしなければならない。

 二つ目。  五大イベントがトゥルーエンドの条件を満たすイベントである確証がない。  こればかりは調べようがない。  せめて何かヒントがあればいいんだが……。

「ステータス画面も開けないもんね」 「ああ」

 ノーラに言われて何度か「ステータスオープン!」と叫んだが、虚しくこだましただけだった。

「あとは高難度イベントをクリアできるかどうかも心配だな。私が把握している以外のイベントが来る可能性もないとは言い切れない」 「二つじゃなくて四つだね。けど大丈夫だよ」

 ぐっ、と拳を握るノーラ。

「随分な自信だな。根拠はあるのか?」 「私がいる」 「……」 「あ、私が全部解決する! とかじゃないよ。けどソフィーナがクリアできなかったのは一人で挑んだからだよね?」

 私にはこれまで味方となる人間はいなかった。  どうしようもなく行き詰まったとき、何人かに本当のことを打ち明けたこともあった。  反応は様々だったが、基本的には「頭がおかしくなった」としか受け止められない。

 無理もない話だ。  私だって真っ白な上位世界を見なかったら、きっと同じ反応を返していただろう。

 相手の気持ちは理解できるが、相手から私の気持ちは理解してもらえない。  だったらもう、胸の内を打ち明けることなんてしなければいい。

 あの時はそれで心の平穏を保った気になっていたが、今思えばどこかが壊れてたんだろうな。

「一人じゃ無理なイベントでも、私たち二人がかりならクリアの糸口だってきっと見つかるよ! ……たぶん」

 一人ではなく、二人で。  一人で戦う以外の選択肢がなかった私にとっては、救いとも言える温かい言葉だ。  どんな魔法を体得したとしても、この心強さを得ることなんてできないだろう。

「ソフィーナ? おーい」 「そうだな。頼りにしてる」

 ノーラの肩に手を置き、私は椅子から立ち上がる。

「それじゃ早速、役に立ってもらおうかな」 「え? 何かするの?」 「これからイベントクリアの最重要アイテムを手に入れに行く」 「最重要……アイテム」

 ごくりと喉を鳴らすノーラ。  遅れて、彼女も椅子から立ち上がる。

「分かった。それはどこにあるの?」 「ノーラがよく知る場所だよ」