最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#156 第三話「石」


 アイテム入手のため、ノーラを連れて街を歩く。  しばらくはお互い無言で歩いていたが、イグマリート家からほどよく離れてからノーラが話しかけてくる。

「ソフィーナ。その最重要アイテムって、いつのイベントに使うものなの?」 「全部」 「え?」 「今後発生するイベントの全部にかかわる」 「そ、そんな重要なものなの!?」 「ああ。というか、それがないとまともに進めない」

 学園編のイベント攻略の大半は基本それに依存する形になっている。  攻略はもちろんのこと、イベントそのものを発生させない方面にも大いに役に立ってくれる。

「まさにキーアイテムだね」 「なんだそれ?」 「シナリオを進める上で鍵になるアイテムのことだよ。クリスタルとか通行手形とか討伐の証とか、ゲームによって呼び方はいろいろあるけど」 「なるほど」

 イベント攻略の鍵……か。  間違ってはいない。

「それで、そのキーアイテムはどこにあるの?」 「あそこを曲がればすぐだ」

 進行方向の先を示すと、ノーラは訝しげに眉をひそめた。

「……ねぇ、あそこってまさか」 「ノーラがよく知る場所って言っただろ?」

 私が差した先には、露店街が広がっていた。

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 露店街に近づくたび、ざわざわと一緒くたになって聞こえていた喧騒が個々に聞き分けられてくる。

「そこの奥さん! 今日採れたばかりの野菜はどうだい?」 「うーん。よそのお店よりなんだか小ぶりねぇ」 「確かに小さいが、その代わり甘みが強い種なんだ。一口食べればもうよそのものは食べられねえぜ?」

 右側では野菜売りと中年の女性が話をしている。  左側では、雑貨売りと傭兵が話をしていた。

「この薬草、もう少し安くしてくれねえかい?」 「こちらの研磨剤とセットで買ってくれるなら、それぞれ割引しようじゃねえか」 「くっ、研磨剤はさっき買っちまったんだよなぁ。他のものは何かないか?」

 右から左からと、交渉の声がひっきりなしに届く。  露店街は相も変わらず大賑わいだった。

「ね、ねぇソフィーナ。本当にここにあるの?」

 内緒話をするように、ノーラが耳元で囁いてくる。  それがなんだかこそばゆくて、少しだけ距離を空けつつ答える。

「ああ」 「もしかして……掘り出し物?」 「正解」

 露店街は申請さえすれば誰でも店を開くことができるが、これには店側、客側両方にメリットとデメリットがある。

 店側のメリットは維持費がかからないこと。継続的な仕入れが必要ないこと。  客側のメリットは安く買えること。思わぬものが手に入る可能性があること。

 そして両方に共通するデメリットとして、騙されてしまうことがある。

 露店街の売買は基本的に自己責任だ。  薬草と言われて買ったのに実はただの雑草だったり――なんてことは日常的にある。  商品の知識がないもの、相場が分からないものは露店街で買うべきではない。  それをそしてそれは、そのまま店側にも言えることだ。

 とんでもない値打ちものなのに、売り主がその価値を理解しないまま安値で売ってしまったとしても、それも自己責任だ。  商品の知識がないもの、相場が分からないものは露店街で売るべきではない。

 話を戻すと、そういった『本当は価値があるものなのに安値のもの』は通称で掘り出し物と呼ばれている。

「そんな価値のありそうなキーアイテムっぽいやつ、見たことあったかなぁ」

 ノーラがこめかみに指を当てながらうんうん唸る。

「あっても気付かないと思うぞ。そのままだとただの石ころだからな。いろいろ加工して初めて価値が生まれる」 「研磨前の原石ってことかぁ。それなら見逃してても納得だね」

 石は価値を見誤りやすいものの代表格と言える。  一山いくらの鉱石の中に宝石が混ざっていたり、その逆もよくあることだ。

「その石ってどんな形をしてるの?」 「そういえば言ってなかったな。これくらいの大きさの、ちょっと黒光りする石だ」

 両手を拳の形にして、それを合わせる。  大きさとしてはちょうどこれと同じくらいだ。

「その石……学園の地下に眠る宝の部屋の鍵になる、とか?」 「いや、杖の材料だ」 「杖って、魔法使いの人が持ってるあれ?」 「そう。私専用杖のパーツだな」

 ループは身体能力は引き継げないが、魔法の素養は引き継げる。  この特性を利用し、私は一度の人生では到底使えない魔法をいくつも習得している。  いつぞやにオズワルドに使った重力魔法もその一つだ。

 ただし、それらは私の肉体強度を大幅に上回るものばかりだ。  強敵を一撃で葬る魔法が使えても、自分が爆散してしまっては意味がない。

 強力な魔法を使うためには、杖が必須なのだ。

「つまり、最強装備のパーツってことだね!」

 何かの琴線に触れたのか、ちょっと目をキラキラさせながら、ノーラ。

「それさえあればソフィーナが最強の魔法使いになれるってこと?」 「そこまでじゃないな。けど、学園でお姉様にちょっかいをかける奴らは全員黙らせられる」

 敵の排除だけでは解決しないイベントもあるので「これ一本で万事解決!」とはならない。  特にトゥルーエンドの条件を考えると、魔法の出番はかなり少なくなるだろう。  それでも抑止力として、力は持っておくに越したことはない。

「さらっとそう言えるところがかっこいいね。なんだか主人公みたい!」 「そのキラキラした目をやめろ」 「その石の売主さんを探せばいいんだね! どんな格好してるの?」 「灰色のボロいローブを被った中年の男だ。痩せ気味で、眉毛が芋虫みたいに太い。話しかけるまで顔を見せないが、たぶんすぐに分かる」

 ノーラのキラキラ目から逃れるように露店街へ視線を向ける。

「ただし気をつけろ。その店は十分でなくなる」 「え、どうして?」 「届け出を出してないんだ」

 男の素性を詳しく知らないが、見た目から推測するとどこかからの流れ者だろう。  旅の道中で珍しそうな光る石を拾ったから、路銀にしたくてここで売ろうとした。  まあ、そんなところだろう。

「換金したいなら質屋を使えばいいのにね」 「使えない、あるいは使いたくない理由があるんだろうな。届け出を出さなかったのもそういうことだと思う」 「その石、盗品とかじゃないよね?」 「大丈夫だ。今までそれでトラブルが起きたことはない。大方、手数料をケチりたかったとかそういうことだろ」

 急に不安そうな顔をするノーラの背中をポンと叩く。  仮に持っていることで不都合が起きたとしても、解決できるイベントの数を考えれば手に入れる以外の選択肢はない。

「中年男が現れるのは今日から三日。時間は不定期」 「つまり今日から三日間、露店街に張り込みってことだね」 「そういうことだ。もし買い逃したらやり直す」

 更新したセーブポイントは三週間前。  買い逃すと七年やり直さなければならなかった前と比べれば誤差みたいな時間だ。

「ちなみにいくらで買えるの?」 「その時々で変わるが、だいたい銀貨数枚だ」

 相手は石の価値を理解しておらず、素早く換金したいだけ。  見つけさえすれば購入で手間取ることはない。

「説明は以上だ。私は右側を重点的に見る」 「それじゃ私は左側だね」

 うなずき合ってから、私たちは人で賑わう露店街の中へと歩みを進めた。