最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#157 第四話「無害な相手」


「いないね」 「ああ」

 露店街で張り込みを続けることしばらく。  低い位置にあったはずの太陽はいつの間にか真上にまで移動していた。  過ごしやすい春の季節とはいえ、さすがに暑くなってきた。

「ちょっと休憩するか」 「え、私も休んでいいの?」

 休憩の誘いが意外だとでも言うように、ノーラは目を丸くする。

「当たり前だ。私が休憩も許さず働かせる鬼に見えるか?」

 キーアイテムを売ってくれる露店はまだ現れていないが、焦る気持ちは全くない。  今はノーラがいるし、万が一買い逃してもたった三週間戻るだけでいい。

 以前までのこの三日間は気が気でなく、焦燥感を胸に抱いたまま歩き通しだった。  特に三日目の「もしかして見逃したかも……」という絶望感はすさまじかった。  幼少期のイベントがうまくいっている時に限って買い逃し、泣く泣く戻った数々の記憶が脳裏をよぎる。

「見えないけど……って、そうじゃなくて」 「何だ。何かあるのか?」 「せっかく二人いるんだから、交代で一人ずつ休憩したほうが効率いいんじゃないかと思って」 「それは……………………その通りだな」

 ぐうの音も出ないほどの正論だった。  わざわざ一緒に休まなくても、休憩時間をズラせばそれだけキーアイテムを見落とし辛くなる。  一緒に休憩しようなんて、二人で探すメリットをわざわざ自分で潰しているようなものじゃないか。  私はなんてことを言ったんだと、一分前の自分を張り倒したい気持ちになった。

「でしょう? 私は後でいいから、先に休んでてよ」 「ああ……」

 露店街に戻るノーラを見送り、私は適当な場所にしゃがみ込んだ。

「バカすぎるだろ、私……」

 これまで人を動かした経験がない訳じゃない。  過去のイグマリート家は私が掌握して動かしていたし、オズワルドの記憶をアンインストールした時なんかは彼の行動も含めすべて私が管理していた。  なのに、どうしてこんな簡単なことを思いつけなかったのか。

 答えは簡単。  私は仲間と一緒に物事の解決に当たった経験がほとんどない。  自分と同じ視座に立って考えられる人間はこの世界に存在しない――そういう頭があったから、何でも一人でやることが当たり前になっていた。

 ノーラの登場で少しはマシになったはずだったのに、まだ『つもり』程度にしかなっていないようだ。

 連携を取りやすくしようとノーラを専属使用人にしたのに、私がこんな状態じゃクリアできるイベントもクリアできないじゃないか。

「やっぱり私の性根は変わってないんだなぁ」

 出来損ないと言われていた最初の人生。  あの頃よりは成長できてるはずだが、やはり根本は変わっていない。

「はぁ……もっとしっかりしないと」

 私は沈んだ気分を紛らわせるべく、石造りの道の隙間を指でなぞり続けた。

 ▼

 しばらく反省を続けていると、近くで馬車が止まる音がした。  どこかの露店の商品が荷下ろしでもしに来たのかと思い、顔を上げて止まった馬車を視界に収め――。

(――!?)

 全身に緊張が駆け巡った。  その馬車は、本来ここに停まるはずのないものだからだ。

 丁寧に樹脂が塗られ、光沢を出した貴族の馬車。  それ自体は対して珍しくはないが、問題はその側面に描かれた家紋だ。

 杖に絡みついた蛇を描いた紋章。  クレフェルト王国四大公爵が一つ――フィンランディ家の家紋だ。

 公爵家は基本的に他の領地を通ることはあっても、止まることはない。  自分以外の領地で買い物をすれば、間接的に税を他所へ与えることになる。  ほんの銅貨数枚程度でも、相手の利することはしたくない。  互いにそう思い合うくらい、四大公爵家は仲が悪いのだ。

 そういう事情があるため、フィンランディ家がイグマリート領で足を止めるなど、それ自体が相当な事件と言って差し支えない。

(なんで停まった? また予定外のイベントか!?)

 心臓の鼓動が上がっていく様子を感じつつ、慎重に馬車の様子を伺っていると、扉が開いた。  降りてきたのは、赤い髪の少女だ。

 ▼

 彼女の名前はセラ。  セラ・フィンランディ。フィンランディ家の長女で、お姉様と同い年。  つまり、来週にはお姉様の同級生となる相手だ。

(――よかった。こいつか)

 相手の素性が判明し、私はこっそりと息を吐いた。  昔はフィンランディ家の一員、かつお姉様に近い位置にいる相手ということで、かなり警戒していた。  監視と調査を重ねた結果、セラはお姉様に何の迷惑ももたらさないことが分かっている。

 フィンランディ家はお姉様に厄介と迷惑をもたらす存在だが、セラだけは唯一の例外だ。  ちょっかいをかけてくることもなく、無闇やたらと絡んでくることもない。  半ば無視のような状態だったので腹の中で何か思っていたかもしれないが……とにかく、実害は皆無だ。

 そんな彼女が、こんなところに何の用があるというのか。  じっと様子を伺っていると、セラはずかずかと私の元に近づいてきた。

「そこのあなた。気分でも悪いの?」 「私ですか?」

 どうやらしゃがみ込んでいた私を心配してわざわざ馬車を止めたらしい。  無害とはいえあの家の一員だ。平民なんて路傍の石くらいにしか見ていないとばかり思っていたので、意外だ。

「少し歩き疲れたので休憩していただけです。心配してくれてありがとうございます」 「心配なんてしてないわ。そんなところにいたら他の人の邪魔になると思……ん、あなた」

 私の顔をじぃ……と見つめてくるセラ。

「どこかで見たことあると思ったら、レイラの妹じゃない」 「私のことをご存知なんですか」 「もちろん。オズワルド殿下をレイラから奪ったんでしょ?」

 ……あ。  そういえばそうだった。  Bルートに進んでから他の家と関わるところまでシナリオを進められていないので知らなかったが、あの話は他の家にはそういう風に伝わっているらしい。

「ま、あなたとあの殿下なら確かにお似合いね」

 どういう意味だコラ。  喉元まで出かかった言葉を気合で飲み込む。

 セラは私にはあまり良い感情を持っていない。  「貴族の姉妹は仲が悪い〜」という定説通り、セラは妹との仲があまりよろしくない。

 妹憎さをこじらせ、「妹」と名のつくものすべてを憎んでいる節がある。  まあ、私のことはどう思ってくれても構わない。  お姉様に対して無害であればそれでいい。

 適当にニコニコして、セラの嫌味を受け流す。

「ありがとうございます。殿下に相応しい相手となれるよう、日々邁進しています」 「……はん。張り合いのない子ね」

 不機嫌そうに眉をひそめ、セラはくるりと振り返った。

「無駄な時間を使っちゃったわ」 「ご心配ありがとうございます」 「だから違うって言ってるでしょ。あなただと分かっていたら声なんてかけなかったわ」

 フンと鼻を鳴らし、セラはつかつかと馬車へと戻っていく。

「じゃあね。レイラ妹」 「はい。さようなら」

 セラの馬車が離れていくと同時に、露店街の方から声が飛んできた。

「ソフィーナ! ……あれ、誰かいたの?」 「なんでもない。それより、見つけたのか?」

 ノーラの手には、別れる前にはなかった布が抱えられていた。

「うん。これで合ってる?」 「見せてくれ」

 重たそうに両手で抱えられた布を地面に置き、開いて中を確かめる。

「これだ。間違いない」

 両手ほどの大きさの黒い石。  探し求めていた杖の材料だ。

「やったぁ。これで攻略が楽になるね」 「気が早いぞ」

 加工しないと使い物にならないし、対になる杖の材料もまだ手に入れていない。

「完成するのは三年後だな」 「さ、三年……」

 貧血を起こしたようにノーラがくらりとふらつく。

「それ、なんとか早められたりしない?」 「もう一つのパーツは無理すれば入手を早められるが、石の加工だけは無理だ」 「そうなんだ……」

 杖はとにかく製造に時間がかかる。  そのぶん剣よりも高額になり、一般的な魔法使いは杖を手にできない。  時間をかけて作った杖が売れない→高いから杖を買えない→売れないから作り手が増えない。  負のループだ。

 クレフェルト王国で魔法が普及しない要因のひとつでもある。

「せめてもう少し職人がいてくれたらいいんだがな」 「……」

 並んで歩いていたノーラが、ぴたりと足を止める。

「ノーラ?」 「ソフィーナ。その石を加工できるかもしれない職人さん、私、知ってるよ」 「誰だ?」 「私のお父さん。一度お願いしてみようか?」

 一応、国内で名工と呼ばれる職人は全員当たっている。  彼らですら両手を上げて降参するような品物を、小さな町工房の人間が加工できるとは思えないが……。

(いや。ダメ元で頼んでみてもいいかもしれない)

 失敗してもたった三週間戻るだけでいい。  その気楽さが、私の背中をポンと押した。

「そうだな。頼めるか」 「わかった。それじゃ、行こう」 「今からか?」 「善は急げだよ。ほら」

 差し伸べられた手を握り、私はノーラの実家へと赴いた。