最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#165 第十二話「彼女の入学式」


<ノーラ視点>

 私ことノーラは現在、ソフィーナから離れてレイラと行動を共にしていた。  余所行き用の少しだけ生地の厚いメイド服に身を包み、これまた余所行き用の馬車に乗り込む。  正面では、レイラが無言で窓の外を眺めている。

「……」 「……」

 私のレイラへの印象は、ずばり悪役令嬢だった。  前世で見た悪役令嬢モードレイラのビジュアルがずっと頭の片隅にこびりついている。  ゲームをプレイした訳でもなく、PVとキービジュを見ただけ。  たったそれだけで「怖い」と思うくらいの迫力があった。

 長らくその印象が強かったけれど、イグマリート家のメイドになってから、それは思い違いだとわかった。  本当のレイラは、妹思いの優しいお姉さん。  しかもソフィーナと仲の良い私に嫉妬するくらいに。  でへへ……ギャップ萌え……。

「あなた。何をヘラヘラしているの?」 「いえ。なんでもありません」

 無意識に表情が緩んでしまっていたみたい。  ほっぺを引き上げ、背筋を伸ばす。

「そういえば、前から聞きたかったんだけど」 「はい、なんでしょうか」 「ソフィーナとはどこで知り合ったの?」 「……………………露店街です。私が買った物を落としてしまいまして、その時に拾うのを手伝って下さったのがソフィーナお嬢様なんです」 「それはいつの話?」 「たしか私が八歳のときでしたね」 「ふぅん」

 あぶなーっ。  そういえばどうやって出会ったかとか、そういうことを全然決めてなかった。  ソフィーナは「嘘を付くなら本当のことも混ぜて言ったほうがバレにくい」って言ってたけど、大丈夫かな……?

「ということは、ソフィーナとはかれこれ五年くらいの付き合いになるのね」 「え、ええ。それがどうかしましたか……?」

 心なしか、少しだけ嬉しそうにレイラは胸を張った。

「私はあの子と生まれた時からの付き合いよ」 「……へ」 「おしめを替えるのを手伝ったこともあるし、言葉を教えたこともあるわ。あなたとは年季が違うのよ」

 ……それってつまり。  私とソフィーナの付き合いの長さに対して、マウントを取っている……?

 か。

 かわいい〜!!

 ソフィーナと仲良くしている私に頑張って自分が上であることを知らしめたくて、どうやっても私が勝てるはずのない過ごした時間の長さで勝ち誇ってる!  レイラらしからぬ子供っぽさ!  でもそれがいい!  それが萌える!!!

「でへ、でへへ……」 「何を笑っているの!?」 「あ、すみません」

 はぁ、とレイラはため息を吐いてまた窓の外に視線を固定した。

「そうそう。言っておくけれど、私はソフィーナみたいに優しくないからね。少しでも粗相をしたら容赦なく注意するから、そのつもりで」 「はい。精一杯がんばります」

 ……こうして見ると、レイラは本当にザ・令嬢って感じだ。

 くりんくりんの髪と、長いまつ毛、お人形みたいに整った顔立ち。  ソフィーナは普段がああいう感じだから「かっこいい」という印象が強いけれど、やっぱり女の子。静かにしている時の顔はすごく可愛い。

 レイラはソフィーナとは違う系統の可愛さを持っている。  美人、っていう言葉がすごくよく似合う。

「見えてきたわね」

 レイラの視線を追うように、私も窓の外へ顔を向ける。

 ハモンズ王立学園。  まだ距離はあるけれど、それでも大きな本校舎の上部がちらっと見えている。

「……っ」

 学園が見えたと同時に、体の強張りを感じ取った。  入学式で致命傷となるイベントは「馬車のイタズラ」と「親善試合」のみ。  他は発生した時点で死亡するイベントじゃない。  そうソフィーナは言っていたけれど……。

 死ぬことはなくても、レイラは傷つくかもしれない。  すぐに傷つくことはなくても、今後の死亡イベントが発生するフラグを立ててしまうかもしれない。

 私の行動一つで、レイラが傷ついてしまう。  そう考えただけで怖かった。

「あなた。手が震えてるけれど……本当に大丈夫? 気分が優れないなら、ここで待っていてもいいのよ」

 レイラが顔を覗き込んでくる。  私をよくは思っていないけれど、それでも心配してくれている。  ――こんなにも優しい人を、傷つけさせたくない。

 私が守るんだ。

「!?」

 私が両頬を叩くと、ぱちん、といい音が鳴った。  その音にびっくりしたのか、レイラが肩をぴょんとさせる。

「な、なに?」 「驚かせて申し訳ありません。確かに慣れない場所で少し緊張していました。ですが、いま気合いを入れ直したので、もう大丈夫です!」 「そう……? ならいいんだけど」

 ソフィーナは私を信じてレイラを託してくれた。  絶対に、絶対に全部のイベントを回避するんだ。

 ▼

「レイラお嬢様。こちらです」

 ハモンズ王立学園の入学式は大まかに二つのプログラムで構成されている。  まずは「入学の挨拶」。  入学生代表が色々と宣誓したり、学園長がありがたい長話をしたりする。  その次は「親善試合」。  新入生同士、ランダムな組み合わせで試合をする。  もちろん本気でやる訳じゃなく、模擬刀を使ってチャンバラするだけ。  武術専攻の人同士だと本当の試合みたいになることもあるけれど、大半は遊びの延長みたいなものだ。

 まずは入学の挨拶を聞くため、舞踏館を目指す。  入学式だけじゃなく、全校生徒が集まって何か行うときは大抵舞踏館が使われる。  前世で言うところの体育館のような場所だ。

 ソフィーナが作ってくれたイベント回避ルートは頭の中に入っている。  それに沿ってレイラを誘導していく。

「ねぇ。本当にこっちで合ってる?」 「はい」 「随分と遠回りしているように感じるのだけど」 「学園は広いですからね。そう思われるのも無理はありません」 「……」

 若干レイラに怪しまれつつ、イベント発生ポイントを避けて進んでいく。

「今の道、左に行ったほうが近かったんじゃないかしら」 「はい。ですが現在は道の舗装中で、先へ進むと封鎖されているんです」 「……今、ちらっと舞踏館が見えたわよ。こんなに迂回する必要があるの?」 「この時間だと早く辿り着いても入口が混雑しています。あえて遅く行ったほうが待ち時間は少ないですよ」 「…………。どうしてこんなに道の端を歩くの?」 「中央に木の陰が差しています。こんなめでたい日は、陽光の中を歩いたほうが縁起がいいかと」 「……………………なにそれ」

 怪しまれてる……!  心臓がドキドキし始めて、笑顔を浮かべる唇の端がひくひくする。

 表情を取り繕うって、こんなに難しいんだ……!  これを日常的にやっているソフィーナを心の中で称賛しつつ、話題を逸らす。

「そういえば、レイラお嬢様」 「なに」 「私の所作はいかがでしょうか」 「……粗相をしたら注意する、と言ったでしょう」 「ということは、合格をいただけているのでしょうか」 「そのくらい察しなさい」

 ふい、とレイラはそっぽを向いた。  二重の意味でよかった……と、私は胸を撫で下ろす。

「到着しました。レイラお嬢様」

 ▼

 本当ならあの道中で、レイラは同級生に目を付けられたり上級生から喧嘩をふっかけられたりするはずだった。  けれど、それらのイベントは起こらなかった。

 ノーミスでクリアしたんだ……!  喜びで飛び跳ねたい気持ちを抑え、どこかにいるであろうソフィーナに念を送る。

(やったよソフィーナ!)

 親善試合のイベントはソフィーナが防いでくれると言っていた。

 つまり、私の役目は終わった。  ――そう思うと、どっと疲れがやってきた。

「はふぅ……ひゃんっ」

 安堵の息を吐いた途端、脇腹をずびしっと突かれる。

「まだ気を抜くところじゃないわよ」 「も、申し訳ありません」 「まったく……」

 腕を組んで口を尖らせるレイラ。  こっちはノーミス、という訳にはいかなかったみたい。

「次は親善試合よ。武術館に案内してちょうだい」 「はい。こちらです」

 舞踏館→武術館への移動も、イベント発生を防ぐため、遠回りな道のりを選んだ。  けれど、レイラがそれについて文句を言ってくることはなかった。

 少しは信頼してもらえたのかな?

 ▼

 武術館へも無事にレイラを誘導できた。  安堵でその場に座り込みそうになる足に力を込め、武術館の入口に入――

「レイラ・イグマリート」

 レイラが呼び止められ、私は心臓が止まりそうなほど驚いた。  入学式でレイラに声をかける人物=イベント発生だからだ。

 誘導を間違えた?  いや、ソフィーナが教えてくれた中にこのイベントは存在しなかった。

(新規のイベント!?)

 私は咄嗟に両手を広げ、レイラの前に出た。  少しでもレイラへの被害を防がなくちゃ――

「ちょっと」 「ひゃんっ」 「使用人が私の前を遮るとは何事よ」

 レイラは無防備になった私の脇腹をつんつんしてきた。

「お、お嬢様。これはそのっ」 「お父様たちに何か言われたの? 別に大丈夫だから」 「あ、あ、あ……!」

 私をぺいっと除け、声をかけてきた赤髪の女の子の前に立った。  待っていたかのように、赤髪の女の子が一文字に閉じていた唇を開く。

「あなた。専攻を魔法にしたみたいだけど」 「そうだけど……それが何か?」 「別に。魔法を使えるなんて知らなかったから、なんとなく聞いただけよ」 「そう」

 レイラはこの人を知っているんだろうか。  なんとなく初対面っぽい気がしない様子だった。  だけどなんだろう……ちょっとだけ、空気がピリピリする。

 しばらく睨み合う二人。  やがて、ふ――と息を吐き、レイラがきびすを返そうとする。

「用はそれだけ? じゃあ、私はこれで」 「待ちなさい。あなたにこれだけは言っておきたいんだけど――」 「レイラ!」

 二人の会話を遮るように、男の人の声が響いた。

「お父様、お母様」

 レイラのお父さんとお母さんがやって来て、レイラはそっちに走って行った。

「お父様、お仕事は」 「どうにか間に合わせた! 本当にギリギリだったが、良かった……! レイラ、入学おめでとう……! うぅ……」 「あなた。はい、ハンカチ」

 レイラの前で泣き始めるレイラのお父さん。  ソフィーナが言っていたような仲の悪い家族の姿はもう欠片も見られない。

 その様子をほっこりした気持ちで見ながら、ハッと我に返る。

(そうだ! さっきの人……あれ?)

 赤髪の女の子がいた場所を振り返ると、もうそこには誰もいなくなっていた。